表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/122

26. はめられた!



 パキッ……。


 その音は凄く軽かった。

 まるで卵の殻を割るような音。あまりに軽すぎて何が起こったか分からなかった。


「……え?」


 呆然とする私、その瞬間、殿下が私の手を引っ張って、図書室に引き込む。

 その瞬間、私がいた場所に、次々と楕円形をした真っ白な球体の何かが投げ込まれる。

 球体は、図書室の外に広がる廊下の床に、ぶつかると卵のように割れて、中から……紫色のスライムのようなものを垂れ流した。


「まずい……何故これがここに? まさか封印が解けて……!」


 私の腕を掴んでいた殿下が、みるみる青ざめていく。

 同時に、どろりと垂れたスライムから嫌な黒ずんだ煙が立ち上り始めた。そして、それはみるみる何かの形を作りながら、大きくなって行く。

 何処からか女の子の悲鳴が上がる。

 呆ける私の手を引っ張って殿下は走り出した。


「ミアリー、走れ!!」


「走れ……? あ、あれ! なんですか! あれ!!」


「説明している暇は無い!!」


 図書室にあるもう一つの扉から、殿下と私は飛び出すように逃げ出す。

 背後では煙が黒い6本足の生き物の躯体の形になり、やがて体表が、触角が、羽が出来ていく。

 そして、最後に赤い大きな複眼が現れ……その不気味で奇怪な存在が完成する。

 3mは優に超える巨大な蝿。

 突如現れた怪物に私は悲鳴を上げるしかなかった。

 ただでさえ、ただでさえ虫が嫌いなのに、また! 虫の形をした化け物が! 私の前に!

 蝿の怪物は、口元からダラダラと紫色のスライムの唾液を垂らしながら、その足を動かし、羽根を広げた。

 その瞬間、殿下が私の体を引き寄せ。


「伏せろ!」


 床に私まとめて倒れ込む。

 その瞬間、第一学年の校舎が吹っ飛んだ。

 窓ガラスが、壁が、天井が、まるで竜巻に巻き上げられたみたいに、私の目の前から消えていく。

 そして、その直後、爆発音と耳をつんざくような破壊音、人の悲鳴が聞こえた。

 まるでビスケットが潰されていく時のように建物が崩れて、逃げ惑う生徒や教師の声が方方から耳を襲う。

 顔を上げれば、土埃が舞う中、蝿が青空を羽ばたいていた。

 天井がない……。

 私はあの一瞬で、校舎の天井も壁も消えたのを察した。

 蝿の羽が上下に羽ばたく度に、強烈な衝撃波が校舎を吹き付ける。その衝撃音が、半壊した校舎を揺らし、その瞬間、全てを壊していく。

 だけど、絶望は終わらない……。

 さっき私がいたあの場所、あの球体が次々と投げつけられた場所から、次々と蝿が顕現する。

 化け物が無限に増えていく。

 1匹で校舎半壊したのに、それが何匹も……。


「ミアリー、大丈夫か……?」


 殿下の声が聞こえて、ハッとなって殿下の方を見る。

 私の腕を掴んだまま、殿下は険しい表情のまま立ち上がった。


「今すぐ校外に避難してくれ。この学校には外壁に沿って結界が張られてある。校外に出ればアイツらも着いて来れない。君は急いで校外に向かうんだ」


 強烈な風が吹く中、殿下の手を借りて、立ち上がる。

 だけど、何だか殿下のその言葉に嫌な予感がした。


「殿下、貴方も避難を……!」


「いや、俺は出来ない。取り残されてる生徒を今から助けに行かないと……っ!?」


 その瞬間、一際大きな突風が吹く。

 私も殿下もその瞬間、床に叩きつけられ、土埃に塗れた。

 何匹分となった衝撃波が、学校を襲う。

 私達は衝撃波に吹き飛ばされ、上半分が吹き飛んだ壁に激突した。


「いったい……っ!」


「……っ」


 断続的に私達を衝撃波が襲う……全く立ち上がれない。

 その間、蝿達はゆっくりと上昇し、空へ向かう。

 そして、その瞬間、蝿の羽が一斉に羽ばたいた。

 上から下へ。同じタイミングで羽ばたいた瞬間、空気が爆発した。

 何倍にも増幅された衝撃波が校舎の床にも亀裂を入れ引き裂いていく。その瞬間、私は裂け目に突き落とされた。


「きゃあ!」


「ミアリー!」


 殿下の手が間一髪、私を掴む。

 次の瞬間、衝撃波が地面を抉り、私の真下に大きな穴を開けた。

 そこに次々と倒壊した壁や家具、土砂が落ちていく……飲まれたら、私……!


「死んじゃう……」


「しっかり捕まれ、引き上げる!」


 顔面蒼白で震えるしかない私の手を、殿下は力強く握り締める。

 その強さが、熱さが……凄く有難い。

 殿下の手に引かれて、どうにか裂け目から出る。

 その間も衝撃波が襲う。

 殿下は風防になりそうな手頃な物陰を見つけると、頼りない私を支えながら、そこに駆け込んだ。


「っ……はぁ……」


「……っ」


 物陰に入って早々、殿下も私も膝から崩れ落ちた。

 たった数分の出来事なのに、体も心も私達は消耗していた。


「な、何なんですか……! あれ……!」


 震える手を抑えながら、私は殿下に聞く。

 明らかに殿下はあれを知っているから……。

 殿下は困った顔を浮かべやや逡巡すると、意を決したように口を開けた。


「あれは、魔物だ……」


「魔物……?」


「君が忘れてしまった話だ。

 この世界には200年に1回、厄災と呼ばれる大災害が起こる。その災害と共に発生する謎の生命体、それが魔物だ。

 あれは、その生き残り……」


 厄災。

 さっきそう言えば、殿下がポロッと言ってた。

 あの時は聞き流してしまったけど……もしかしなくても私の生きるこの世界にとって重大な話なんじゃ……。


「……厄災について色々説明したいところだが、今重要な事は、あれを倒せるのは聖女だけだということ……。

 彼女だけが厄災から人々を守り、厄災の魔物を倒すことができ、世界を救うことが出来る……。

 逆に言えば……俺達、凡人では厄災はどうにも出来ず、倒す事など夢のまた夢、ただただ蹂躙されるしかないということだ……」


「そんな……じゃあ、もうどうしようもないんですか?」


「いいや……方法はある。封印するんだ。

 魔物を封印すれば半永久的に人々の前に現われることはない。

 永久に倒すことも消すことも出来ないが、そうすれば、人々を守ることは出来る。

 だから、先祖代々、聖女ではない人間達は、魔物を封印することで対処してきた。

 だが……封印は人の手でやる以上、どうしようもない弱点がある」


「どうしようもない弱点……?」


「……手順さえ踏めば簡単にその封印が解けることだ。封印は万全じゃない……どんな人間や存在でも封印を解いて、奴らを解放することが出来る」


 その言葉に私は嫌な予感がした。

 どんな人間や存在でも解ける……ってことは……つまり……。


「じゃあ、あの化け物は……」


「あぁ。あれは、既に封印されていた魔物のはずだ。俺の記憶違いじゃなければ、あれは10年前にヤラーハの湿地帯で発見されて、神官50人がかりで封印した魔物……。

 あの封印の場には俺もいたからな……」


「嘘でしょ。封印されているはずの魔物が、誰かによって解き放たれて、今学校で暴れ回っているってことですか?」


「あぁ……そうだ。

 そして、それは明らかに君を狙って解き放たれた」


「…………っ!」


 衝撃波の爆音を耳を劈く。

 こんな化け物を……私に向かって……?

 段々と怒りが湧いてくる。恐怖からではなく怒りで手が震える。私は思わず拳を強く握り締めた。


「マジで……有り得ない……!!」


「ミアリー?」


「前の私は確かに嫌われるようなことをしたし最低な女でしたけど! 限度があるでしょう!

 そんなに私を殺したいほど憎んでいるなら、私だけにターゲットを絞ればいいのに大勢を巻き込んで……!

 他人の命を何だと思っているのよ!

 有り得ない! 本当に有り得ない!」


 私を虐める為にここまでするなんて常軌を逸している。絶対サイコパスか、自分の行いがどうなるのか予想できない想像力(おつむ)の足りない馬鹿な人でしょう!

 腹が立ってしょうがない!

 私の為だけにここまでするなんて、本当に……!!


「殿下!」


「っ! な、何だ?」


「校外に避難すれば、大丈夫なんですよね!?」


「……あぁ。この学校が学園になる前は、200年前の、先代の聖女の居住地だったんだ。その名残で当時の結界がまだそのまま残っている。

 聖女の結界は魔物程度では破れない。

 校外に出れば、問題ない」


「分かりました。じゃあ、今から私も他の生徒の救助に向かいます」


「…………え?」


 殿下がびっくりした顔のまま硬直する。その間に私は立ち上がり、衝撃波にふらつきながら物陰から出ようとした。

 すると、殿下は慌てて立ち上がって、私を引き止めた。


「待っ、待って、ミアリー!

 危険だ! 君は普通の女の子なんだろう!? 避難した方がいい」


「ですが、こうなったのは私にも原因があります。責任は果たすべきです」


「だからって、自分の身を危険に晒すなんて……」


「じゃあ、殿下も避難した方が良いのでは無いですか? この国の王子様なんですから、危険な事はするべきではないでしょう?

 それでもここに居ようとするのは、貴方にも果たすべき責任があるから、違いますか?」


「………………!」


 図星だったのか殿下はほんの少しだけ戸惑うと、ややあって私にその目を向け、息を吐いた。


「では、せめて君と一緒に行かせてくれ」


 そこには覚悟した人の目があった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ