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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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幕間 輝き 2



 何もされていない?

 母親の妙な質問にルキウスが目を瞬かせていると、すぐ近くから草を踏む音がした。

 そちらを見上げれば、彼は無言で立ち上がり、ルキウスに一瞥もしないまま、逃げるように去っていった。


「 おい!」


 ルキウスは呼び止めようとしたが、その時、目の前にいる母親が複雑そうな顔をしていることに気づいた。


「ルキウスには話しておかないといけないわね……」


「?」


「とにかく無事で良かったわ」


 ルディアに抱きしめられ、ルキウスはただただ戸惑うことしか出来なかった。





 ルディアから聞いた話は、幼いルキウスには複雑で理解し難い話だった。

 彼は確かにシルヴァリオの正統な子どもだった。

 その実、彼はルキウスから見て祖父に当たる人の子どもらしい。

 彼はルキウスがまだルディアのお腹の中にいた頃に、 祖父が後妻と作った子どもで、血縁も由緒もある。

 だが、シルヴァリオ男爵家はその時期、後継者問題で荒れており、王家も巻き込んでの大騒動となっていた。

 最終的に、ルディアが男爵家当主になり、事態は終息したが、問題は残った子ども。

 後妻は失脚し王家に見放された祖父を見て失望したのか、子どもの親権を完全に放棄し、夜逃げした。

 それをルディアが引き取り、実子とすることにしたらしい。

 だが、ここで問題が起きた。


「あの子、突然、変わったのよ」


「どういうこと?」


「引き取る前に最後に会った時は普通の子だった。直ぐに泣いたり笑ったりするような……でも、引き取った時には別人になってたの。

 全然、会話出来ないし、表情も変わらないし……。私達にも興味が無いし、意味もなく生き物を殺すような子だし。でも、1番問題なのは、彼、気分を害すと私達の身体を操ってくるのよ」


「操る?」


「貴方でもわかるよう言えば、私達を玩具にするというべきかしら? 彼、私達の身体を自分のものにしちゃうような未知の魔法が得意みたいなの。

 私達の方が強いから何とか抑えられているけど、貴方はどうなるか分からないわ。

 だから、不用意に近づいたらダメよ? ルキウス。絶対よ? 本当にダメだからね?

 今、あの子の魔法が発動しないようにする方法を色んな人と話し合っているの。

 せめて、それが完成するまでは、ね」    


 ルディアは心配なのだろう。ルキウスは最愛の人との間に出来た愛の結晶であり、最愛の人の忘れ形見。ルキウスに何かあっては彼に見せる顔がなくなってしまう。

 ルキウスを抱きしめ、ルディアは言い含めた。


「……ルキウス、大人に任せて。お母さん達がどうにかするから……。

 だから、今の彼に近づいたらダメよ」


 しかし、ルディアは甘かった。ルディアは心の底から天使だと思っているその息子は、星の子である以前に、腹いせに行きずりの男と子どもを成そうなんて考える女の子どもなのである。

 ルディアに抱きしめられながら、当のルキウスは、余所見をし考え事をしていた。





 その夜。

 表情の無い彼は暗い自室に一人でいた。

 部屋の中にも外にも侍女すらいない。

 文字通り、独り。

 不気味な彼に寄り付く人間など誰もいない。故に、今夜も彼はベッドに仰向けに転んでぼうっと天井を見ていた。

 思い出すのは、もう少しで触れそうだった鮮烈な青の世界。そして、あの朝空の瞳だった。


『なぁ、楽しかったか?』


 あの声が耳から離れない。

 だが、あの空を飛んだ瞬間、心臓が跳ねたのを確かに感じた。

 そして、それは今も……。


「…………僕は……」


 すると、その時だった。

 ぼうっと見ていた天井からガタガタと音がした。

 そして、それは突然、天井の板を剥いで、彼のベッドに落ちてきた。


「……!?」


 彼は慌てて逃げるようにベッドから転げ落ちる。

 同時に、物凄い音を立てながら彼……ルキウスがベッドに着地した。


「よお、昼ぶりだな」


 天井から侵入してきたルキウスに彼はギョッとした目を向ける。同時に、再会して早々、ルキウスは聞いてきた。


「で? お前の正体は何なんだ?」


「……!」


 まさかそんなことを聞いてくるとは思わず彼は無表情だったその顔を歪め……警戒した。


「……何の用……?」


「知りたいから。それ以外にあるか?」


 ルキウスは事も無げにそう言うと、ベッドから降りて、天井裏を這って着いた身体中の埃を払った。


「母さんから、お前の話を聞いたが、お前のことが分からないということしか分からなかった。

 だから、直接聞きに来た。

 母さんは会話できないって言っていたけど、お前、全然話せるし、教えられるだろう?」


「…………知ってどうするんだ」


 ルキウスを彼はじっと見つめる。暗闇の中でその目は仄かに光る。暗がりの中で、彼の足が僅かに動き、彼は意を決してルキウスに……。

 だが……そうしようとしたところで、ルキウスはあっけらかんと答えた。


「また空を飛びたいだろ、お前も」


「……!」


「お前が大丈夫なヤツだと分からないと、堂々と遊べないんだ。今後、お前と遊ぶ度に、母さんに来られたら困る。

 だから、お前を知りたい。名前すら知らないしな」


「…………」


 彼は内心、困った。大いに困惑し動揺した。

 今まで彼には色んな人間が近づいてきたが、これは初めてのパターンだった。

 今の母親であるあの人、今の父親、神官や魔法使い、精神科医……様々な人間が彼に会いに来た。

 しかし、彼らは危険な魔物と接するようにしか彼と関わろうとしなかった。

 だが、彼は違う。

 この自分によく似た、だが、終わりを呼ぶ自分とは違い、始まりを予感させる目を持つその子どもは、一緒に空を飛ぶ為に、知りたいという。


「君は……変だ」


「お前が言うな」


 相変わらず無表情な彼に、ルキウスは笑みを浮かべる。

 彼はとうとう頭を抱えた。調子が狂うとはこのことだ。しかし、最後には諦めたように息を吐いた。


「わかったよ……」


 彼はベッドに座る。その隣にルキウスも座った。

 このときの彼は1晩かかっても彼を知るつもりだった。だが、この時のルキウスは甘かった。

 彼の秘密は、正に、墓場まで持っていくような話だった……。



「僕は、妖精の取り替え子(チェンジリング)なんだ」


「……チェンジリング?」


「僕は、本当は人間じゃない……人間の体の中に棄てられた妖精なんだ」



 妖精(フェアリー)種は、精神干渉を得意とする種族だ。

 それ故に、時たまその能力を乱用し、気に入らない妖精や、気に入った人間が現れると、その妖精の精神と気に入った人間の精神を入れ替え、気に入らない方を捨て、気に入った方を自分の仲間にすることがある。

 特に、彼は誕生した瞬間から妖精という妖精から忌み嫌われた。

 存在の認知さえ妖精達は嫌い、彼は生まれて間もなくして、妖精種の誰かによって、この人間の身体に棄てられたのだ。



「何故、嫌われたんだ? 」


「分からないよ。生まれたと思ったら棄てられた……だけど、何となく棄てられた理由はわかる。

 僕は、純粋な妖精じゃない。多分、()()()()()()()()()()()()()()()()


 良くないものと言われても曖昧すぎて、ルキウスには分からない。

 だが、いつの間にか、彼の茜空の目が、とても暗い色をしているのに気がついた。


「息を吸っているだけで、嫌な気持ちになるんだ」


「嫌?」


「全部、壊したくなる」


 暗い色をしたその目は薄暗い部屋の中でも分かるほどに鈍く仄かに輝いていた。


「この世界の全てが嫌いなんだ。気持ち悪くて、潰したくなる。

 真っ黒に塗り潰して、全部、終わらせたくなる……」


 彼はベッドから立ち上がると、静かな部屋に足音を立てながら、窓辺に歩いていく。

 窓の外には真っ黒な空と森が見えるだけだったが、彼にはそれが気持ち悪い何かに見えているようだった。


「今だって不快感でどうにかなりそうなんだ。自分の手足に這っている虫を、いつまでも野放しにしているような感覚になる。

 壊したい。全部……全部……!」


 その瞬間、部屋全体に何かが走ったのをルキウスは感じた。

 魔力のような目に見えない力。それが床を這いずり回り、外へ行こうとする。

 そして、それは他でもない彼から発せられていた。


 (まずい……!)


 それは直感でしかなく確証は何も無かったが、ルキウスは咄嗟の判断で、ベッドから飛び降りると……。



 彼を後ろから蹴り飛ばした。



 蹴り飛ばした瞬間、彼は窓枠に盛大に額をぶつけた。

 部屋に明らかに痛そうな音がする。

 その瞬間、ルキウスの額に冷や汗が流れた。

 今日、メトシェラからの手紙で暴力はダメだと言われたのに、1日も経たずに破ってしまったこと。

 そして、盛大に蹴り飛ばした彼が、額をぶつけてから一向に動かないこと。

 その2つが、彼を青ざめさせた。

 慌てて彼の元に向かう。


「おい、大丈夫か!?」


「……っ」


 ルキウスの蹴りは思いの外、勢いがあったようで、彼は目を回しており、その額には見事なタンコブが出来ていた。


「………………」


 ルキウスに無言の圧と非難の目が向けられる。だが、幼いながらもプライドの高いルキウスは謝るなんて高尚なことは出来ない。しかし、罪悪感も後ろめたさもある。その顔はみるみる複雑なものになっていった。だが、父の願いを破った事実もやはり重い。ルキウスは視線を逸らしながら。


「す、すまなかった……」


 歯切れ悪く絞り出すように小さな声で謝罪した。だが、次の瞬間には。


「だ、だが、お前が悪いんだからな。

 ったく!壊すな、潰すな、今から遊ぶってのに、馬鹿か!」


「…………」


 ルキウスは彼に怒った。あまりに考え無しな行動を取った彼に、自分のことを棚に上げて。

 しかし、それは正論でもあった。


「お前、空とその嫌な気分、どっちが大切なんだよ。むしゃくしゃしてるからって、俺の事まで忘れるな」


「……っ」


 すると、彼の非難の目が次第に揺らぎ、落ち込んでいく。

 彼の脳裏に、青空が過ぎる。

 あの澄んだ青と、不快な黒……それを比べて、彼は、やがて申し訳なさそうに、視線を逸らした。


「空……が、いい……」


「な?」


 ルキウスが笑えば、床を這いずり回っていたそれが消える。

 それに安堵しつつ、ルキウスは彼に手を伸ばす。額に手をかざし、願えば、その手のひらから光が溢れ、彼の額に出来たタンコブを消していく。


「とにかく、馬鹿なことするなよ。2人じゃなきゃあの速さは出ないし重さも足りないんだから。しかも、次はジャンプ台も作るぞ。もっと高く飛びたいだろ?」


「………………」


 そんなルキウスの声を聞きながら、彼は驚いていた。

 彼の魔力に当てられていると、自分の中に蔓延る不快感がみるみるうちに消えて、気がつけば、驚くほど荒んでいた心が穏やかになっていく。

 ルキウスの魔力の質がいいのか、それとも相性がいいのか、彼には分からないが、急に訪れたそれに、目を瞬かせた。


「君は…………何……?」


「ルキウス」


「は?」


「名前を聞いたんじゃないのか?」


 ルキウスの手が離れる。彼の額に出来たタンコブは綺麗に消え、痛みどころか違和感すらない。

 治療を終え、ルキウスは聞いてきた。


「で、お前の名前は?」


「…………」


 だが、彼はその質問に閉口してしまった。ルキウスが目を瞬かせると、彼は視線を逸らしたまま答えた。


「僕の名前、知らない方がいいよ……」


「なんで?」


「だって知ったら、君は一生、僕に縛られる。

 名前の認知とは存在の認知、本性と本質の暴露であり、最も簡単な呪いだから……君は、僕から離れられなくなる。

 何があっても逃げられずに直視するしかないんだ……」


「あぁ? よく分からないが、お前と俺は家族だろう? 最初から一生一緒じゃないか。名前がどうこう以前に、もうそんなもんだろう?」


「………………」


 心の底から不思議そうに、キョトンとするルキウスに、彼はため息を吐いた。


「後悔するよ、絶対に……」


「馬鹿、後悔しない為に聞いているんだろうが。

 もしかして嫌なのか?」


「…………」


「しょうがねぇな。

 嫌ならいい。だが……」


 その顔に微笑みを浮かべ、ルキウスは彼に手を差し出した。


「これからお互い()()って呼ぼうぜ?

 どうせ兄弟だからな」


 朝空の瞳に茜空の瞳が映る。

 正反対な、しかし、よく似たその目は驚くほど綺麗に重なっていた。

 彼は恐る恐るその手に自分の手を重ねる。その手をルキウスは力強く掴んだ。


「よろしくな」


「……う、うん」


 彼の頬に赤みが差す。ルキウスの誕生日、それは、彼にとって、初めて家族を得た日だった。

 だが、彼は知らない。

 この齢にして研究者気質が開花しつつあったルキウスによって、翌日から毎日、何百回と嫌になるほどソリに乗らされ、吹っ飛ばされようが怪我をしようが、空に飛ばされることを。

 彼は家族を得たと同時に、世界有数のマッドサイエンティストで小さな暴君と一生の付き合いになったことを、彼はまだ、知らなかった……。







 5年後。

 ルキウスは自室を実験室に改造した。

 壁に換気扇を、水道を通し、薬品棚を運び、ドラフトチャンバーまで導入し、実験台を配置し、実験用具を並べ、万年筆を手に取る。

 そして、その手には何十枚ものレポートがあった。

 メトシェラから贈られる誕生日プレゼントは、年々その規模が大きくなっていった。

 最初は事典だったのが、標本になり、物理学や化学の教科書になり、フラスコやビーカーなどの実験器具になり、様々な薬品のセットになり……最終的に実験室が出来るほどになった。

 そして、今年、ルキウスに贈られたのは、メトシェラが手書きで残したレポートだった。

 そこには、この世界に関する様々な彼の私見が書かれており、それをルキウスは何度も何度も読み込んでいた。

 レポートには、物理学や工学の面白さ、自然科学や地学の興味深さだけでなく、水中から見る光の美しさ、人々の営みの大変さ、植物の多様性、この世界の不条理と不便さ、その素晴らしさ……そんなことが雑然と、しかし、整然と書かれていた。そして、その文章の端々にルキウスはそれを感じていた。


「父さんは……この世界を愛していたのか……」


 ルキウスには分かる。自分に贈られる手紙より控えめながらも、メトシェラのそのレポートには、彼のこの世界への愛が滲んでいるのを。

 そして、その愛を10歳のルキウスも共感した。


「クソなことも多いが……だからこそ、ふとした瞬間が綺麗なんだよな。

 なぁ、そうだろう。父さん……」


 レポートを大切にファイルに入れると、何年か前にルディアからもらった白衣を着て、ルキウスは出来たばかりの実験室で、実験の準備を始めた。

 ルキウスはこの頃には、様々な発明を始めていた。まだ子どもの遊びの延長戦上のような発明ばかりだったが、彼はゴムや化学薬品に目をつけ、自動で空を飛ぶカエルや、混ぜると次々色が変わる液体など作っていた。


「……次は半永久的に走る機関車を……」


 ブツブツと彼は呟きながら道具をひっぱり出し、さて実験開始というところで、部屋の外からバタバタと音がし、その人はルキウスの部屋の扉を開けてやってきた。


「兄弟! 何してるの!?」


 かつて無表情だった彼は、入って来て早々、実験に夢中になっていた兄弟を怒った。


「誕生日パーティー終わったら、サンディアラのガーデンパーティーに参加しないといけないって言ったじゃないか!

 なんで、まだ支度していないんだ!」


 あれから5年。

 ルキウスに出会い影響された彼は、当時が嘘のように感情豊かになっていた。そうなるのも仕方がない。何しろ……。


「嫌だ」


 小憎たらしい生意気な王様になったルキウスは吐き捨てた。


「何故、この俺が、母さんが断り切れなかったとはいえ、|参加者格付けチェック会場《貴族共の社交パーティー》に行かないといけない。嫌だ」


 大して偉くもないのに、プライドが高く偏屈で融通の効かない性格をしたこの王様はとにかく自分中心だ。

 基本的に我儘であり、人の意見は当然のように聞かない。嫌なことは絶対にせず、死んでもやらない。最終的に近くにいる他人に押し付ける始末である。

 そして、その押し付けられる先のほとんどが彼だった。

 ルキウスは彼が意思表示しないことをいい事に、ルキウスが嫌いな食べ物から実験の荷物運び、人付き合いに至るまで、全て押し付け、毎日、パシリにしていた。

 流石の彼もこれにはたまったものではなく、嫌だと言わなければ永遠に扱き使われてしまうと感じ、次第に言葉を話し、感情を露わにしていった。

 その結果、今では、彼は普通の人間と同じように喜怒哀楽を持ち、その感情を顔に出せるようになった。

 相変わらず、ルキウスに手を焼いているが……。


「ダメだって、一族全員参加が義務なんだから!」


「俺は婚外子だから違う」


「こんな時に他人面しないの! 君、表向きには僕の弟なんだからしっかりしてよ!」


「ヤダ」


「ヤダじゃない!」


 頬を膨らませ怒った彼は白衣を着た彼を部屋から引きずり出す。そうしながら彼はルキウスに告げた。


「兄弟、君がいないと僕が嫌だ。何も楽しくないし面白くない。つまんないだけだもん。だから、絶対に行こ? 僕を退屈と不快感で殺さないで、ね?」


「はぁ……」


 感情豊かになった彼だが、感情が発露するようになっただけで、その内心はあの日からちっとも変わっていない。

 相変わらず、この世界に対する嫌悪感が拭えないらしい。

 ルキウスはそれにため息を吐いた。


 (仕方がない……こいつが暴走しないか見張る為にも行くか……)


 諦めが着いたルキウスは彼に引き摺られるままにサンディアラのパーティーに向かうことになった。

 この数時間後に、自分達の行く末が分かってしまうほどの、凄惨な悲劇が起こることも知らずに……。





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