27. 追い討ち
「大丈夫ですか? 今助けますから!」
蝿から一定の距離を置き、瓦礫の山を風防代わりに使いながら、私と殿下は走る。
瓦礫に埋まった人や、逃げ遅れた人、怪我した人……学校にはまだまだ助けがいる人がいる。
……私が助けに来ると、皆、ギョッとした顔になるけど。
でも、純粋に助けに来たと分かると、皆文句も言わず、私の手を取った。
「……助かった……」
「歩けますか?」
「あ、あぁ……なんとか……」
「校門から外に逃げてください。校外に出れば安全です」
殿下が魔法で怪我人を治療する傍ら、私は避難誘導する。必要なら肩を貸して、衝撃波がある程度凌げる場所まで連れていく。
そうやって1人1人、確実に助けていく。
「もう少しの辛抱です。今すぐ瓦礫を退けますから」
瓦礫を退けて。
「足をやったんですか? ちょっと待って下さい。肩を貸しますから」
手を貸して。
「絶対に気を抜かず慎重に逃げてください。何が起こるか分かりません。校門から出るまで気を抜かないで」
逃げ惑う人を導く。
とにかく必死だった。もう何人助けたかも分からない。周りなんか全然見る余裕がなくて、度々発生する衝撃波から身を守りながら、名前も知らない誰かを外へ逃がすのに必死だった。
だから、そんな私の様子を殿下が1歩後ろからじっと見ていたことにも気づかなかった。
「君は……なんて……」
「殿下、何ですか? 呆けてないで手と足を動かして下さい。
救助を待っている人はまだいるんですよ。しっかりしてください」
「あ、あぁ……」
たまに何故かぼうっとするけども魔法も使えて何だかんだ頼りがいのある殿下と共に暴風の中を駆けずり回る。
何人何十人と助け出したところで、次に助け出したのは……意外な人だった。
「マチルダ!?」
午前中には帰ったと思ったのに、何故ここにいるのか。
倒れた机の下から救い出した彼女は土気色の顔でガタガタと震えながら、私の顔を見るなり奇声を上げた。
「ひぃぃ! 貴女の! 貴女のせいよ!! 貴女のせいでこんな目にぃ……!」
「はいはい。被害妄想お疲れ様です。
目に見える外傷はないけど、立てる? ほら、手を貸すから早く立ち上がって。学校の外に早く逃げて」
「は? はぁ!?」
私が自分を助けようとしていることに驚いているのか、マチルダは口をあんぐり開けたまま目が点になっている。それでも、背に腹はかえられなかったのか。戸惑いながらも私の手を取り、立ち上がった。
「嘘、なんで、よりによって貴女が、私を助けるのよ……」
「こんな状況で、随分呑気ね。今はそれどころじゃないでしょ。
飛んでくる瓦礫に気をつけて慎重に避難して。
私、次の人、助けないといけないから。じゃあね」
「…………っ!」
何故か傷ついた顔で立ち尽くすマチルダを置いて、私は走り出す。
衝撃波はまだ断続的に襲ってくる。
ちゃんと瓦礫を盾にして踏ん張らないとまた地面に叩きつけられそうだ。
なのに、目の前で盾になりそうな物は衝撃波で一瞬で崩されていく。
これじゃ前に進めない……1回、引き下がるしか……。
でも、まだ取り残されている人だっているかもしれない。そう考えると、つい足踏みしてしまう。
「どうしよう……どうすれば……」
「! ミアリー、離れろ」
何かに気づいた殿下の声にハッとなって、その場から後ろに跳ぶ。
その瞬間、空から何か落ちてきた。
パキッ……。
そんな軽い、ちょっと前にも聞いたことのある嫌な音がした。
……足元を見ると、そこにはさっき見たばかりの黒い煙を吐く紫色のスライム状のそれが広がっていた。
嫌な予感がして、真上を見る。
上空に白いものが無数に飛び散っていた。楕円形の白い球体……それがまるで雨のように、絶え間なく、思わず立ち尽くしてしまうくらいに……。
「うそ……」
「ミアリー、逃げるしかない!!」
殿下が私の手を握って、走り出す。よろめきながらもそれにつられるように私も走り出した。
さっきまで私が立っていたその場所に、またあの化け物が現れる。
それだけでも最悪なのに……。
前にも後ろにも、右にも左にも……。
次々と化け物が生まれてくる。
「なんて生き物なのよ……」
今更、気づいた。
奴らが発している衝撃波は、あれは外敵に対する攻撃じゃない……奴らは繁殖してるんだ。
これは、効率的に広範囲にあの球体を……卵を飛散させて、叩き割って、個体を増やすための繁殖行動だ……!
私は絶望した。
このままじゃ指数関数的に増えてどうしようもなくなる!
そして、私達も……!
そうこう思っているうちに、爆発的に増えた蝿達が、羽音を立てながら、上空に上がっていく。
忽ち空を覆い尽くして、真っ黒に染め上げて……。
一瞬で、学校を闇夜の世界に閉じ込めた。
その瞬間……。
空を支配した魔物達が一斉に翅を打った。




