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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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幕間 輝き 3








 サンディアラの街には当時、ドラング伯爵という貴族が作ったバルストニカという巨大な庭園があった。

 バルストニカは他国の言葉で水上楽園という意味であり、その名の通り。その庭園は、色とりどりのゼラニウムの花と、水路とそれにかかる橋、そして、巨大な噴水によって作られていた。

 ゼラニウムの花は正に花盛りを迎え、花壇からその美しさを観客に見せ、澄んだ水が流れる水路に、色とりどりの花びらを落としていく。

 花びらが流れていく水路は1本だけではなく何本も庭園の四方八方に走っていて、遠目から見ると広大なゼラニウムに花畑のようにも見えた。

 そんな水路の源流には、3メートル級の水柱が吹き上がる噴水がある。まるで音楽を掻き鳴らすように一定のリズムで昇降し吹き上がる度に轟音と水飛沫が舞う。観客達は歓声を上げるしかなかった。

 ……そんなバルストニカで、兄弟2人は着いて早々、ウンザリした吐息を吐いた。


「はぁ…………」


「帰りてぇ~」


 そんな2人に、2人のすぐ後ろにいたルディアはコラッ!と小声で告げた。


「少しは貴族らしく振る舞いなさい。気丈になることも必要なんだから」


 それに、ルキウスは首を横に振った。

 その顔は絶対に出来ないと言っていた。



 今回、このバルストニカで行われるドラング伯爵主催のガーデンパーティーは、その参加者の殆どがドラング伯爵の友人達、友人以外の招待客も10年来の取引相手や懇意にしている他国の貴族であった。

 故に、ドラング伯爵と友人でも取引先でもないシルヴァリオ男爵家は当然ながら最初から浮いていた。

 だが、浮いている理由はどうもそれだけではなかったらしい。

 3人が着いた時には、既に大勢の貴族達がバルストニカに集まっていたが、誰も彼も男爵家を無視し、そして。


「我が家はこの前、ローノ山の金をとうとう掘り当てましたのよ、シルヴァリオより先にね……」


「聞いたかね、シルヴァリオはこの前の入札負けたらしいぞ。まぁ、あんな色物、選ぶわけないよな」


「トレノのビンブーナ織、貴方の商会のものの方が上質ね。シルヴァリオとは段違い……向こうは安いけど質はね……」


 チラチラとこちらを見ながら、聞こえよがしに話し、クスクス笑う彼らに、彼もルキウスもうんざりする。

 一方、ルディアは背筋を伸ばし、堂々とそこに立った。


「はぁ、どうせそんなこったろうと思ったわ」


「母さん?」


「やっぱり罠だった」


 その口元には笑みを作り、凛と立ち、穏やかな雰囲気を醸す彼女。

 だが……よく見れば、その額には青筋が立っていた。


「ここにいるのは全員、保守派の人達だわ。

 はぁ……。

 カビが生えた既得権益を守るのに必死で、私みたいな次々と新規事業を成功して儲けている人間が許せない器の小さい人達をこんなに集めて……。

 何がしたいのか一目瞭然でわかりやすいこと……

 やっぱり断わりたかったわ……」


「何で断れなかったの?」


「ドラング伯爵が出資している商会と、最近、結構な大口契約を結んだの。結ぶ時、その条件の一つに、このガーデンパーティーへの出席があって、どうしても参加するしかなかったのよ。

 でも……最初から罠だったわね、これは。はぁ……帰ってから契約を見直さないと」


 彼女はため息を吐くと、2人に耳打ちした。


「今日は2人とも私から離れてはダメよ。離れたら大変な目に遭うと思いなさい。

 大人の嫉妬って奴はね、見苦しくて容赦がなくて汚いのよ、何されるか分かったもんじゃないわ」


 2人にそう言い含め、ルディアはちゃんと二人の手綱を握ったつもりだった。警告もした危険性も伝えた離れるなともきっちり告げた。

 だが、たった数分後。

 ルディアの額に青筋が立った。


「あの子達は!!」


 あの2人は揃って、ルディアの目を離した瞬間、一瞬で、どこかに行った。






「ねぇ、兄弟。何処に行くの?」


「噴水。あれの仕組みが知りたい」


「はぁ、またつまんないことしようとしてる……」


 ルキウスはずっとここに来てから、このバルストニカの噴水が気になっていた。

 どうせ魔法が使われているオチだろうが、たまに魔法ではなく科学の力で動かしている噴水があるのだ。それなら見応えがある。ルキウスはどうしてもそれが確認したかった。 だが、隣にいる彼は不服そうだ。


「せっかくなら遊ぼうよ~ 兄弟~!

 さっき誰かが話してたの聞いたんだけど、夏はここの水路で船遊びするんだって!

 探せば、船があるかも。それで遊ぼうよ~」


「次な。先に噴水だ」


 2人ともガーデンパーティーの事など既に頭に無く、遊ぶ事しか考えていなかった。

 良くも悪くも2人ともまだ子どもだったのだ。

 ルディアからあれだけ言われても、堅苦しい、しかも、自分達の事を嫌いな人間しかいないパーティーなんて我慢出来るわけもなく、2人して抜け出してしまった……こんな状況で、不用心にも。


「ねぇ、兄弟。喉乾いた。飲み物取ってきていい?」


「あ?」


 ルキウスは足を止め、後ろを歩いていた彼へ振り返った。


「貰えると思ってるのか?

 敵しかいないぞ、ここ」


「えぇ、ダメかな? でも、僕、結構限界なんだけど」


「はぁ、ダメ元で行ってこい。手ぶらで帰ってきたら笑ってやるから」


「えぇ~ これで兄弟の分まで貰えたら、僕が兄弟を笑ってやるからね!」


 そう告げて、彼は颯爽と走り去ってしまう。

 ルキウスは肩を竦め、1人、噴水に向かっていった。


「面白い知見が得られれば良いんだが……望み薄だろうな。

 魔法みたいな過程をすっとばして結果だけを見せるやつより、科学みたいな結果より過程が重要なものの方が見応えがあるんだがな……」


 ブツブツと呟きながら、ルキウスは水路の脇を歩く。

 その時だった。

 ルキウスの体に衝撃が走り、水路に向かって突き飛ばされる。

 ルキウスがハッとしてそちらを見た時、魔法の杖を持った子ども達がニヤニヤしながらルキウスに杖を向けていた。


「当たった! 当たった!」


 彼らの嬉しそうな声を聞きながら、ルキウスは水の中に呑まれていった。









数秒後。

 水飛沫とともに大きな音が庭園内に響き渡る。

 その音と、音が鳴った方向に、彼は嫌な予感を覚えた。


「兄弟……?」


 彼は急いで引き返す。

 そこにはルディアと大人達と得意げな顔でそこにいる子ども達がいた。


「ドラング伯爵! 今すぐ救助隊を呼ばせてもらいます!

 流されてしまったあの子を早く助けないと! 溺れ死んでしまいますわ!」


「おやおや、やめてくださいよ、ルディア様

 私の顔に泥を塗る気ですか?」


「はぁ……貴方、正気? 主催したパーティーでこんな事件を起こしている時点で名折れよ!」


「事件……?

 ははっ、事故の間違いですよ。子ども同士の、ねぇ?」


 ドラング伯爵はそばに居る自分の息子やその友人達を見る。彼らは揃いも揃ってニヤニヤと笑いながらルディアを見ていた。


「そうだよ。遊んでいたら当たったんだ」


「わざとじゃないよぉ~? 失礼なおばさん」


「たまたまいたんだ、たまたま」


 彼らの声には子ども独特の残酷さと大人由来の醜悪さが滲み出ていた。蛙の子は蛙。親も親なら子も子だ。

 そう思い、ルディアは内心、舌打ちし、ドレスのスカートを持って急いで会場から出ようとした。

 ここには敵しかいない。彼女の息子を助けようとするどころか、死ねと願う人間しかない。

 ルディアにとって冗談ではなかった。

 だが、その行き先を、大人達全員が囲い込んだ。


「だめじゃないですか、まだパーティーは続いているのですよ?」


「お話ししましょうよ、ルディア様。貴方の次の展望が聞きたいわぁ」


 あれだけ無視していたというのに、今になってルディアを囲い込み、その手を掴んでくる。

 その上、全員が笑っていた。


「離して! ルキウスが! 私の息子が、死んでしまう!」


 ルディアは青ざめ、掴まれた手を振り払おうとするが、振り払っても振り払っても誰かがその手を掴んできた。


「良かったわよ、死んで……」


「は……?」


「貴方にはそれくらいの不幸が必要よ……」


 どこからかその声は聞こえた。

 ルディアが驚愕してその声に顔を向けると、そこにはクスクスと笑いながら、その瞳に内心の妬み僻み恨みを滲ませた大量の目があった。

 私達より儲けているのが許せない。

 私達より有能なのが許せない。

 私達より幸せなのが許せない。

 そんな目がルディアを囲むように並び、ルディアを捕らえ、離さない。


「いやあああああああああ!」


 ルディアは悲鳴を上げる。死にものぐるいで、人ごみを掻き分け、息子の元へ行こうとする。

 だが、既に正気でないその人間達はルディアの体のあらゆる場所を大量の手で掴み、阻んだ。


「行かないで下さい! もっともっとその顔を見せて!」


「なんて胸がすくのでしょう! 貴方の不幸は!」


「子ども奪われて悔しい? ねぇ、悔しいでしょう!?」


「私達は貴方のせいで落ち目なのよ!」


「よくもウチの商売を潰しやがって」


「貴方も不幸にならなきゃ割に合わない!」


「このまま落ちぶれるぐらいなら、お前も巻き込んでやる!」


 引き止める声はやがて怨嗟となり、ルディアを襲う。ルディアの悲鳴と彼女をせせら笑うその声が聞こえる中、ドラング伯爵と息子はこの場に不似合いほど和やかに話していた。だが。


「よくやった。オルティ、褒めてやろう。

 よく当てたな」


「うん、でしょう。パパ。

 これでシルヴァリオ?だっけ? パパの邪魔をする馬鹿な家潰れるといいね!」


 だが。その一見すれば微笑ましい親子の会話は、ゾッとするほど最低な内容だった。


「こらこら、まだルディア様がいらっしゃるのにそんな事言ってはいけないぞ。そういうのは影で言うんだ。

 はっきり言うなんて貴族らしくないぞ」


「ああ、ごめんなさい。じゃあ次からは、ちゃんとするよ」


「良い子だ。オルティ。

 あと、これも覚えておきなさい。

 この世界はね、子ども同士の事故と言えば、誰も罪に問わないんだ。

 気に入らない子がいたら、どんどん子どもを使いなさい」


「分かったよ、パパ!

 今日みたいにやるよ!

 アイツ、すっごいアホ面で死んでったの、爽快だった! 楽しかったよ!」


「こらこら、まだ死んだとは決まっていないよ。

 まだ流されただけだ。生き残った可能性だって否めない。一応、生きていた場合の為に人員を下流に配置しているが、何せこの水路はサンディアラの街を通って海まで繋がっているんだ。死亡確認は難航するだろうな」


「えぇ、つまり、成功したかどうかはまだ分からないってこと?

 ねぇ、鹿狩りの時みたいにその場で殺したらダメだったの?

 首をさ、魔法でバーンってさ、あいつの首、吹っ飛ばせば、もっと楽しかったのに!」


 そう彼が嬉々として叫んだ瞬間だった。

 ドラング伯爵の向かって息子が飛び込んで来た。


「おいおい、急に甘えるなんてどうしたんだ、オルティ。そんなにやりたかったのか?」


 飛び込んで来た息子の頭を抱き、その体も抱きしめようとした。

 だが。


「……?」


 頭はあるのにいくら探っても息子の体が無く、代わりに、自分の体が急速に濡れていくのを感じた。

 そして、立ち上る生温かい鉄の匂い。


「え?」


 ゆっくりとドラング伯爵は視線を落とす。

 息子の顔がそこにあった。とても楽しそうに笑っていた……だが、その首から下は……赤色の液体を吹き上げながら地面に倒れ伏していた。


「あ、ああ、ああああああああぁぁぁ!!」


 ドラング伯爵の絶叫が庭園に響き渡る。

 あまりに鬼気迫るその声にその場にいた誰もが振り返り、その凄惨な景色に悲鳴を上げた。


「オルティ! オルティ! オルティッ!!」


 ドラング伯爵は半狂乱になって愛息子を生き返らせようと身体と首をくっつけようとする。しかし、自分の手が、体が、顔が真っ赤になるだけで、息子の顔色も体色も青く白くなっていく。まるで死人のよう、否、死人になっていくだけだった。

 ドラング伯爵は更に叫んだ。


「息子が! 息子が! 私の息子が! ただ1人の息子が! 私の、私のぉ!! 起きてくれ! 起きてくれぇ!! オルティ!」


 そこに、ゆっくりと彼は現れた。


「魔法でバーンって、首を吹っ飛ばせば、もっと楽しいんだっけ?

 ……全然そんなことなかったな」


 ドラング伯爵はその声に顔を上げる。

 そこには、先程水路に突き落とした少年とよく似た黒髪の少年がいた。

 彼を視認した瞬間、ドラング伯爵の身体の毛という毛が逆立ち、皮膚は真っ赤になり、手先は震え出した。

 湧き上がるのは怒り。息子を奪われた恨みだった。


「貴様かぁああああああああぁぁぁ!!」


 ドラング伯爵は我も忘れ全てを棚上げして鬼の形相で彼に両手を振り上げた。

 だが……それ以上、彼が先に進む事は出来なかった。


「……あ?」


 その瞬間、彼の体は地面に崩れ落ちる。訳も分からないまま動けなくなり、彼は驚愕する。気づけば、その目には彼が履いている子供靴と、いつの間にか湿った匂いが漂い始めた鈍い色をした地面しか映らなくなっていた。

 そして、その声は聞こえた。


「兄弟、やっぱり君がいないと僕は何も楽しくない……」


 それが、彼が見た最期の光景になった。












 ……ポタッ。


「……っ」


 瞼に水滴が落ちる。その衝撃でルキウスが気がつき、目を開けた時、空は重たい灰色をした曇天になっていた。


「はぁ……」


 ルキウスはゆっくりと起き上がった。

 寒い……冷たい……。最初に思ったのはそんな感情だった。

 ルキウスは自分が寝ていた芝生の上から立ち上がる。

 すると、見事に萌える庭木達やゼラニウムの花々が目に入る。だが、辺りは今にも降り出しそうな曇天のせいかかなり薄暗いことに気づいた。

 ルキウスの記憶が晴れ渡る青空が広がっていた筈だが……。


「俺は一体、どれくらい気を失っていたんだ……」


 自分の服はすぶ濡れ、手足は冷たくなっている。

 ルキウスは自分の身体に魔力を流し、服を乾かし、体を温めた。

 あのいけ好かない子ども達に魔法で突き飛ばされた時、ルキウスは即座に手を広げ転移した。

 ただ場所を指定するのを暇がなく、自分でもここがどこだか分からない。


「庭園の中だと良いが……」


 雨足が強まる。

 辺りは一層暗くなり始め、大粒の雨が地面を打ち、全てを濡らしていく。

 ルキウスはその手に魔力で傘を創り出すと、真っ青な明るい青空の傘を彼は差し、雨の匂いと降りしきる雨粒の間を駆け出した。

 一旦、会場に戻り、ルキウスは母と兄弟に会おうとした。

 だが。


「………………っ」


 運良く会場内に転移していて安堵したのも束の間、パーティー会場に戻ったルキウスが見たのは……。


「……うっ」


 一目見た瞬間、込み上げる吐き気。それに耐えながら、雨の香りに紛れて香る生々しい臭いにルキウスは顔を顰める。

 地面には雨に打たれ赤い液体を垂れ流し土気色の肌を晒すそれが足の踏み場もないほどゴロゴロ転がっており、ルキウスが気を失っていた僅かな間に、赤いゼラニウムで彩られていたその場所は、人間の赤黒い何かで染まっていた。






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