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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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幕間 輝き 4



「母さん、兄弟!」


 名前を呼びながら、ルキウスはバルストニカを駆け回る。

 地面に倒れ伏している人々の顔を見ながら捜すが、一向に見つからない2人。

 ルキウスは息を切らしながら、歯噛みした。


「……クソッ」


 何が起こったのか、ルキウスには分からない。

 分からないが、今、最悪なことが起こりかけていると、本能が訴えてくる。

 早くどうにかしなければならないと、宛もないのに足を踏み出した。


「母さん! 兄弟! どこだ!」


「………………ス……」


「!」


 自分が生まれた頃から知っているその声がして、ルキウスは走る。

 折り重なるようにして人々が倒れ伏している死体の山の下。下敷きになってしまった見慣れたドレスを見つけた。


「母さん!」


 魔法で死体を払い除け、その人を引っ張り出す。息が細く冷たくなっている人に、魔力を注げば、少しずつ顔色が戻ってきた。


「母さん、母さん……!」


「……っ」


 何度も呼べば、気がついたのか、緩やかにその人の瞼が開く。焦点のあっていない目は少しばかり揺れた後、ルキウスを見つけてその光を取り戻した、


「ルキウス!!」


 真っ青な傘の下、ルディアは最愛の息子を抱きしめる。その腕の中でルキウスもホッと息を吐いた。


「良かった。母さんが無事で……」


「それは貴方よ! どれだけ心配したと思って……!

 貴方が溺れ死んでしまったかと思って、私は……!」


「転移魔法を使ったんだ。ごめん……直ぐに戻れなくて……。

 母さん、一体、何があったんだ? なんでこんなことに……」


 そこでルディアはようやく周囲の状況を理解したのだろう。良くなっていた顔色は直ぐに悪くなっていった。


「な、何これ……!」


 ルディアを笑い引き摺り込もうとしていた人間達が全員1人漏れなく全て、物言わぬ肉の塊になっている状況に、彼女は倒れそうになる。

 それをルキウスは慌てて支えた。


「母さん!」


「うっ……」


 惨憺たる景色にふらついた彼女だが、ルキウスの腕の中で、どうにか起き上がる。しかし、その顔色は良くない。

 彼女はしどろもどろになってルキウスに話した。


「ルキウス、私達はこの人達の下らない陰謀に巻き込まれたの。

 最初から貴方を殺すつもりだったの、この人達は! 私を不幸にする為だけに!

 貴方を助けたくて死なせたくなくて助けを呼ぼうとする私を誰も彼も邪魔をして! 貴方を溺死させて殺そうと……! まるで、悪夢のようだったわ。ルキウス! 良かったわ! 貴方が生きていて! 貴方が死んでしまったら、私は……!」


 ルディアは俯き、両手で自分の胸を抑え、えづきながら泣く。

 彼女にとって先程の出来事は、一生トラウマになるほど恐怖だったのだ。


「でも……いつのまに、こんなことに……?」


 だが、ルディアもこの状況は分からないらしい。

 戸惑っている彼女に、ルキウスは意を決して聞いた。


「母さん……兄弟は?」


 先程からずっと兄弟の気配がない。この場所にも、彼女の話からも。それが気になって仕方がない。

 すると、ルディアはたった今、気づいたのだろう。ハッとなって、辺りを見渡した。


「あの子は……どこ?」


 ルディアも知らないことにルキウスは絶望する。

 ルキウスはルディアから離れ、立ち上がった。


「俺、兄弟、探してくる!」


「ルキウス!?」


「母さんは家に帰って待っていてくれ。絶対に2人で帰るから!」


 ルキウスはルディアを残し、走り出した。


「ルキウス! ルキウス! 危ないわ! やめなさい!」


 彼女の、母の叫びがルキウスの背中に聞こえる。

 しかし、ルキウスは兄弟の元へ行くために振り払って走った。


「どこにいるんだ! 兄弟!!」


 ルキウスの胸のざわつきが大きくなる。

 ゾワゾワと虫が這うような、そんな最悪な予感がする。

 ルキウスは急いだ。きっと自分を探すために離れたのだと信じて、庭園の塀を飛び越え、外へ……サンディアラの街へ向かう。

 その空では、曇天だったそれがゆっくりと黒に染まり始めていた。



 



 ルキウスがサンディアラの街に辿り着いたその時、街には異様な景色が広がっていた。


「………………」


 黒い絵の具で塗り潰したように暗い夜がそこには広がっている

 街は静まり返っていた。

 先程まで馬車や大勢の人が行き交っていただろう大通りには馬車どころか人もいない。

 客で賑わっていただろう店も闇に塗り潰されており、家族が談笑する声が響いていただろうアパルトマンの上階も真っ黒だ。

 この街を照らしているの街灯だけ。

 だが、その光は、石畳を流れる雨水も、アパルトマンを伝う雫も、全てが黒いインクに見える程、明度はなく彩度もない暗い光だった。

 そんな光の下、ルキウスはその景色を前に愕然と立ち尽くすしかなかった。


「何が起こって…………っ!」


 その時、ルキウスは気づいた。

 石畳を濡らすその雨が自然界では有り得ないほど異様に黒い事に……そして、その雨に、いつか見た、目に見えない這いずり回るそれが紛れていることに。

 ルキウスは顔を上げ、走った。

 本能的にこの雨は触れてはいけないと察する。傘のおかげで大して濡れずに済んでいたが、もし、まともに被ればどうなるか分からない。

 だが、それでもルキウスは走った。

 雨水水が跳ね体や服に染み込んでゆく。その瞬間、視認出来ない夥しい数の小さな芋虫が皮膚を這う不快な感触が、ルキウスを襲った。しかし、ルキウスは走るのを止めることはなかった。


「兄弟……! 兄弟!」


 通りを闇雲に走る。

 兄弟を呼ぶルキウスの声すら雨に消されて、何も残らない。だが、それでも、ルキウスは呼び続けた。

 そんな最中、それは突如飛来してきた。


「……!」


 細い脚、鋭く細い針が飛び出た臀部、括れた腹、シャープな頭、赤い複眼……そして、繊細なガラス細工のような羽根。

 それは蜂だった。

 但し、ただの蜂ではない。大人の半分ほどのサイズをした巨大な蜂だった。

 ルキウスは息を飲む。

 彼には分かった。

 流線型の羽と細長い体をしたそれは、所謂、寄生蜂と呼ばれる……他種族の体の中に寄生し、その身体を食いつくし、羽化する蜂である、と。

 そして、察した。

 これは、寄生蜂の姿をした魔物だと……。

 蜂は、ルキウスの姿を視認すると、お尻にある針を尻尾のように振りながら、ルキウスに向かい、飛びかかってきた。


「!」


 この魔物が何をしようとしているのか、自分は何をされるのか、それを察し、ルキウスの全身に鳥肌が立つ。

 だが。


「……お前如きに、構っている暇はねぇんだよ!」


 飛びかかってくる魔物に向かい、逆に、ルキウスは飛び込んで行く。

 飛びかかる魔物に蹴りを入れ、その頭を手で掴んだ。


「お前なんかより、俺の体を這っているコイツらより! 俺には大事なもんがあるんだ!」


 ルキウスの手の平からその光は放たれた。

 その瞬間、魔物もルキウスの身体を這っていたそれも光に呑まれていく。

 ルキウスに降る雨も透明な真水に代わり、中で這い回っていたそれらも浄化されていく。

 だが。


「……っ!」


 ルキウスの手に激痛が走る。腕が裂けるようなあまりの痛みに、思わず魔物から手を離した。

 光が消え、そこに残ったのは中途半端に体が残った魔物、ちれぢれになって地面に落ちただけのそれ、一瞬で元の不快なものに戻った雨……。

 自分の手をルキウスは見る。手の先はまだ痛みで震えていた。


「星の子とはいえ……所詮、混ざりもの……。

 そういうことか……」


 ルキウスは歯噛みし、走り出す。腹と尻と足だけしか残っていないのにも関わらず、それでも尚蠢く魔物を蹴り飛ばし、先へ急ぐ。

 だが、街の更に奥へ向かうと、魔物がどんどん増えていく。

 そして、彼らもまたルキウスを視認すると、次々飛び込んで行く。


「……!」


 覚悟を決めたルキウスは真っ青な傘を閉じた。

 土砂降りの虫が這う雨がルキウスを襲う。

 だが、真っ黒な空の下、ルキウスのその夜明けの瞳が、大きく見開かれた。


「来い!」


 閉じた傘に魔力を通し、彼は魔物の群れの中に飛び込んで行く。

 黒い群れで染まった街を、真っ青な傘がまるで空を流れる流星のように駆けて行く。

 その一筋の光は、魔物も雨も全て払い除け、ルキウスに触れる事すら出来ず、敗れ破れて地面に落ちていく。

 彼の道を阻める者は誰もいなかった。

 しかし、魔物も雨も止まない。

 ルキウスは星の子。星そのものでもなく聖女でもない星の力を半分受け継いだだけの人間の子ども。そんなルキウスに出来るのは自分の道を切り開く程度のことだけだ。

 だが、彼にはそれで十分だった。


「……っ、……っ!!」


 傘を握る手に激痛が走る。しかし、ルキウスは耐えた。

 星の子である彼の脳裏に今あるのは、世界でも街でもない、世界にたった1人しかいない兄弟だけだ。

 彼の為ならば、この程度の痛み、どうでも良かった。

 髪も服も靴も全て濡れてルキウスの身体に重しのように纏わりつく。

 それさえも振り払い、彼は走る。


「兄弟!」


 その流星は、その身を削りながら、帰るべき場所に向かって一直線に迷いなく暗闇の世界を切り裂いていく。

 そして。

 この街の最奥。

 サンディアラの街を通る全ての通りが最後に行き着く場所。見上げるほど巨大な石塔が中心に立つ環状交差点……そこにルキウスは辿り着いた。

 だが、不自然だった。この環状交差点に入った途端、あれだけいた魔物は何故か急にいなくなり、雨の中を這いずり回っていたあれらも消える。

 ただ黒い空と水の音だけがそこにあった。

 さぁ、さぁ、と降り頻る雨の音。

 雨が屋根を伝い地面に流れ落ちる音。

 石畳を流れていた雨水が排水口に吸い込まれる音。

 マンホール越しに感じる激流の音。

 そんな中を、水を踏みしめるルキウスの足音が響く。

 ルキウスは、そっと手に持っていた傘を差す。

 傘を握るその手は、既に限界を迎え、血で真っ赤になっていたが、彼は誰にも悟られないように自身の魔力で修復し、綺麗な手にする。同時に、汗と雨水で濡れた体を綺麗にし、泥だらけになったその衣服も、靴底が壊れてしまった靴も直す。

 一瞬にしてそこには、見かけだけは、まるで何事も無かったかのような五体満足のルキウスが立っていた。

 ……それら全ては今から会う人を心配させない為の気遣い。既にその身体はボロボロだったが、彼は何食わぬ顔でそちらに向かった。

 環状交差点の真ん中に聳え立つ石塔。その足元は巨大な吹き出し口があり、街の地下を流れる水が集まり、滝のように吹き出し口から出て、海に繋がる巨大な水路へ落ちていく様が見えるようになっている。

 雨でもかき消せない程の轟音がそこから響き渡る。

 だが、ルキウスはそんなものなど目もくれず、その先、環状交差点を照らす街灯の下で、俯いているその人に歩み寄った。


「兄弟……心配させてすまなかった」


 真っ青な傘に雨粒が当たり跳ねる音がうるさい。ともすれば、ルキウスの声をかき消そうな程に。

 だが、その声はきちんと彼に届いたようだった。


「……兄弟」


 彼の声が雨音に紛れて、しかし、しっかりとこの空間に響く。

 そんな彼が吐く息は、雨の中でも分かるほどに白かった。


「この世界の人間は、自分のことしか愛していないんだ。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()みたいに……」


 さぁ、さぁ、と降る雨は異様に冷たく、彼の身体から体温という体温を奪っているのだろう。

 だが、彼はそんな中でも平然と立っている。

 寒さに震えることも顔色が変わることもない。

 ルキウスはそんな彼に目を細めた。


「彼らを見ていると吐き気がする……腐ったゴミが人型を模して歩いているみたいで気持ち悪いんだ。あんな奴らをどうしてカミサマは許しているの? 僕だったら……僕だったら……!」


 少年はゆっくりと顔を上げる。

 その顔は絶望に染まっていた。


「兄弟、助けて。ボク、このままじゃ……」


 自分にそっくりな、しかし、全く違う彼。

 その彼にルキウスはそっと近づいた。

 どこまでも続く真っ黒な空の下にいる彼は、ルキウスにその光のない昏い目を向けて、まるで泣いているようだった。

 ルキウスを探して独りでここまで来た彼は、ルキウスを見つけられなくて、きっと独りになったと勘違いして、世界に絶望したのだろう。体も心も雨に濡れて冷たくなってしまっている。そんな兄弟を傘の中にいれ、ルキウスは躊躇いなく抱きしめた。

 もうルキウスは彼が何なのかある程度察していた。

 だからこそ、どうすれば良いのか分かっていた。


「この世界は俺が愛する。

 だから、お前は嫌っていてもいい。愛したいものだけ愛していろ。

 堕ちたら終わりだ。俺もこの世界も……。

 そうならない為に、お前は掃き溜めではなく、空を見て生きてくれ」


 そっと抱きしめる力を強めれば、彼は躊躇いがちに抱き締め返してくる。

 彼の身体の冷たさも自分の体温と混じりあって消えていく。

 少しずつ、ルキウスの知る彼に戻ってゆく。


「分かったよ……兄弟。

 君がいれば、こんな世界もマシだ……。

 だから……君の為に僕はちゃんと人として生きるよ」


 まるで全てを塗り潰すような冷たい冷たい雨の中、真っ青な空の傘の下で、ルキウスは彼を抱きしめる。

 その手の平で彼の体に触れ、魔力を流した。


「この一切を俺は拒否する。

 ……呼応しろ、世界」


 その瞬間、まるで絵本のページが捲れるように、世界が移り変わり、切り替わる。

 黒い空も、降り頻る雨も、飛び回る魔物も、這い回っていたそれも、立ち所に消えて行く。

 街は明かりと賑わいを取り戻し、通りには馬車と人が行き交い、風はゼラニウムの花びらを乗せて吹く。そして、曇天だった空は晴れ、オレンジ色の光に満ち溢れていく。

 黒く絶望に満ちた世界が消え、そこに現れたのは夕暮れ時を迎えた平和な日常だった。

 そこへ、息子2人を探しに来たルディアが、シルヴァリオ家の馬車に乗ってやってきた。

 彼女は馬車の窓から身を乗り出し、必死に息子を探していた。

 やがて、環状交差点まで来ると、彼女は、何かを見つけ、そこで馬車を止めるよう馭者に指示を出し、馬車を路肩に停車させ、馬車から降りた。

 彼女は急いで走る。

 その先には、歩道に設置されたベンチがある。


 そこには、夕日に照らされながら、お互いに疲れ切ってお互いの肩を寄せて眠る2人の兄弟がいた。








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