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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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幕間 王子様の空下手



 追悼式が終わり、しばらく経った頃。




 その時、騎士科首席であるイヴァン・ディストンはその手に泥だらけの練習着を抱え、汗まみれの自身の顔を拭いながら、生徒会室に向かっていた。


「はぁ……」


 彼は疲れていた。

 ただでさえ、昨日の魔物事件があり、騎士団の人間として避難誘導や救助などの業務に夜まで追われていたのに、休みもなく今日は通常授業。その後に行われた強制参加の模擬戦で何十人と相手し、ようやく終わって解放されたが、蓄積された疲労に彼は押し潰されそうになっていた。


「騎士としてこれくらい平気にならねばならないのにな……」


 彼は自身の不出来を情けなく思いつつ、彼は生徒会室へ向かう。


「失礼する」


 扉を開けて中に入る。

 すると、耳に紙の上を万年筆が必死に走る音が聞こえた。

 見れば、生徒会室の机で、ロベールが懸命に紙に何かを書いていた。イヴァンが来た事にも気づかず、書類に没頭している。

 イヴァンは気になり、そっとロベールの手元を覗き込む。

 すると、そこには、この学園の理事長であるロベールの叔父を如何に説得するか、その作戦と計画が練られていた。


「……珍しいな」


 そんなロベールにイヴァンは目を瞬かせる。

 こうした交渉する時、ロベールはとにかく体当たりなことが多い。王族だからか話をすれば自分に従い動くだろうという思い込み故か、駆け引きや取引というものをしない。とにかく押し付けてくるのが彼のスタイルだった。

 しかし、ロベールは今、叔父と対話をし説得しようと必死になって考え込んでいる。


「殿下」


 イヴァンが声をかけると、ようやく気づいたのか、ロベールは顔を上げた。


「!? あ、あぁ……イヴァンか。驚いた」


「随分、必死になっておられたようですね?」


「あぁ、俺はどうしても叔父上を説得せねばならないから……。

 アドバイスをもらった今のうちに、詰めておきたくて」


「アドバイス……?」


 それもまた珍しいな、とイヴァンは思った。イヴァンの記憶では、ロベールは他人からアドバイスをもらうようなことはしない人だった。

 だが、今は。


「叔父上をどうにか説得して、今回の件を(おおやけ)にしたいんだ。学園のイメージアップの為に遺族を金で黙らせて生徒の犠牲を無かったことにするなんて許されることじゃない。

 こんな俺に期待してくれている人も信じてくれている人もいる。彼らの為にも俺は頑張りたいんだ」


 そう語るロベールにイヴァンは驚いた。蓄積されていた疲労が何処かに行ってしまうくらい本当に心の底から驚いた。


「殿下、変わられましたね……。

 昔の貴方ならそう思っていても、実行に移すのを躊躇っていた節がありましたが……」


「そうかもな……。

 前の俺は、多分、ずるかったのだと思う」


「……?」


 ロベールはそっと万年筆を走らせる手を止め、イヴァンを見上げた。


「一度、矢面に立てば、逃げることは出来なくなる。どんな声も聞かなくてはならない。どんなに辛くても背負わなくてはならない……。

 そんな重責を俺は無意識に避けていたんだ。

 だから、誰か代わりに盾になってくれないか、と……。少し前までそう思っていたんだ。そのあてが聖女だったわけだが……」


「…………今は、誰かに頼らず、きちんとご自分の足で矢面に立っておられる」


「あぁ、俺の頬を抓って目を覚ましてくれた人がいたからな」


「頬を……ですか? ん? 待って下さい。殿下は第二王子だというのに、その頬を抓った人物がいるのですか!?」


 イヴァンはドン引きした。

 彼は幼少の頃からこの少年を敬い大切にするよう親に躾られてきた。だから、ロベールに手を上げることなど考えたこともないし、そもそも彼に触れるなど考えたことすらなかった……それら全て、彼に対する不敬になる為に。

 だが、そんなイヴァンにとって有り得ないことをやってのけた人物がいる。その事実にイヴァンは愕然となった。

 しかも、それをさも良い思い出のように語るロベールに、イヴァンは動揺するしかなかった。


「無礼ですよ。ここが王宮ならば即刻処分ですよ」


「ああ、そうかもな……だが、良かったんだ。

 あれで、俺は目が覚めた。

 俺は聖女を崇めていたんじゃない。全ての責任を聖女に丸投げしようとしていたんだけなんだと、ずるい自分を自覚したんだ。

 そして、彼女からそこまで問題点が分かっているなら自分の手を動かせとも言われた……。 

 全くその通りだ。下らないもの怯えて、やるべき事から逃げて、なんと自分は情けない。そんなことより、今も苦しんでいる人々の為に一刻も早く動くべきだったんだ。

 俺の手足は俺を抱きしめる為じゃなくて、この世界に住む誰かの為にあるんだ」


 イヴァンはすっかり生まれ変わったロベールに、目を瞬かせることしか出来なかった。

 目を離した僅かな間に、彼は成長している。


「余程、強烈な出会いをしたのですね、殿下……」


「あぁ、今のミアリーには感心してばかりだ……」


「え? ミアリー!?」


 予想外の人物の名前に、イヴァンは思わず後退る。

 イヴァンの中のミアリーは、甘ったるい香水をいつも漂わせていた甘え上手な可愛い女の子だ。

 ロベールの頬を抓り、手を動かせと叱咤するような人間ではない。

 だが、記憶を失った彼女はすっかり変わってしまったようだ。


「……。昨日と今日、彼女には物凄く色々考えさせられた。とても良い意味で」


「殿下……?」


「 昨日、あの魔物に学園が蹂躙されていた時。あの惨状の中、俺とミアリーは人助けに奔走していたんだ。

 今のミアリーはあの地獄の中で、一度も足を止めなかった。誰一人諦めなかったんだ。内心は怖かったかもしれない。怯えていたかもしれない。だが、それでも、彼女は助けを待つ人の為に奮起して、走っていたんだ。

 本当にかっこよかった……。

 あの細い背中が、頼もしくてたまらなかった。

 俺だけだったら、どうにもならない状況を見て、もう助けられないと何処かで諦めて引き返していたかもしれない。

 そんな悲惨な状況なのに。

 彼女の目には前しか見えていなくて……。

 俺もああなりたいと思ったんだ……」


 ロベールは席を立つと、窓辺に歩を進める。

 窓の向こうには一昨日と変わらない景色が広がっている。だが、昨日という大事件を経た今、その景色はロベールには全く違って見えた。


「彼女といると、自分の課題や理想がどんどん分かるんだ。そして、目指すべき方向も見えてくる。

 俺には、きっと、今のミアリーのような人が必要だったんだ。

 俺の1歩先を歩いて道を示してくれる人が、俺には……」


「殿下……」


 その時、イヴァンは気づいた。

 今のミアリーを語るロベールの頬が、窓辺に落ちる夕日でもごまかせないほど赤いことに、

 その目も何処か喜色を含んで輝いていて、その口元も何かを思い出しては緩んでいる。

 そんな彼にイヴァンは目を見張った。


「殿下、もしや貴方、今のミアリーに恋をしているのでは?」


「……なっ」


 不意に突如ぶつけられたイヴァンの質問に、ロベールは目を見開き、その瞬間、彼は高速で首を横に振った。


「い、いやいやそれは……! その……! な、何を言っているんだ!」


 明らかに動揺しロベールは声を荒げた。


「こ、恋だと!? 前のミアリーには全く食指が動かなかった俺が、恋……!?

 い、いや、いやいや何を言って、彼女は憧れであって、恋なんて……」


 だが、その時、ロベールはつい思い出してしまう。

 先程、自分を説教したミアリーを。両頬を両手で抑えられ、顔を近づけられたあの瞬間を。心拍数上がり、顔が沸騰しそうなほど真っ赤になったあの瞬間を。


「……っ!」


 そのまま頬を赤らめ、ロベールは頭を抱えた。あの瞬間の彼女は目に毒すぎた。だが、彼女が真面目な気持ちで説教をしているのもロベールは理解していたから耐えるしかなかったのだ。だが、あのシチュエーションは一歩間違えれば……。

 一方、イヴァンは真っ赤になって頭を抱えるロベールを2度見していた。

 精霊に予言だからと彼女の恋人になった時と、明らかに違う。本人は否定しているがあれは完全に落ちているだろう。顔からして惚れ込んでいる。

 イヴァンは……困ってしまった。何故なら、それがあまり良くない流れになるのを十分に察していたから。


「殿下、冷水をかけるようで申し訳ありませんが……。

 精霊の予言は外れました。聖女がリンヅラン公爵令嬢になりました。そうなった今、その恋は捨てなくてはなりません」


「分かっている。もう設定も何もかも必要なくなったんだ。普通の女の子である彼女に関わる意味も……」


 だが、そうロベールが言いかけた時だった。

その声が聞こえたのは。


「いいえ、いいえ……まだ予言は外れていませんわ。むしろ、予言通りやも知れません」


 イヴァンとロベールがその声の方に顔を上げる。すると、それはお上品に笑った。


「ふふふっ、貴方の恋は諦めるべきではありませんわぁ、ロベール殿下」


 そこには、光を放ちながら飛ぶ大きな鱗翅目の姿をした宝石が飛んでいた。

 気品のあるその絢爛な姿をしたそれは、確かにロベールに笑いかけた。



「だって、聖女に選ばれたのは……あんな女ではなく、その当のミアリーなのですから」






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