50. 色彩の街の不穏な空気
私達の横を一瞬で通り過ぎていく、金細工で出来た豪奢で異様な馬車に、私もお義兄様もつい足を止めてしまう。
作った人のセンスを疑う変な馬車だった。
通りを埋めるぐらい幅のある巨大なその馬車は、金色でゴテゴテとした装飾でこれでもかと覆われていた。
装飾は無数の信者とそれを見下ろす神、神の周りにいる神獣や妖精など、神話をモチーフにしたもののようだけど……あれは……。
「明らかに宝石とか金とか銀とか使っていて高価そうですけど……ダサくないですか?。
何というか……やたら似合わない金髪とか金のアクセサリー付けてイキってる人みたいですよね。
あれ似合ってる人は似合っているんですけど、似合ってない人がやるとただただダサいんです。それの馬車版? 進化版?」
「ミアリー……ボロクソ言っているとこ悪いけど、アレ、聖シンエ教会の馬車だよ」
「……え」
あれ教会の馬車なの!?
数え切れないぐらいの馬達に引かれ、猛スピードで過ぎ去っていったから馬車の姿はもうない。ないけど、つい私は2度見してしまった。
「なんて変なセンス……」
「……変なのはそれだけじゃない」
「……?」
すぐ隣にいるお義兄様を見上げる。お義兄様は険しい顔を浮かべていた。
「あの馬車は教会の中でもトップクラスの要人が乗る馬車なんだ。
だから、相当偉い階級の神官が乗っているはず……だけど、あの先に教会の関連施設は無かったような……」
「じゃあ、彼らは何をしに……?」
「分からない。観光じゃないのは分かるけれどね。
でも、まぁ、僕らが行く方とは逆の方向に走っていった……だから、一旦気にしないで行くか」
教会のことは気になりつつも、私はお義兄様に案内されお店に行く事にした。
だけど、その不気味な教会の気配は楽しむ私達の背後をずっとついて回ってきた……。
ベージュのドレスを着た貴婦人と緑色のドレスを着た紳士が話していた。
「ねぇ、やたら今日教会の関係者を見ない? 」
「あぁ。友人も今日東通りや南区で中級神官の馬車を見たらしい」
「変ねぇ……戴冠式の準備?」
「いや、戴冠式は王宮でするらしいからこの街は関係ないはず。何なんだろうな……?」
ツナギ姿の牛乳の配達員と、そのお客さんらしいエプロンを付けたおばさんも話していた。
「なぁ、あっちこっちで神官様を見ているんだが、何か聞いてるか?」
「いいや? お触れも何もないし何も聞いていないねぇ。
だけど、やっぱり変よねぇ?
神官様達、いつもは聖堂にいらっしゃるのに、何をしているらっしゃるのかしらぁ?」
「不思議だよな。いつもみたいに説法しているわけでも施しをしているわけでもなさそうなのが特に……」
そんな話を老若男女とは問わず話している。
皆。街の至る所にいる神官が気になって仕方がないみたいだった。
何をする訳でもなくうろついている彼ら。それが不気味で、街の人達も私も不安になっていた。
……聖女なのがバレたら、私は終わりだ。
私はつい怖くなって、ソワソワしてしまう。
せっかくお店に入ったのに、目に映る可愛い洋服にも靴にも全然集中出来ない。
「ミアリー?」
そんな時、お義兄様に顔を覗き込まれた。
「! お、お義兄様……」
「分かりやすいなぁ。君は。そんなじゃすぐバレちゃうよ?」
「うっ……」
そう言われても、私の人生始まってまだ数日しか経っていない。そんな短い期間でポーカーフェイスなんて作れない。
困ってお義兄様を見上げると、お義兄様は、何故かそんな私を笑った。
「ふふっ、困ってるね~」
「ちょっと。こっちは真面目に不安に思って困っているんですよ?」
「あははっ、そうだね。
でもさ。君ってばそんなに困んなくていいのに、困っているからさ」
「……?」
ついお義兄様に首を傾げる。
すると、お義兄様は笑っていたその顔を穏やかなそれに変えた。
「昨日、兄弟と話したんだ」
「……ルキウスお義兄様と?」
「うん、今日2人で出かけると言ったらさ。
兄弟にさ、絶対にミアリーを1人にするな、それが出来なければ行くなと言われた」
「……え?」
「兄弟もさ、心配性だよね。僕はもうミアリーを1人にしないってのにさ。信用してくれないんだ。
最後には、ミアリーに何かあったら俺が行くから、とまで言われちゃってさ。
はっきり言って、失礼しちゃうよ。
僕は同じミスをしたりしないのに……。」
「…………」
「でも、それだけさ。君を1人にしちゃったあの日の僕が許せなかったってことなんだよね。
兄弟は、きっと僕がミアリーを家族にするって決めた時点で、ミアリーを守るって決心してたんだ。
それなのに、言い出した張本人である僕が堂々と優先順位を間違えたから……まぁ、許せるはずないよね。
だから、昨日、ちゃんと約束した」
「……約束?」
ふと、お義兄様が私の前に立つ。
そして、その夕焼け色の瞳に私を映した。
「君を絶対に守るよ」
「……!」
「1人にしない。大丈夫。君のお義兄様はこの世界で1番強いから。信じて?」
お義兄様はそう言って、私に微笑む。
その微笑みは凄く頼もしくて温かくて……つい、私も絆されてしまった、
「世界で1番強いは、言い過ぎじゃないですか?」
「えぇ。本当だよ? 強いよ、僕。大抵の存在は直ぐに黙らせられるもの。僕を倒せるとしたら兄弟くらいしかいないよ?」
「……ん? お義兄様、それだと1番強いのはルキウスお義兄様になりませんか」
「………………あ」
ぷっ。
おかしい……! 大口叩いておいて、結局、ルキウスお義兄様には敵わないの。なんだそれ。
私は笑ってしまって、お義兄様も自分の発言に笑ってしまって、お互いに笑い合う。
一頻り笑ったところで、私はお義兄様に告げた。
「じゃあ、世界で2番目に強いお義兄様、頼りにしていますね」
「全然かっこよくないな~ その肩書き……」
「でも、私はお義兄様を信じますよ?」
そう聞けば、お義兄様は笑うのをやめて……頷いた。
「うん、信じて。絶対に守るよ」
そして。
「兄弟と君、その2人がいる毎日。これ以上大切なものなんて僕にはないからね」
そう言って、茜空の瞳を細めた。




