33. 君こそ聖女だ!
結局、この場で冷静なのはルキウスお義兄様ただ一人だけだった。
困惑するアンリ神官に、ルキウスお義兄様はそっと告げた。
「そもそも……。
聖女ほど偉大な存在ならば、神の下僕たる貴方は、一目見ただけで分かるのでは?」
「確かに……!」
正に鶴の一声。アンリ神官の顔がぱあっと煌めく。
ルキウスお義兄様の口八丁?にすっかり乗せられてアンリ神官は、スイッチが入ってしまったようだった。
「そうだな! 確かにそうだ! 私ほどの下僕が神に選ばれた尊き存在たる聖女を一目で分からないわけがない!
聖女は高貴で凛々しく美しく気品に溢れえも言われぬオーラがあるものだ!
それを私なら感じ取れるはずだ!」
アンリ神官は一人頷き一人納得して一人満足して、空に向かって両手を広げた。
「おぉ、神よ、見ていてくれたまえ!
私は御神の忠実なる下僕! これを御神からの試練ととらえ、一目で、聖女を見つけてみせよう!」
そう誓うと、連れてきた兵士達の方にくるりと振り返る。
「お前達、今日のところは一旦帰るぞ!!
日を改めて、聖女を探しに……!」
ところが、その時だった。
「神官様! お待ちになって!」
私と同じ歳くらいの女の子の声がした。
アンリ神官も私達も声の方を見ると、そこにはいつぶりかに見た顔が2つ。手を振りながら小走りでこちらにやってくる緑色のカチューシャをしたつり目の美少女と……その美少女に手を引かれ連れてこられた、高貴という言葉が少女の姿になったような気品溢れる美しい少女がいた。ただ彼女は無理やり連れてこられたのか、その表情は固く、曇っていた。
……ん?
高貴という言葉が少女の姿になったような気品溢れる美しい少女……?
あれ、この字面、直前に似たような言葉を聞いたような……。
私はそっとアンリ神官の方を見た。
すると、アンリ神官は頬を赤らめ惚けたように高貴な少女を見ていた。緑色のカチューシャをつけた少女が目の前に来ても、その目は彼女に釘付けだ。
「神官様、突然の挨拶申し訳ありません。
私はレティシア。レティシア・フィルベルムと申します。フィルベルム公爵家の長女でございます。
神官様は聖女を探してこちらにいらっしゃったと聞きました! 本当ですか!?」
「…………」
「神官様?」
「……はっ!」
ようやく気が付き、アンリ神官はレティシアと名乗ったその少女の方を向く。何事も無かったかのように咳払いし、慌てて神官らしい鷹揚な態度で答えた。
「いかにも! 私は聖女を探しにここに来た!
そんな私に、何用かね?」
「まず紹介させて下さいまし。
私の後ろにいるこの方、リンヅラン公爵家の長女、ロザリンデ・リンヅラン様です」
「ロ、ロザリンデ……なんと素晴らしい名ま……ゴホンッ、何でもない。それで?」
「私、見ましたの。ロザリンデ様が祈った瞬間、学園の空が光に溢れ、魔物を払ったのを!」
「な、な、な、何だとぉぉぉぉ!?」
これ以上ないほどアンリ神官は驚き、その目をロザリンデ様の方を見る。
一方、レティシア様に連れてこられたロザリンデ様は最初からずっと戸惑いの表情を浮かべていて、今にも帰りたそうな様子だった。
「初めまして、神官様……。
申し訳ありません。突然押しかけてしまいまして……」
「い、いえ、いいえ! それで、祈ったら光が溢れたとは!?」
「いえ、その、レティシアさんが大袈裟なのです……。
突然、魔物が学園に現れ、私やレティシアさん、経営科の生徒は直ぐにシェルターの方へ避難しましたの。
他の学科は知りませんが、経営科には国内外の要人も多くこうした有事の際に逃げ込める天窓付きのシェルターがありますの。
そこで外の惨劇が早く終わるよう、私は神に祈ったのです。
すると、突然、空が光に包まれて、魔物が消えていき、気づけば元の青空が広がっておりました……。
そうしましたら、レティシアさんがあの奇跡は私が祈ったから起こったのだと仰り始めて……私は完全に偶然だと思うのですが、レティシアさんったら言って聞かなくて正直困っ……」
「偶然などではございません!!」
ロザリンデ様の言葉を遮り、その手を取ってアンリ神官は握り込む。心做しか、鼻息が荒い。
「きっと貴女こそが聖女に違いありません!
高貴で凛々しく美しく気品に溢れ、えも言われぬオーラ纏う貴女は……正に伝承に語られた聖女です!」
「は、はい? 絶対に違います。私はただ神に祈っていただけで……そんな……」
「なんと慎み深く謙虚な……! そして、信心深い……!
御神も貴女のそんな清らかさに惹かれ、聖女に選んだのでしょう……!
間違いなく貴女の祈りが魔物を払ったのです! 貴女の祈りは、世界を救います!」
「え、ええ……?」
戸惑うロザリンデ様にアンリ神官は跪き、ウインクした後、歯を見せて微笑んだ。アンリ神官、心の底から彼女こそ聖女だと思っているみたい……そんなアンリ神官のあまりの圧からか、ロザリンデ様の顔色がかなり悪くなる。
「待って下さい! 聞いてください! 私は聖女ではありません……!」
「いいえ、貴女こそが聖女です。このアンリ、神の忠実な下僕故に分かるのです!
皆の者、聖女を我が聖シンエ教会にご案内するぞ」
アンリ神官がそう宣言すれば、兵士達は一斉に並び直し、道を作った。
アンリ神官はロザリンデ様をエスコートし、連れて行く。
その後ろをレティシア様が着いていった。
「あ、あの私、行くとも一言も言っていないですし、行きたくもないのですが……!」
「聖女はこの世界にただ1人しかいない大切な存在です。
魔物も出現したことですし、何が起こるか分かりません。早急に我が教会へ行きましょう。貴女を保護します!」
「し、神官様! ですから、私は聖女ではありません! 困ります! 私にはもっと大切なやるべき事が……あの! 聞いておられますか?!」
「きっと大丈夫ですわ。ロザリンデ様! どんな御用事か私には分かりませんが、先方もロザリンデ様のご両親も理解して下さるでしょう! ロザリンデ様は聖女になったですから!」
「あ、あの、ですから! 私は聖女ではないですって!」
ロザリンデ様はエスコートするアンリ神官を何度も振り払おうとするけども、アンリ神官は絶対にロザリンデ様を離さず、「御安心なされ、何も怖いことはございません! このアンリがいます!」とか宣いながら半ば強制的に連れて行く。
……まぁ、多分、振り払えたところで、周りの兵士に捕らえられて結局連れて行かれるのがオチだろうけど。
あっという間に、もう豆粒くらい小さくなった彼らの背中を見ながら、私はそっとお義兄様の腕から顔を出した。
豆粒になってもロザリンデ様が抵抗しているのが見える。
……とっても可哀想……。
自分が本物の聖女だと知っている分、余計に……。
「お義兄様、見ていると罪悪感が湧いてくるんですけど……これで良かったんですかね……」
「ミアリー、その罪悪感はいらないよ。彼女がいなかったら、ああなるのは君だったんだから、むしろ感謝しないと」
「うっ……無理。良心の呵責が……」
私にはもうその背中を見送るぐらいしか出来なかった……。
強く生きて下さい。ロザリンデ様……。




