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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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5.私のお義兄様(性格悪い)




 むかしむかし……正確には2年と数ヶ月前。ある所に超美人な町娘と、冴えない男爵がおりました。


 超美人な町娘は貧乏でした。食べるものすら手に入れられないほどお金がありませんでした。だというのに、夫は酒浸りで働かず、娘はぐずで全く役に立ちません。心労ばかり抱え町娘はそんな自分の生活に嫌気が差しておりました。


 冴えない男爵は裕福でした。しかし、お金は有り余るほどあるのに人望が無く、従僕達に疎まれ、妻は自身の2人の子どもばかり構い男爵など眼中にありません。男爵は最早、置物でした。生きる意味が無く男爵はそんな自分の生活に嫌気が差しておりました。


 そんなある日、町娘と男爵が出会いました。


 出会った瞬間、足りないものだらけな2人の世界が変わりました。


 花が咲きみだれ、鳥が啼き、草木が絡み合い、月が舞い、星が勢い良く飛び出して、最高の絶頂を迎え……そして。


 2人の間には子どもが出来ました。


 町娘のお腹に宿った男爵の新しい子どもは周りの人々に阿鼻叫喚で迎えられました。


 それはもう大変な騒ぎになりました。


 ……同時期、町娘の夫と、男爵の妻が、突然病に倒れ死んだことも含めて。


 2人は周囲の反対を押し切り、自分達に向けられた疑惑も無視して、結婚することにしました。


 こうして、子宝にも()にも恵まれた男爵と町娘、相思相愛の彼らは結ばれ幸せに……。


 …………なりませんでした。


 それはただの不運だったのか、元伴侶の喪も開けぬ間に、夫婦になったからか、2人は結婚して早々、この国に蔓延していた流行病に、2人とも襲われてしまいました。


 2人はあっという間に、呆気なく町娘のお腹にいた子ども共々亡くなりました。


 その結果、遺されてしまった子ども3人。


 幸い男爵の妻が遺した2人の子どもは優秀だった為、何の問題もありませんでしたが、町娘のぐずな娘には問題がありました。


 男爵は町娘と結婚する際、もののついでに彼女を引き取ったのですが、引き取っただけで、彼女を自分の養子にもしていませんでした。


 ただの居候。それが彼女だったのです。


 男爵はそれが心残りだったのか、死にかけの体で床に這いつくばり、子どもに嘆願したのです。


 どうか彼女の未来の為にも学校に入学させ、彼女が学校を卒業するまでは、金だけでいいから面倒見てやって欲しい……と。








「……というわけで、前男爵の遺言に則って、仕方なく君の面倒を見ているんだ。

 分かったかな? せっかく学のない君にも分かりやすく昔話風にしたんだから分かるよね?」


「そんなに念押ししなくても分かります! けれど……。

 はぁ……」


 私の親もろくでもないなんて嘘でしょ!?

 私は内心、叫んだ。



 あの修羅場から連れ出された私は男爵家の馬車に乗せられていた。

 この馬車、走ってても全然揺れないし座席はふかふかだしいい香りもしてて凄くいい馬車だ。

 ……但し、その車内に流れる空気はこれ以上ないくらい最悪なものだけど。


「ため息を吐かないでよ。君みたいなのの鬱憤の為に吸われ吐き出される空気が勿体無い」


「そ、そうですか……。

 あの……ちなみに、そろそろお名前を聞いても……?」


「なんで?」


「なんでって……貴方をなんて呼んだらいいのか分からないので……」


「お義兄様でいいじゃん。お義兄様で。

 前の君はそう呼んでいたらしいよ。無許可だったし直接聞いたこともないけど」


「え、でも、血は繋がってないし、戸籍も違うんでしょう? なら……」


「うん、赤の他人の君に名前覚えられるとか不愉快だから言ーわない!」


「………………」


 この目の前にいるこの人、凄く嫌な人だ。ずっと人の良い笑みを浮かべてニコニコしてるのに、口を開ければ皮肉と猛毒しか吐かないし余計な一言ばかり!

 だんだんボロクソに言われすぎてムカついてきた。

 でも、何にも言えない!

 だって金銭面だけとはいえ私の面倒見ているのこの人だから。自分の母親を奪った愛人の子どもの面倒見てくれるだけ有難……!


「ところで、帰ってすぐ検査するからよろしくね」


「けんさ……?」


「頭の検査。君に自覚はないかもしれないけど凄い変わり様だからね。ちゃんと調べないと……あと、ついでに、ちゃんと脳味噌詰まってるかも調べないと、元の君は頭悪すぎて会話も出来なかったからね。まぁ、今の君なら、小指の爪くらいのちゃちいのなら入ってそうだけど……」


「…………っ!」


 こんな人、有難いとか思えるか!

 好き勝手に言って! 何なんだこの人!!

 起きて早々記憶喪失になったり恋人達怒らせたりで落ち込んでいたけど、今はどうでもいい!

 私の頭が小指の爪……!? あーもう怒った! 怒ったんだからね!


「……そうですかそうですか。ついでにお義兄様も検査したらどうです?」


「!」


 言い返しに来ると思ってなかったのか。お兄様は目を見開く。

 虚をつかれたお兄様に怒り心頭の私は頬を膨らませここぞとばかりにまくし立てた。


「私が小指の爪なら、皮肉しか言えない名前も教えない器も小さい貴方は毛穴ぐらいでしょうね。ついでに、検査してその捻くれた性根も治るかどうか調べたらどうですか? 多分もう手遅れでしょうけど! だって見るからにもう末期ですものねぇ! 女の子に優しく出来ない時点で紳士じゃないし終わってるのに、その上で、その性悪さなんですから、もう無理でしょう! 何が優秀ですか! 円滑なコミュケーションが出来ない時点で人でなしなんですよ。まずは蟻から社会性を習ったらどうですか? 出来るものなら!」


「へぇ……言うじゃないか」


 まくし立ててすぐお義兄様の目が細められたのに気がつく。

 この好戦的な目……! 絶対に言い返しにくるだろうと予想して私は身構える。

 ところが。


「ふーん、気持ち悪い子から面白味もない子になったんだと思ったけど……意外と、結構骨があるね?」


「……?」


「うん、楽しめそうだ、君は」


「………………は?」


 何かを確信した顔で、にぃ、とお義兄様の口角が上がる。

 その顔は、心の底から楽しそうな顔で……今まで浮かべていた笑顔が上っ面のものだったのがよく分かる顔で……そして、ものすごく嫌な予感がする顔だった。

 そう、例えるなら、押しちゃいけないやる気スイッチを押したような……。


「……名前教えよっか?」


 あ、これ聞いたらダメなやつだ!

 私は直感した。聞いたら後戻り出来ない系のトラップだ、これ!


「いや、もう良いです……! 赤の他人でいましょう! 他人です他人! 貴方みたいな厄介で面倒くさくて性格が終わっている人、知らない方が実りある人生になる気がするし!」


「えぇ~! 酷いなぁ~血は繋がってないし、戸籍も別だけど、僕の義妹なのに~」


「それ、前の私の設定でしょ!? 貴方には関係ないって……!」


「気が変わった。

 あのねぇ、お義兄様、最近暇してて遊び相手(おもちゃ)が欲しかったんだよね。こんな傍に転がってたなんて知らなかったよ~ これからはちゃんと義妹ちゃんって呼んであげるね~」


「こんなの身内扱いしてたの私!? 最悪! 絶対嫌!! 貴方みたいな人、身内じゃないです! 後見人という名前のただの金蔓でいて下さい! お願いします!」


「残念。これから仲良くしようね、ミアリー。

 そんな君のお義兄様の名前はね~!」


「あーあ! あーあー! 聞こえない!聞こえないでーす!」


 馬車が男爵家に着くまで私は耳を塞いで頑張った。本当に頑張った!

 間一髪、名前は聞かなかった。多分、聞かなくて正解だった。私のお義兄様は酷く残念そうな顔をしていたし。

 ところが、名前を知ることは回避出来たけど、新しい玩具を見つけてウキウキワクワクのお義兄様からは逃げられなかった。この横暴で傲慢なお義兄様は、男爵家に着いて早々、馬車から降りるついでに逃げようとする私の制服を掴んで離さなかった。


「はい、着いたよ。ここ本邸ね。前の君は本邸出禁にしてたから、人生で初めて足を踏み入れるんじゃない?

 どう感想は?」


「掴む力強すぎませんか……! びくともしないんですけど……!」


「だって逃げられたら困るじゃん? せっかく面白くなってきたのにさ」


「私は全っっっく面白くないです!」


 手足をバタバタさせて必死に抵抗するけど、お義兄様の手はビクともしない。お義兄様はすらっとした細身の男性で力なんて全然無さそうなのに、想像以上に力がある。

 結局、私は引き摺られるように男爵家の本邸に連れて行かれることになった。




 裕福とお義兄様が説明していただけあって、男爵家の屋敷は大豪邸だった。

 3階建ての大理石で出来た真っ白な御屋敷は玄関ホールから教室ぐらいの広さがあって、廊下も端から端まで見えないくらい長くて、天井に幾つも並んでいるシャンデリアも置いてある絵画や花瓶も目に見えて高価だった。あんまり見ていると目が痛くなってくるぐらいだ。

 お義兄様に連れて行かれたのはそんな目がチカチカする屋敷の3階、それもかなり奥の部屋……広間とか応接室とか来客用の部屋じゃない明らかにこの屋敷の居住者用の部屋だった。

 お義兄様は部屋の扉をノックすると、扉の向こうに声をかけた。


「兄弟、入るよー」


 そのワードに私はハッとした。

 そう言えば、三人兄弟なのだから、もう1人兄がいるのだと。

 ただ目の前のお義兄様が()()なのだ。もう1人のお義兄様だって絶対に……。

 そう思ったその瞬間。


 …………爆音とともに扉が吹っ飛んだ。


 灰と塵が舞う中、私はただ呆然とするしか無かった。

 突然の爆音に心臓がバクバク鳴って五月蝿い。一方、お義兄様は慣れているのか表情一つ変えていない上に、視界を真っ白にするぐらいモクモクと硝煙が立ち上るその部屋に平然とズカズカと入っていった。

 もちろん私を引っ掴んだまま……。


「兄弟! また発破何とかの実験中? 調子良さそうだね!」


 硝煙の向こうにそうお義兄様が声をかけると、その声は紙の上を走るペンの音と共に聞こえた。


「お前の目は腐っているのか? どこが調子良いと言えるんだ、なあ、兄弟?」


 徐々に晴れる煙。ようやく見え始める部屋の全貌。

 部屋の中に広がっていたのは巨大な研究室。天井ギリギリまで組まれた実験器具、いくつも並んでいる机の上に大量のフラスコや薬瓶が置かれ、付箋が大量に貼られた書物や走り書きされたメモが床を覆い尽くすように積まれている。

 そこに、お義兄様によく似た白衣姿の眼鏡をかけた黒髪の男の人が……。

 晴れ渡った朝焼けをそのまま瞳にはめたような、綺麗な朝空の瞳を持つその人がいた。








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