35. 小休憩、もしくは、気休め
「か、可愛い!」
リボンが揺れる度に光の反射でキラキラ輝く。このリボン、ただ単純な赤じゃなくて反射する度に微妙に色が変わる。朱色、紅色、薔薇色、珊瑚……グラデーションでくるくる変わる。
これが可愛いのなんの!
髪を揺らす度に違うリボン結んでいるみたい。
「ルキウスお義兄様、ありがとうございます!
これ、気に入りました!」
ルキウスお義兄様にお礼を言って、鏡越しに何度もリボンを見る。
可愛い! 可愛いっ! めっちゃ可愛い!
ついつい満面の笑みを浮かべてしまう。絶対これにしよう!
そんな時、私の後ろにずいっとお義兄様が現れる。
鏡に映ったお義兄様は何故かムスッとしていた。
「……何か面白くない……」
「むっ、面白くないってなんですか! こっちは今最高の気分なんですよ? 可愛いでしょう! 今の私!」
「いや、まぁ、確かに可愛いよ……ちょっとだけ……」
「なんですか、ちょっとだけって素直じゃないですね」
変なお義兄様。まぁ、いいか。お義兄様が変なのは今に始まったことじゃないし。
「お義兄様、このリボンが欲しいです!」
「えぇ……マジで言ってる? 買うの? それ……ちょっと止めとかない?」
「なんで渋るんですか? ハッ、もしかしてお義兄様のお財布事情では買えない……?」
「買ーえーまーす! シルヴァリオ男爵舐めないでよね! そんな布切れくらい余裕だよ。誰がこの工房経営してると思っているの!
買える! 買えるよ! でも、買いたくないの!」
「はぁ? 意味がわからないです! これが欲しいのに!」
「いーやーだ!」
そう言って完全に不貞腐れてしまったお義兄様。本当にわけがわからない。
そんなお義兄様を見て、ルキウスお義兄様も完全に呆れていた。
「この程度で嫉みやがって……ガキめ……」
「ちょっ、兄弟! 今、なんて言った!」
「妬いている暇があったら、ミアリーにドレスでも作ってやれ。どうせその内必要になるだろ。
俺はセンスはあるが、女子の流行は知らん。そこをお前が担当すれば良いんじゃないか? まぁ、お前みたいなビジネスで女性向け商品を取り扱っているだけの男がミアリーを満足させられるかは別問題だが」
「はあ!? 兄弟! 言って良いことと悪いことがあるんだからね!」
何故か余裕の笑みを浮かべるルキウスお義兄様、そして、何故か唇を噛んでいるお義兄様。
妬いているとか何の話をしているか分からなかったけど、今、ドレスって言った!?
「良いんですか!? ドレス!」
ついつい期待の目でお義兄様を見てしまう。居候の身分でドレスなんて買って貰えるわけがないと思っていたけど、もしかして可能性あったりする!?
じっと見つめていると、お義兄様の顔が段々と何とも言えない顔になって……何かに耐えきれなくなったお義兄様は舌打ちした。
「あーもう! こうなったら兄弟が作ったリボンよりも、君が喜ぶドレスを絶対仕立ててみせるよ!
全身オーダーメイドで作ってやる~!」
「え、え、オーダーメイド!? 世界にたった一つだけの私のドレス!? ここにある既製品でも十分なのに、ほ、本当に良いんですか!?」
「良いよ! こうなったら徹底的にこだわってやる!
ミアリー、今からデザイナーと職人呼んで採寸するから! 君もどんどん希望を言って!」
「えぇ!?」
何だかとんでもない話になった。オーダーメイドって絶対高いよね。それなのに、1着、私の為に作ってくれるの!?
信じられなくてビックリしている間に、デザイナーと職人さんから来て、あれよあれよと身体中採寸され、デザイン案を出され、希望を聞かれ……そうして息付く暇もなく、ドレスの準備が終わっていく。
気がついた時には、ルキウスお義兄様は暇だと言って街の散策に工房から出て行き、私の手にはデザイナーから渡された完成予想図があった。
「これが私のドレス……」
「そうだよ。魔法でちょちょいと作るとはいえ数日かかるからもうしばらく待っててね」
「待ちます待ちます! いくらでも。
ふふっ……私、幸せ者ですねー」
アクセサリーもドレスも買って貰える女の子なんてそういない!
いや、前の私がいたか……あ、でも、媚薬使ってたみたいだし論外ね。
やっぱり私は幸せ者だ!
「お義兄様、ありがとうございました」
「いいよ。君があの布切れよりも喜んでくれるなら安いものだよ」
「あっ、リボンはリボンで買いたいんですけど」
「えぇ……」
途端、お義兄様が心底嫌そうな顔をする。
可愛いのにな、このリボン……。毎日つけたいぐらい気に入ったのに。あ、でも……。
「汚されちゃいそうだから、毎日はつけられないか」
「汚される? どういうこと?」
お義兄様の顔が私に近づく。
不思議そうに私をじっと見つめるその目で、私は思い出した。
色んな事があったからすっかり忘れていたけど、お義兄様に相談したいことがあったんだった。
「お義兄様、クラスメイトとかその他の人のことで相談が……」
「あぁ、なんだ。アイリーン・ウェスターちゃんのことかい?」
……驚いた。なんでお義兄様がその名前を知っているんだろう。
私のイジメの主犯。他人を使って私を虐めていたずる賢い人だ。お義兄様に相談してどうすればいいか考えようとしたのに……。
「なんで知っているんですか?」
「んー偶然?」
「偶然……?」
「まぁ、そこは気にしないで。
それと、イジメのことも、もう考えなくていいよ。多分、次にミアリーが登校する時には君を虐める人はもう居なくなっているから」
「え?」
思わず、ポカーンと口を開けて目を瞬かせてしまう。
そんな私に、お義兄様はにっこりと笑った。
……その笑みは、本当にとっても良い、人を安心させるような笑みだった。
でも、その目は……。
その目と目があった時、私は青ざめるしかなかった。
「……お義兄様?」
「ミアリー。僕はちゃんとやっておいたんだ。
もう誰も君を傷つけないように、もう誰も君を殺そうとしないように、そして、僕の幸せを壊しに来れないように、ちゃんと、ね?」
お義兄様は笑っていた。
確かに、私に笑いかけていた。
でも、でも……。
「お義兄様……誰も殺してませんよね?」
「あははっ、なんで? 僕は人殺しなんてしないよ? どういう勘違いしてるのさ、ミアリー?
人殺しなんて、そんな生産性のない非効率なことをしないよ?
それがどんな人間であろうと人間は等しく人材なんだから、その命が続く限り、大切に使って、大事に使い倒して、丁寧に使い捨てなくちゃ、勿体ないだろ?
大丈夫、僕はそこら辺もちゃんとしてるよ?」
お義兄様は笑う。
とっても人を安心させる笑顔で私に笑いかける。
でも、私は確かに、その笑顔に尋常じゃないくらい寒気を感じていた。




