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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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25. 王子様のお願い事



 



「この誰もいない第一学年専用図書室がいい例だ。

 この学校は実力主義を掲げているというのに、殆どの者が本すら読まない。

 かつては誰もが讃え誇る学校だったらしいが……今や学園に在籍した事実だけが欲しい、卑しい者達の溜まり場になってしまった……。

 唯一の救いは、全ての生徒が必ずしもそうではないという事実だけだ。彼らがいる分、完全に落ち目というわけではない。だが、それも数年後にどうなるか……」


 そう話し、殿下は目を伏せた。

 その表情……多分、殿下は元から知っていたんだわ。調査なんてしなくても、この学校が絶望的に終わっていることぐらい……。

 この学校が王立な分、責任も感じているのだと思う。

 大変な立場の方だ……でも。


「何の対策もしなれば、そうなりますよ。

 この学校が自由すぎるのがいけないと思います。甘い汁にはハエが集るものですからね。

 まず、この学校に入学する時、入学金さえあればいいなんて制度が緩すぎます。きっちりとした入試制度を導入したらどうですか? せめて面接はした方がいいと思いますよ。今の学校、会話出来ない人が多すぎますから。

 あと明確で厳格な退学停学基準が必要ですね。校内に漂う緩んだ雰囲気を抜本的に変えるには、生徒全員が危機感を持つほどの効力を持つシステムを早急に構築すべきです。そうすれば、流石に自ずと引き締まるんじゃないですか?」


「………………」


 思いついたままに、そう殿下に告げれば、殿下は私を見て面食らった顔で固まっていた……はぁ、早く今の私に慣れて欲しいわ。


「ゴホン、殿下……?」


「…………っ! 」


 私がじっと見れば、殿下はハッとなり、何故かその顔は真剣なものに変わった。


「ねぇ……君、この世界についてはどう思う?」


「へっ……?」


 いきなり話が変わった。なんで?


「で、殿下? 唐突すぎて意味がよく……」


 だけど、それ以上、聞けなかった。

 気づけば、殿下が私の目の前に、目と鼻の先のその場所に迫っていたから……。


「……っ!」


「君は知らないだろうが、この学校の外は、危機的状況にあるんだ。

 不況に不作に病……数年前から始まった不幸という名の癌は未だに国を苛んで寛解の素振りもない。

 おかげで我が国の国民の殆どが未だ貧窮のどん底にいる。王家もまた然りだ。あまりの困窮に、秩序も意義も理想も捨てて、目先の金の為に、自身の学校に無差別に人を入学させている始末だ。

 そして、それは他国も変わらない。

 世界各地で人は皆、危機と隣り合わせの貧しい生活を余儀なくされている。

 そう、この世界に住む我々の背後には貧困という暗い影が付き纏っているんだ。

 逃れられない運命として……君の後ろにもね」


 殿下の静かな凪いだ海のような目が私を捕らえて離さない。いや……離せない。

 彼の気迫に圧されて、一歩も動けなくなる。

 そんな私に、彼は、そっと突きつけた。



「君は、どう思う? この不幸な世界を」



 ……試されている。

 直感だけど、この問いはとても大事な質問だ。

 具体的に言えば、この質問にどう答えるかで、この先の私の未来がガラッと変わる……そんな気がする。

 慎重に答えないといけない。

 選択肢としてはこうだろうか?

 ・皆一緒に幸せになる方法を考えないとですね。

 ・そんなこと突然聞かれても……。

 ・逆に殿下はどう思っているんですか?

 3択ぐらい私の脳裏に選択肢が浮かぶ。多分、最適解はこの中にある。そう直感が教えてくれる。

 なら……私は……。


「ロベール殿下」


 目の前にいるその人を見上げる。そして。




「……私に期待していませんか?」




 どの選択肢にもない答えを告げた。


「え……?」


 明らかに殿下が動揺している。考えてもみなかったみたいな、そんな感じだ。

 でも、あの3択が直感として浮かんだ時、私は思った。

 なんでこの人に最適解を出さないといけないんだ?と。

 そう思ったからこそ、私は全ての選択肢を投げ捨てた。3択とも私の考えとは違うし。

 それに……他ならぬ殿下の私を見る目に、場違いな良くない期待を感じたから。


「殿下、記憶喪失前の私は、貴方の恋人で、その他大勢の男を侍らせていたアバズレでしたけど……今の私は、普通の可愛い女の子なんですよ?

 その女の子に、何を期待しているんですか?」


「…………」


「まぁ、一応、貴方の質問に答えますけど……。

 はっきり言って今こんな風にだべっている場合じゃないと思いますよ。

 貧困と経済の問題は、一昼夜でどうこう出来るものじゃないですけど、問題の要点は既に分かっているんですから、直ぐに課題解決に向けて、経済支援なり開発支援なり動かないといけないんじゃないですか?

 現状を憂うぐらいなら手を動かすのが最善かと……?」


 そう聞いて首を傾げれば、殿下は目を見開いて息を飲んだ。

 その目が戸惑うように揺れる。

 でも、やがて、その目は決意した人間の……あれ、何か火がついてない……?


「で、殿下……?」


「ミアリー、今の君なら……きっと……」


 殿下の手が私の手を取り握る。私の手を握るその手は異様に力が篭っていた。


「俺が、前の君と恋人になったのは、そういう()()だったからだ」


「設定……? は?」


「以前の俺はただの王子でしかなかった。ロザリンデ……リンヅラン公爵令嬢と婚約し将来王弟として国王となる兄を支える運命の、特別な才能もない平凡な第二王子……それが、ある日、ガレストロニアの未来を救うには必要だからと説得され、公爵令嬢と婚約を解消し、君の恋人役として配役された。それが俺。

 彼らの言葉を借りるなら、攻略対象というらしい」


「恋人役? こうりゃくたいしょう……? ちょっと待ってください。さっきから話がよく……? 話が飛躍して……」


「飛躍していない。聞いてくれ。

 俺は、ガレストロニアの為に、攻略対象になった。

 ずっと世界の窮状をどうにかしたかった。今も苦しむ人々のことばかり考えていた。そして、もうすぐ訪れる厄災のことも……。

 だから、君を、前の君を俺はどうにか聖女にしたかったんだ。

 君をかつて人類を救ったあの聖女のような偉大な聖女にする……そうすれば確実にガレストロニアだけでなく世界まで救えるのだから」


 聖女。

 その言葉で察した。点と点が繋がった。

 殿下……いや、この人、昨日の蛾(精霊)と同じだ。


「ミアリー、今の君なら聖女になれると思う。

 前の君は、彼らが言わなければ聖女になる人間とは思えないほど、自己愛しか持ってない女性だった。

 何度も何度も本当に前の君が世界の希望になれるのかと疑った。でも、その度に、予言だからと……自分が恋人役に宛てがわれたのだからと俺は思って君を導こうとした。

 ……結局、至らない俺がいたところで何も前進しなかったが……。

 でも、今の君は芯の強さも聡明さもある。この世界の未来を描ける……君ならそんな聖女になれるはずだ」


 そう語る彼は何処か興奮気味で、これ以上ないくらいその目を輝かせている。

 この人、本気でこの世界のことを救おうと考えているんだ……そして、本気で私がその中心になれると思っている。

 ふーん……?


「…………」


「ミアリー、何故黙って……っ!」


 その瞬間、私はそっと彼の両頬を指でむにぃ、と思いっきり抓った。


「~~~っ!!? いひゃいっ……!」


 突然、頬っぺたを抓られて彼が目を見開いて驚いている。

 そんな年相応の顔になった彼に、私はにっこりと微笑んだ。


「ロベール殿下? 忘れましたか?」


「?」


「私、普通の可愛い女の子だって……。ちゃんと言いましたよね? 頭、鶏ですか? 殿下」


「……!」


 そう、この立派な王子様、口では称えていながら、私なんか何も見ていない。


「失礼しました。頭、鶏なんて、鶏に失礼ですね。アイツら意外と知能がありますから。

 少なくとも? つい数分前の会話を忘れるような? そんな馬鹿じゃないです。

 ……なのに、貴方と来たら、自分の使命にばかり夢中で、私の話なんて忘れて丸無視じゃないですか。

 耳、ついてますか?」


「……………………」


 不敬だと分かっていながら、そう告げれば、彼は鳩が豆鉄砲でもくらったかのような顔になって、固まっていた。

 ……多分、この人、面と向かって煽られたり害されたりそんなことされたことが無い。というより、誰かの話を聞くこと事態、慣れていないのかも……。

 まぁ、王子様だもんね。

 だからと言って、許さないけど。


「何度も言いますが、私、普通の可愛い女の子なんです。殿下みたいに世界を憂いてもいないし、世界を救うとかそんな大義もないし、聖女になれるとか言われても困ります。絶対なりませんよ、そんなもの。他の方を探してください。あと、もう私の恋人役とかしなくていいです。必要ないんで。関わらないでください」


「…………!」


 むにっ、と引っ張っていた頬を指から離す。頬を真っ赤にした彼は、呆然と私を見ていた。


「君は……本当になるつもりはないのか?」


「無いです」


「…………。困ったな……」


 そう言って心底困った顔を浮かべる彼。

 でも、だからって助ける気にはならない。

 聖女のことも予言のことも気になるけど、この人にこれ以上関わると私の意思なんて無視して無理やり聖女にされそうだわ。

 私は彼に背を向け、ここから立ち去ることにした。


「先程は助けていただきありがとうございました。では」


 とっとと背を向けて図書室から出る。彼が慌てて私に手を伸ばすのが視界の隅に見えた。


「ミアリー、待ってっ……!」


「いいえ、待ちません! さよなら!」


「いや、そこに罠がある!」


 ……は?

 そう思った瞬間、私は扉の向こうにあったそれを踏んでしまった。






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