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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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39.あなたがいたから



 その瞬間、講堂に緊張感が走る。

 神官の祈りも中断し、講堂にいた全員の目が、殿下の方へ向けられる。

 その数々の目の殆どが、とにかく厳しいものだった。


「何しに来たんだ! 学園側の人間の癖して!」


 容赦ない言葉が殿下に向けられる。

 それを殿下はただ静かに聞き……そっと席から立ち上がった。


「……君達と同じだ。俺は彼らの死を弔う為にここに来た」


 その時、誰かが投げた紙くずが、殿下の肩に当たった。

 それがきっかけになったのか。

 次々と筆記用具やゴミが殿下に向けて投げつけられる。


「偽善者!」


「帰って! 友達の死を無かったことにした癖に」


「あの形ばかりで意味のない生徒会室に帰れ!」


 怒りの空気が満ちていく。

 でも、殿下は一切、やり返さなかった。ただ静かに彼らを見据えていた。

 すると、今度は飾られていた花が入ったままの花瓶が投げつけられた。


「殿下!」


 殿下を庇おうと立ち上がりかける。でも、それを殿下の手が止めた。

 花瓶は殿下に届く前に床に落ち、中身の花が、水が、殿下を頭から濡らした。

 幾つもの雫が音を鳴らしながら床に落ちる。

 だけど、殿下は前を、ただ前を、見ていた。


「君達の意見は最もだ」


 静かな講堂にその声ははっきりと聞こえた。


「この学園は王立で、理事長は王弟であり俺の叔父上。俺は第二王子で生徒会長。

 この追悼式は本来、叔父上が主導して企画し、俺が運営すべきものだった。そして……犠牲者とその遺族にきちんと公的に謝罪し、再発防止に努めることを約束するべきだった。

 だが……メンツばかり気にする叔父上を俺は説得出来なかった。

 叔父上は、金にものを言わせて遺族の口を封じ、学園の完璧な避難誘導のおかげで死傷者ゼロだったという事にしたいらしい。その方が学園のイメージアップになるからと……。

 そんな直ぐにバレる嘘をつこうとする叔父上を俺はどうにか説得しようとした。だが、見ての通りだ。頭ごなしに否定され殴られて俺は追い返された……。

 本当にみっともなさすぎて顔向け出来ない……。

 だが、それでも……この学園に籍を置いている者として彼らを弔いたい。そして、亡くなった彼らのことを、この追悼式を、俺は覚えておかなくてはいけないんだ。

 不甲斐ない自分自身への戒めとして、この学園が抱えるべき歴史として……。

 この死は絶対に無かったことにしない。無駄にもしない。必ず次に繋げる。

 だから、弔わせてくれ……頼む」


 そして、殿下はこの講堂にいる全ての人に向けて頭を下げた。

 講堂は戸惑いに揺れる。困った顔の人が多い中、納得いっていない人も、まだ腹が立っているのか厳しい目で睨みつけている人もまだまだいる。

 ……そんな中。


「お、お、俺は、良いと思います!」


 1人の男子生徒が手を挙げ、殿下と彼らの間に立った。


「殿下は確かに王子殿下で学園とも深い繋がりがある。でも、昨日のあの時、僕を助けてくれたのは他でもないこの方だった! この方は他の王族とは違う! そもそも同じ学園の生徒だ。拒否される謂れもないはずだ」


 そう彼が言えば、別の女子生徒も立ち上がった。


「そうです。同じ仲間です。学園のことを大切に思う同じ仲間のはずです。八つ当たりはやめましょう。殿下を責めても叩いても学園の考えは変わらないのですから!

 ねぇ、皆様、そうでしょう!」


 それからどんどん殿下の前に人集りが出来ていく。まるで殿下を守るように、殿下の為に集まってくる。

 そんな彼らの姿に、殿下は濡れた前髪の下で目を見開いた。


「君達……俺を庇って……」


 その時、最年長らしき1人の青年が前に出てきた。


「俺にも一つだけ言わせていただきたい!

 皆さん、友人の死を無かったことにしようとする学園に激しい憤りがあるだろうが、殿下だけでも許さないか?

 我々にとって今重要なのは、殿下で鬱憤を晴らすことではなく、亡くなった親友達を弔い、彼らの死を無かったことにしないことではないか?違うか?

 この追悼式は何の為にあるのか、もう一度考えてくれ。

 殿下をこれ以上責めても無意味だ。亡くなった彼らに何の得がある!」


 そう彼が言うと戸惑っていた彼らも納得いっていない人も顔を見合わせる。厳しい目を向けていた人も拳を握ったまま俯いていた。

 その時、ずっと黙っていた、講堂のステージにいた初老の神官が静かに口を開いた。


「君達、いつまで死者に背中を見せたまま立っている気かね。これではどちらが死者に顔向け出来ないか分からないのぅ」


 その言葉に彼らはステージに背を向けて、殿下を非難していたことにやっと気づいた。

 青い顔で恥ずかしそうに慌てて前に向き直る彼らが滑稽だったのか、神官は少し笑った。


「ふふっ、それで良いのです。小難しいことは後にして、今はただ死者を弔うことだけを考えなさい。

 身分も立場も関係ない、死者を悼む気持ちに嘘がないのなら、それで良いのです。

 さぁ、祈りましょうか」


 その一言で、先程のことが嘘だったように、追悼式は厳かに静粛に執り行われた。

 誰も殿下の方を振り返ることも無く、だだ人の死を思う時間が過ぎていく。

 気がつけば、時計は午後3時を過ぎていた。





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