6.私のもう1人のお義兄様(やっぱり性格悪い)
「………………はぁ」
朝空の瞳を持つその人はため息を吐くと、手に持っていた紙に何かをメモを書き始めた。
「やはり量が少なかったか……コスパはいいが、実地で使うには威力が無さすぎる。
せめて、あと10倍は無くては。しかし、費用対効果がな……これ以上は原材料から見直すしか……」
顰めっ面で何かを思案する彼に、お義兄様はスキップでもしそうなぐらい上機嫌な足取りで近づいていく。
お義兄様の頭の辞書に遠慮という項目はないらしい。
「やっほー! 兄弟、やってほしいことがあるんだけど~」
「断る」
「まだ何も言ってないよ!」
「見ての通り、俺は忙しい。一分一秒も無駄にしたくない。
あの売女が階段から落ちたとかいうクソどうでもいい理由で早退させられた時はイラついたが、七面倒くさい授業も堂々とサボることが出来、こうして平日にも関わらず研究時間が出来たのは喜ばしい出来事だ。実験に集中したい」
「どうりで、ミアリーを迎えに行く時いないと思った!
ホント面倒くさいことは僕にすぐ押し付けるんだから!
ま、それは良いや。兄弟手伝ってよぉ~! 一生のお願いだからさ!」
「またそれか……何度目だ? お前の人生は無量大数あるのか? 聞き飽きた、出ていけ」
「えぇ~! ケチ!」
そんな会話をしながらも朝空の瞳のその人は一切ペンを止めない。呪文のように何かを淡々とつらつら書いている。
……何を書いているんだろう?
未だぐだぐだ言うお義兄様は放置して、メモが気になってそっと覗き込む。
そこには数十種類の配合パターンとその結果が細かく几帳面に書かれていた。
その配合……私は見覚えがある。
これはそう確か……。
「……ダイナマイトだ。自力で作ってるんだ……すごい」
「おい、なんでこんなところコイツがいるんだ」
ハッとして顔を見上げると、部屋を這い回る害虫でも見つけたような目で私を見下ろしている朝空の瞳のその人がいた。
ずっと研究に集中していたからか、今になって私の存在に気づいたらしい。
「このゴミは出禁にしているはずだが? 兄弟、頭まで腐ったか? 早くこのゴミをつまみ出せ」
目が合って早々、舌打ちされ睨まれた。
でも、もうこの程度でへこたれない! さっきまでの私ではないんだからね。
「私はゴミじゃありません! 人間です。ちゃんと私のこと見えてます? 目が悪いんですか?」
「……は? 何だ、コイツ?」
ただでさえ顰めっ面だったその顔に更に皺が寄り、その目が殺気を放って剣呑に光った。
「お前、階段から落ちて気が狂ったか?売女からただの馬鹿に成り代わって、この俺に楯突くなんざ、随分な命知らずになったもんだ。
……失せろ。ゴミなんざ目に入れる価値もない。人生の無駄だ。帰れ」
その容赦ない目に睨まれる。
正直、やっぱり怖い! 身がすくむし、震えが止まらない。
でも、絶対に負けない! もう負けない! ここで負けてたらまた罵倒されて馬鹿にされるってわかってるから!
私は両手を腰に当ててその目に負けじと睨んだ。
「ふんっ、そんな言葉で私を脅せると思ったら大間違いですよ!
幾らでも罵倒してどうぞ! どれだけゴミゴミ言われても! 私は折れないので!」
「……は? 正気か、お前」
ところが、その人の顔が顰めっ面から一気に不気味なものを……いや、可哀想なものを見るそんな顔になる。
失礼な! これでも本気なんだけど!
「正気です!
ていうか、文句はこの私の制服を掴んで離さない貴方の御兄弟に言ってください! 私を強制的に連れて来たのこの人なので! 良い迷惑ですよ!」
そう告げれば、ようやく朝空の瞳のその人がお義兄様の方を向く。
私の制服を未だに掴んでいるお義兄様は、何故か私を見てものすごく楽しそうに笑っていた。
「ぷっくくっ……子猫の威嚇みたい! 小さい身体で精一杯の虚勢を張っちゃってまぁ……!」
「あの笑わないでくれます……?」
「ふっ、くくっ……!」
笑い続けるお義兄様についむっとなる。でも、お義兄様は一向に止めず、ずっと笑っていた。この人も失礼な人だ!
そんな兄弟の様子をじっと見ていたその人は、何か考え込むと……その視線を私に戻した。
「単刀直入に聞く。何があった?」
「……それ、私に聞きます? 信用出来ないんじゃ?」
「兄弟の話は脚色が激しいからな。どうせ全く当てにならない。
その点、今のお前は馬鹿で阿呆で煩いが、多少はマトモだ。
だから、お前に聞く。一から全て話せ」
「はぁ……まぁ、いいですけど……」
私は渋々ながら全部話すことにした。
……と言っても、記憶がないって気づいてからまだ1時間ぐらいしか経ってないから、話せることなんて、大してない。
せいぜい、気がついたら記憶無くしてて、前の私は浮気やりまくりの悪女だったって分かってショック受けてたら前の私が作った恋人達の怒りを買ってしまって詰め寄られたところでお義兄様が迎えに来て罵詈雑言浴びせられながらここに連れてこられたぐらいだけど……。
あれ? たった1時間の出来事なのにめっちゃくちゃ濃い……?
「と、とりあえず私が話せることはこれで全部です! 質問とかありますか?」
「別にない」
朝空の瞳の人は意外にも真剣に私の話を聞いてくれた。少しは悪口言われるかと思ったけど、時たま相槌を打つぐらいで、何にも言わなかった。もしかしたら、口が悪いだけで結構話がわかる人なのかもしれない。
「大体お前の事情は理解した。今なら何故兄弟がお前を俺と引き合わせたかも分かる。分かりたくはなかったがな……」
その人は呆れた目で兄弟であるお義兄様を見る。
すると、お義兄様は屈託のない愛嬌たっぷりな笑みを浮かべた。許してって顔に書いてある。
「良いじゃん。兄弟! もしかしたら何かの参考になるかもよ? 兄弟でも記憶喪失した人間のサンプルは持ってないでしょ?」
「確か持っていないが、別に要らない。今の研究テーマとはかすりもしないしな。
だが……まぁ、万が一ということもあるか……」
そう言うと朝空の瞳のその人が私にぐんぐん近づいてくる。嫌な予感がして思わず距離を置こうとすると、お義兄様が私の腰に手を回して私をがっちりと抱きしめて拘束した。
「えっ、ちょっ……!」
「はーい、大人しくしようねぇ~」
逃げられない! なんだろう。ものすごく嫌な予感がする!
抜け出そうと手足をジタバタするけど全然抜け出せない。目の前を見れば、朝空の瞳のその人は何処から取り出したのか、真っ黒な手袋を出して徐に手にはめていた。
「このか弱い乙女に何する気ですか!?」
「お前みたいなのがか弱い筈ねえだろうが馬鹿。自分の顔見て言えよ。
……はぁ。今からお前の頭を調べる」
「……え?」
「調べると言っても、俺の魔力を流してお前の記憶を詳らかにするだけだ。
一瞬で終わる。
ま、その前に契約しなければならないが……」
「魔力……契約……?」
聞き慣れない言葉だ……。
もしかして魔法みたいな概念があるの……?
頭を捻って見ても全く覚えていなかった。記憶がないからかな……? でも、知ってるものはちゃんと知ってるし何なんだろ……?
「おい、考え事をするな」
「!」
「良いか。1度しか告げないぞ。その小っせぇ耳をかっぽじって脳に刻み込めよ」
刻み込む……?
どういうこと?
意味が分からなくて首を傾げた瞬間……彼の右手が私の視界を塞いだ。
「っ!?」
全てが黒に塗りつぶされて暗闇に呑まれていく。
そこに、その人の声だけが聞こえた。
「汝、ミアリーに告ぐ。俺の名は、ルキウス・シルヴァリオ。貴様の主人だ。全て明け渡せ」
その瞬間、脳裏に満天の星空が広がって、私の意識が弾け飛んだ。




