4. 私の家族?が迎えに来た
「うちのこ……?」
誰のことだろう? 周りをキョロキョロと見る。
その時、気づいた。
部屋にいる人皆様全員、何故か硬直し、青ざめた顔で部屋に入ってきたその人を挙って見ていることに。
「シ、シルヴァリオ男爵……何故、ここに……」
眼鏡をかけた彼がそう呟く。
シルヴァリオ! 王子様が言ってた私の名字じゃなかった?
じゃあ、この人、私の家族……見た目の歳的におにいちゃんってこと?
そう私が思っていると、黒髪の彼は部屋の扉を開けっ放しにしたまま、私にゆっくりと近づいてきた。
だけど、その茜空の目は、私なんて見ていなくて、私以外の人間にしか向いていなかった……。
「ねぇ、聞いてよ。
先生からさ、階段から落ちたウチの子のせいで生徒数名が帰宅しない。彼らの家から文句言われる前に、彼女を引き取って帰ってくれって言われてさ。上級生の僕は授業中だったのに酷いよね。
で、駆けつけたら、これだし。
ねぇ、これ、階段から落ちた以上にヤバい状況に見えるんだけど?
……誰かこの状況、説明出来る人いる?」
そう聞く彼はにこやかで穏やかだったけど、何だか言い様のない圧を感じた。
特に、あの茜空の目を向けられてる美少年達は、私から見ても分かるほど、冷や汗をかいていた。
「い、いえ、大したことは……」
「えー? 大したことあると思うけど?
ね? リンヅラン公爵令嬢?」
リンヅラン公爵令嬢と呼ばれたのは、あの赤いドレスの少女だった。
彼女は突然、名前を呼ばれてびっくりしたように目を見開いたけど、直ぐに毅然とした貴族の顔を浮かべた。
「男爵。彼女は階段から落ちて記憶を失ったそうですわ」
「記憶を……?」
そこで、初めて彼の目が私に向く。
だけど、その茜空の瞳と目が合った瞬間、私は息を飲んだ。
僅かな情もない冷たい目……家族に向けるものとは思えない愛のない目が私を映していた。
「…………っ」
あまりに温度の無いその目が怖くて身体が震えてしまう。ガタガタと震えていると、不意に彼はパッと何事もなかったかのように私に笑みを浮かべた。
「うん、本当に記憶がないみたいだね」
「……へ……?」
「頭打って少しはマシな人間になったのかな?
以前の君だったら、僕を一目見た瞬間媚び売ってきたからね。だけど、今の君は怯えるだけで耳障りな甘い声も出さないし、身体を変に揺らさないし、嘘泣きもしないし、頭悪そうでもないし、キモくないし、ウザくないし……何よりまともに会話できそうだ。
うん、猿が可哀想になるレベルの猿から、ようやく人間になったんだね、おめでとう」
「…………は? えっと……ありがとう、ございます……?」
「わぉ、感謝も言えるんだ。すごいね。君の頭の辞書にそういう項目はないものだと思っていたよ」
「は、はぁ……」
茜空の瞳の彼からぱちぱちと何度も拍手される。
何故か知らないけど祝福されてる……てか、聞き捨てならないこと今、笑顔で流れるように言われた! あれ、どう考えてもただの罵詈雑言だよね!?
こんなに流暢に貶されることなんてある!? しかも、会話出来そうってだけでおめでとうって言われるし、感謝するだけですごいねって褒められるし! 以前の私はどんな人間だったの!?
つい頭を抱えそうになる。でも、それどころじゃない。この出会い頭に貶してきた彼こそ、私の家族かもしれないんだから。
「あ、あの……貴方は私の家族……? であってますか? さっき私はシルヴァリオ男爵家の子だって、そう聞いたんですけど……」
「ん? あぁ、らしいね。君の設定だと」
「せってい……?」
聞いて早々、私は後悔した。どういうこと? せってい? 設定?ってなに?は?
予想外すぎる答えに目が点になる。そして、それはここにいる皆様もそうだった。
「設定? えっ?」
「シルヴァリオの者じゃないってこと?」
彼以外全然が困惑する中、彼はベッドサイドに置いてあった私の荷物らしき鞄を手に取って背中に担ぐと私に告げた。
「はい、ベッドから降りて。帰るよ」
「かえる……?」
「そう、帰るんだよ。シルヴァリオ男爵家に」
そう言って、彼は私にウインクした。それはもうとっておきの笑顔を添えて。そして……。
「あ、君の設定だと僕はお義兄様なんだってね。マシな人間になったご褒美に、特別に僕をお義兄様って呼んでもいいよ。後見人ってだけで、血は繋がってないし、戸籍も違うし、金銭面以外面倒見たことないけど、どう? 嬉しいでしょ?」
とんでもない爆弾発言と何も嬉しくないご褒美を、最後にこの部屋に置いていった……。




