46. この空の向こうからやってきた人
「時間を取らせてしまったな」
ルキウスお義兄様が声を発したのは、もう彼の姿も見えない学校の裏手に着いた頃だった。
もう辺りに人気もない。
「ルキウスお義兄様のせいじゃありませんよ。むしろあそこであの人を止めてくれてありがとうございました」
「……。身内を貶されて良い思いはしない。それに奴は技術や知識に関する尊敬の念が無かった。許せなかったんだ。一開発者としても。努力は認めるものであって食い物にするものではないからな」
「ルキウスお義兄様は……熱いですね」
そう私がぽつりと零すと、ルキウスお義兄様は、私に微笑んだ。
「柄じゃないがな」
その微笑みは、淡くて、でも、とっても不敵で、ルキウスお義兄様らしくて、つい私は見入ってしまう。
そんな私とルキウスお義兄様のもとへ、白い竜が降りてきた。
空を悠々と自由に飛ぶシルヴァの背中の上は心地よい冷たい風が吹き付けている。
眼下にはガレストロニアの街が、私達の街が見えていた。
空は段々と夜の色になりつつある。そんな空を私達は散歩していた。
「……まず、一つ。前提として打ち明けなければならないことがある」
「?」
不意にそう切り出され、私はつい後ろに乗るルキウスお義兄様に振り返る。
すると、ルキウスお義兄様は本当に何でもないように。
「俺は、シルヴァリオ男爵家の正統な子どもじゃない」
そう言った。さらっと言われたから最初、理解が追いつかなかった。だけど、段々と理解して。
「え、えぇぇ!?」
私は絶叫した。
「どういうことですか!? 正統な子どもじゃないって」
動揺する私に、ルキウスお義兄様は顔色一つ変えずに答えた。
「……母さんが、前男爵と結婚する前。この国の人間ですらない、とある旅人と作った子どもが俺だ」
「……え、つまり、婚外子ってことですか?」
驚いた。
ルキウスお義兄様とお義兄様は似ているし、仲がいいから気づかなかったけど……2人は少なくとも血が半分は違うってこと?
その上、前男爵と結婚する前に出来た子どもってことは……つまり。
「もしかして、ルキウスお義兄様の方が兄なんですか?」
察して唖然となる私に、ルキウスお義兄様はやっぱり淡々と答えた。
「そうだ。この国では婚外子は原則貴族とは認められない。だが、母さんの手によって、俺の生年月日は捏造され、戸籍上は、弟となった」
「よく誤魔化せましたね……戸籍を捏造なんて直ぐにバレそうなのに……」
「金だけはあるからな、ウチは」
「あ、なるほど、全てを黙らせたんですね……」
シルヴァリオ男爵家、凄い。でも、対外的にだけとはいえ、ルキウスお義兄様は弟ということにされて問題無かったのかな……?
「ルキウスお義兄様は、それで良かったんですか?」
「むしろ兄弟が長子になって良かったんだ。
俺は当主なんて面倒極まりないものやりたくなかったし、性格的にも合わなかった。万々歳だ」
そう言って、ルキウスお義兄様は笑う。
確かに、ルキウスお義兄様の性格を考えたら当主なんて絶対向かない。
「基本的に口の悪いルキウスお義兄様が当主だったら、一瞬で取引先を失って男爵家が傾きそうな気がしますね……」
「否定はしない。他人に媚びを売るなど死んでもごめんだからな。
……それに、俺の実の父親を隠す為にも、次男ということにしておいた方が、正解だったろうから」
「さっき言ってた旅人の方ですか?」
「あぁ、精霊は、星と呼んでいる人だ」
星。そこでふと思い出した。
精霊はやけにルキウスお義兄様には丁寧だった。そして、彼はルキウスお義兄様をほしのこって呼んでた。
ほしのこ……星の子。
星はルキウスお義兄様のお父様のことだったのか。
ルキウスお義兄様がふと空を見上げる。私もつられて、空を見る。
そこにはやっぱり綺麗な空が広がっている。
だけど、ふと私は、ルキウスお義兄様の目がその向こうを見ているように見えた。
「ルキウスお義兄様……?」
「俺の実の父親……俺の父さんは、この空の向こう側にある異世界から来たらしい」
「……へぇ、いせかい……。い、異世界!?」
異世界って、異世界って何!?
この世界以外に別の世界があるってこと!?
私はただ驚くしかなかった。ルキウスお義兄様を2度見する。ルキウスお義兄様は未だ、空を見上げていた。
「母さん曰く、父さんはある日、突然、空から降ってきたらしい。それを母さんが拾って、面倒を見ている内に懇意になって、俺が出来たそうだ」
「…………」
この綺麗な空の向こうに、人が住んでいる……?
その時、何故か脳裏を過ぎったのは、あの男の人……私を聖女にしたあの人だった。
「ルキウスお義兄様のお父様は今はどうしているんですか?」
「…………」
「ルキウスお義兄様?」
そこで気づいた。ルキウスお義兄様の顔から笑みが消えていることに。
「父さんは俺が産まれる前に亡くなった……。
母さんと出会った時にはもう既に先が見えている状態だったらしい。母さんが言うには、妊娠期間中に生きていたこと自体、奇跡だったと……。
仕方がない話だが……会ってみたかったな」
「………………」
「そして、それは父さんも同じだったらしい。
父さんは、顔すら知らない俺の為に遺せるものは全て遺してくれた。
科学や魔法の知識、数学、この世界の歴史……そして、厄災についても……」
「……厄災……」
ルキウスお義兄様の目が私に向く。
夜明けの瞳に見つめられて、私は息を飲んだ。
「ミアリー、お前は知るべきだ。お前が生きる世界を……お前が抱える運命を」




