43. 態度変わりすぎでしょ!
「ルキウスお義兄様!」
ようやく来たその人に駆け寄る。私と目が合うとルキウスお義兄様はため息を吐いた。
「お前はいつも厄介事に巻き込まれているな。
………まぁ、いい。馬鹿を見る前に行くぞ」
確かに馬鹿を見た……ルキウスお義兄様の言葉には完全に同意だ。
すると、ふとルキウスお義兄様は私の荷物を指差した。
何だろう? 不思議に思いながら、そっと私の荷物をルキウスお義兄様の前に出すと、ルキウスお義兄様は無言で私の荷物を取り上げ自分の荷物と一緒に抱えた。
や、優しい!! 荷物持ってくれるんだ!
「ありがとうございます!」
「これくらいはする。
裏手にシルヴァを連れてきた。それに乗るぞ」
「何処かに行くんですか?」
「邪魔されない場所」
やっぱり優しいルキウスお義兄様の隣を歩いて、私達を待っているだろうシルヴァのもとへ向かう。
ところが。
「ちょっ、ちょっと待ったぁ!」
さっきの彼がルキウスお義兄様の前に滑り込んできた。
「僕、貴方を探していたんだよ! 昼休みからずっと!
全然見つからなかったのに、まさかこんなとこで! やっと見つけた!」
そう言うと、ルキウスお義兄様の前に進み出て、笑顔を浮かべて……。
「貴方の魔法、調べさせてください!」
そう言って頭を下げた。
だけど、ルキウスお義兄様は一瞥もしないまま彼を避けて歩き出す。
立ち去っていくルキウスお義兄様に、彼は顔を上げ、声を上げた。
「えぇ! 待って! なんで無視するんですか!?」
一言も発さないルキウスお義兄様を、慌てて追う彼。
さっきのルキウスお義兄様の言葉、何も聞いてなかったんだろうなぁ……。
それにしても、彼の態度に妙な違和感があるのはなんでだろう……?
「僕、エミール・オーガスタスって言います! 研究科第一学年で! 魔法を研究しているんですけど!」
「…………」
「貴方の魔法、普通の魔法じゃないですよね? 貴方のそれ、一体何なんですか! 僕ずっと気になってて……!」
「…………」
「あ、あの! 僕の話を聞いていただけないですか?」
ルキウスお義兄様は相変わらずガン無視だ。
だけど、エミールと名乗った彼はめげることなく果敢に話しかけに行く。
「…………」
「あの、ルキウス・シルヴァリオ先輩、お願いです! 僕はどうしても貴方の魔法が知りたい!絶対に何か秘密がある! 呪文無しでどうやって出力しているんですか? 貴方のそれはきっと既存の魔法とはメカニズムから違う! 僕の知識にないんです! 貴方の魔法は!」
「…………」
「僕、この世界のありとあらゆる魔法をマスターしたんです。それで天才魔法使いなんて色んな人から呼ばれてから久しいけど、僕はまだまだだと思っています。もっともっとやれるはずなんです、僕は」
「…………」
相変わらず無視されているけど、彼はどうにか話を聞いて貰おうと必死に話しかけ続けた。
……一方、彼の話をずっと聞いていて、私は違和感の正体に段々と気づく。
この人、ルキウスお義兄様には普通に会話していない? あんなにイライラした喋り方を、ルキウスお義兄様にはしていない……! 私にそうしたように全く見下していない!
「教えてください! 僕はもっと魔法使いとして成長したいんです! 普通の魔法をマスターしたぐらいじゃ満足出来ない! もっと高みに行きたい!
貴方の技術を取り入れたら、僕は昨日よりもっともっと凄い魔法使いになれるはずなんだ!」
そこでルキウスお義兄様は足を止める。
ようやく足を止めたルキウスお義兄様に、彼は目を輝かせる。
けれど。
「ゴミが視界の邪魔をしてんじゃねぇ。不快だ」
「…………えっ」
お義兄様はそう一言言って、一歩遅れて着いて行ってた私に視線を向けた。
「ミアリー、こんな奴、気にする価値もない。視界に入れるな」
なるほど、察した。暗にもっと早く歩いて、自分の前に来いって言っているな、ルキウスお義兄様は。確かに視界に入れる価値もない。歩調を早めて私はルキウスお義兄様の一歩前に出る。
すると、ルキウスお義兄様が自分より私を気にしたことが不快だったのか、彼はあからさまに顔を歪め、とうとうルキウスお義兄様の腕を掴んだ。
「ちょっと! 身の程知らずにも貴方に付き纏っているそのブスのことなんか、どうでもいいじゃないですか! なんで僕をゴミなんて呼んで無視して……」
「は? お前がブスと罵っているその女性は、俺の義妹だが?」
「……!」
彼の手をルキウスお義兄様は振り払い舌打ちする。一方、義妹と聞いた瞬間、彼は愕然となり、信じられない様子で首を何度も横に振った。
「は、は? い、いもうと……? いや、シルヴァリオ男爵は、金銭援助をしている赤の他人って……」
「前の、だろう。今は違う。
よって、お前のそれはただの家族への暴言だ。その上、なんだ。その態度は? 先程からミアリーになら何を言ってもいいと思っていないか?」
「……!」
すると、すっと彼の指が私を指差した。
「だって、コイツ、馬鹿ですよ?」
……今すぐ一発入れていいかな、この男。
「ミアリーなんて誰もが認める馬鹿なんですから、このくらい言ってあげないと、自分が馬鹿で駄目な女の子だって気づかないんですよ。だから、これは親切なんです。優秀な僕が皆を代表してちゃんと教えて教育してあげているんですよ。少しでもマシな人間にするにはちゃんとハッキリ馬鹿だブスだって言わないと……」
「……やはり、ゴミだな、お前は。
聞くに絶えない」
あまりに不快な気分になったのか、ルキウスお義兄様は彼の言葉を遮る。
またゴミだと言われて彼はポカーンとしているが、私は、私は……これ以上ないくらい腹が立っていた。お義兄様が隣にいるから唇を噛んで我慢するしかないけど、今すぐこいつをドラム缶にコンクリと一緒に詰めて生きたまま海に流したい!
コイツ、自分のことをさも頭の足りない子を自発的に助けている良い人のように語っているけど、そこかしこから性悪さが滲み出ているわよ! 何よ、教育って! 何様のつもり!?
私がわなわな怒りに震えていると、ルキウスお義兄様が私を背中に隠すように、そっと彼の前に立った。
「俺の義妹は馬鹿でも問題児でもない。少なくともお前よりずっと賢いさ」
「……は? 何を言っているんですか?」
「あぁ、すまない。お前は馬鹿でもあるから。口で言っても分からないか。
では、お前でも分かるように……あぁ、そう言えば、お前、俺の魔法に興味があるんだったな」
急に話を変えたルキウスお義兄様に、流石に彼も何かを察して訝しむ。
「そうだけど、何……? 待って、何をするつもり……?」
ルキウスお義兄様は制服のポケットから徐に黒い手袋を取り出し、自分の手に嵌めていく
「ミアリー」
ふいに名前を呼ばれる。顔を上げると黒い手袋を嵌めたルキウスお義兄様に手を掴まれた。
「俺から手を離すなよ」
「えっ……?」
驚く私を置いてルキウスお義兄様は彼に向かって飛び上がり、空いているもう片方の手で彼の顔を掴んだ。
「なっ!?」
ルキウスお義兄様に飛びかかられ、彼が後ろに倒れ込む。
彼が地面に崩れ落ちる……その時、ルキウスお義兄様は唱えた。
「汝、エミール・オーガスタスに告ぐ。我はルキウス・シルヴァリオ。我はこの世の主人。全て明らかにし、全てを露呈させろ」
その瞬間、オレンジ色に染まっていた平凡な夕方の世界が反転する。
まるで絵本をめくったように、全く違う世界へ、世界が移り変わる。
だけど、めくって、やってきた世界は……昨日見た息を呑むほど美しい宇宙ではなく……。
「あああああああああ!」
その空間を見た瞬間、彼は悲鳴を上げた。その顔は青ざめ、体はガクガク震え、その目から涙が流れ落ちる。
「いやだぁ! いやだ! やめろ! 帰りたくない!」
……何でこんなに怯えて悲鳴を上げているんだろう……?
私には分からない。
だって、ここにあるのは……。
「こんなものに、なんで……」
とっても小さな紡績工場があるだけだった。




