36.恒例行事と化した朝
気づいた時、私は宇宙にいた。
「……っ、え?」
あまりに急な展開に変な声が漏れる。
動揺から周りを見る……見れば見る程、そこは宇宙だった。
白、赤、金色、様々な色をした星々が私の視界を全て覆い尽くしている。
私の隣には天の川が流れ、私の頭の上には星雲が広がり、視界の端から流れ星が降ってくる。
まるで、星の海に潜っているみたい……。
……待って、私、この光景を知っている。
「ここは、ルキウスお義兄様の……」
無重力の空を漂いながら、私は目を瞬かせる。
この星空は、正しくあの時シルヴァに乗ってルキウスお義兄様と一緒に来た場所だ。
「でも、どうして。どうやって? ここには今、私1人しかいないのに……」
呆然と広い宇宙の中で呟く。
すると、その声は聞こえた。
『教えてくれないか、君の名前を』
「……! この声……!」
直ぐに思い当たる。あの暗闇の中で聞こえた男性の声……!
私を聖女にしたあの人だ!
「私はミアリー! 貴方は!?」
星が光る宇宙の中で私は叫ぶ。すると返答は直ぐに返ってきた。
「記憶した、君の名前を。
ミアリー、こちらは✕✕✕✕」
だけど、肝心の名前の部分が聞き取れなかった。もう一度聞こうと、私は声を上げた。
「ごめんなさい。もう一度、名前を聞いてもいいかしら!」
ところが、返ってきたのは名前ではなかった。
『……送った、君にこちらの情報を。
受け取ってくれ』
「え?送信って……?」
何それ? ていうか、私に受信機能なんてありませんが!?
そんなのどうやって受け取れというの!?
「ちょ、ちょっと待って! 受信とか座標とか言われても何も分からないって! どうすればいいの!?」
『今後はそれに話しかけてくれ。
待っている。この空の向こう側で、君を』
「待っている……じゃない! やり方わかんないんだってば!
貴方には聞きたいこといっぱいあるの! 貴方自身のこととか聖女のこととか! 一体、何なの!貴方は皆が言う神様なの!?」
私は思いっきり叫ぶ。
……だけど、どんなに叫んでも、その返答が返ってくることは無かった。
気がつけば、視界がぼんやりと霞み始め、私は……夢から覚めた。
「……はぁ……」
窓から落ちる朝日が眩しい。今日の天気は晴れみたいだ。遠くから小鳥の鳴く声もする。きっと窓を開けたら爽快な風が吹いている。
なんて爽やかな朝。
だけど、気分は最悪だ……。
身体が重い……しかも、物理的に重い。
私はそっと自分の隣ですやすやと寝ているその人に視線を移した。
「すぴー すぴー……」
そこには、昨日アイロンかけたばかりの制服を皺だらけし、私をぎゅうぎゅうに抱きしめて抱き枕にしながら、幸せそうな顔で二度寝を決め込んでいるお義兄様がいた。
また! 今日も! 性懲りも無く! 私の部屋に入って!
「はぁ……本当に、全くっ……!」
呆れ返りながら、お義兄様の腕から這い出して、ベッドから立ち上がろうと足を出した。
だけど、その瞬間、お義兄様の腕が伸びて、私を布団の中へ引きずり込んだ。
「ミアリー、お義兄様、眠いぃ……瞼開かない……一緒に寝坊しよ……」
そんな世迷言を宣って、私を抱きしめ直し、お義兄様は私を腕の中に閉じ込める。その顔には至福って書いてある。呑気だ。ムカつくぐらい呑気……。私の部屋に勝手に入ってきて、勝手に寛いで、勝手に私を抱き枕に2度寝して……!
だんだんとイライラしてきた私は自分の枕を手に持った。
「いい加減にしろ!」
私は惰眠を貪るお義兄様の顔に全力で枕をぶつけた。
「朝から2人揃って遅いと思っていれば、何をしてんだ。お前達」
朝食が並ぶテーブル。
読んでいた新聞から顔を上げルキウスお義兄様はため息を吐いた。
片や、こんなに明るいのにまだパジャマの姿の私。
片や、皺だらけの制服のまま、眠そうに欠伸をするお義兄様。
ルキウスお義兄様の目の前には、完全に寝起きの私達がそこに並んでいた。
「お叱りならお義兄様にしてください。この人、私の部屋にまたやってきたんですよ! 性懲りも無く!」
「ふあぁ……眠い……ねぇ、ミアリー、3度寝しようよ。僕、今日気づいちゃったんだよね。ミアリーって抱っこして寝るのに凄く丁度いい温度と体積……」
「3度寝なんてしません! って!? どさくさに紛れて抱き枕みたいに抱きしめないでください! あぁ、もう! こんなとこで寝るなぁ~!」
朝から騒ぐ私達。そんな私達を見て、ルキウスお義兄様は疲労と頭痛を感じたのか、頭を抱えた。
「朝っぱらからうるせぇ……」
「申し訳ありません! でも、他でもない貴方の御兄弟のせいですからね!」
「はぁ……何も言えねぇ……」
私とルキウスお義兄様がそんな話をしていると、眠い目を擦りながら、お義兄様は席に座り、焼きたてのパンを千切り、食べ始めた。
まだ欠伸はしてるけど、朝食を食べようと思うぐらいには、やっと目が覚めてきたみたい。
「……ふぁ、眠っ……」
「やけに眠そうですね。夜更かしでもしましたか?」
「ただ単純に疲れてるだけだよ。昨日色々やったからね……ねぇ、ミアリー、肩だけでも貸してくれない? 頭が重くて重力に負けそう……」
「ダメです! 寝るでしょう、絶対に。
やっと起きたんですから、そのまま完全に目を覚ましてください。重力に負けたらダメです」
「えぇ……」
お義兄様に寄りかかられないよう、わざわざお義兄様の席から距離を置いて座る。
お義兄様は不満そうに唇を尖らせるが、早く目が覚めないお義兄様が悪い。
一方、ルキウスお義兄様は、眠そうなお義兄様を一瞥だけして、何事も無かったかのように新聞の方に視線を落とした。
新聞の見出しには昨日の学園で起こった魔物襲撃事件が大大的に特集されている。
紙面では、数多くの貴族令息令嬢がいる学校に魔物が持ち込まれた。これはテロだ、歴史的大事件だと騒ぎ、事件を起こした犯人は未だ特定出来ず、権力に不満を持つ平民のせいではないかと的外れな憶測が飛び交う。
また、その隣には、聖シンエ教会が聖女を見つけたのではないか?という超薄い内容の憶測記事がある。神官が少女を連れて教会に入ったのを多数の市民が目撃したらしい、と記者が伝えている。
結構雑なまとめられ方をしているけど、それを読むだけで昨日の出来事が走馬灯のように思い出される。
私の口からつい疲れたため息が漏れた。
「こう思い返すと、昨日は本当に大変でしたね……。学校は無くなるし、魔物は出るし、聖女になるし、神官は現れるし……」
そんな私の呟きにスクランブルエッグを咀嚼し嚥下したお義兄様が頷いた。
「……だよね~ 色々起こりすぎ。おかげで幾ら寝ても寝足りないよ。ふぁ~ これで休校無しで通常授業なんだから、本当に困るよねー」
「授業……? 今日、学校あるんですか? 校舎ないのに?」
お義兄様の発言に私はびっくりして固まる。
すると、お義兄様もルキウスお義兄様も一斉に私を見た……すっごく変なものを見る目をして。
「ミアリー……もしかしてだけど、ガレストロニアの魔法レベル、舐めてる?」
「え?」
「死んだ人間はどうにもならないけど、あのぐらいの被害だったら、屁でもないよ。
ああいう大規模な災害が起こった時は、救助活動と並行して魔法で復旧するのがガレストロニアでは普通なんだ。学園は確かに広いけど、1地区よりは圧倒的に小さいから一晩で救助活動も復旧作業も済んだはず」
「……って、ことはつまり……?」
「今日もいつも通り学校に登校しないといけないってことさ。
……前の日、どんなに疲れるようなことがあったとしてもね」
その瞬間、今すぐ私はベッドの中に帰りたくなった。




