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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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21.今日も今日とて朝は来る




「おっはよ~」


「…………オハヨウゴザイマス……」


「あれ? 朝からテンション低いね~ 低血圧? それともまだ寝ぼけてる?」


「ハァ………………。私は、低血圧でも寝ぼけてるわけでもありません……!

 なんで! また私の部屋に! しかも、私のベッドに! いるんですか! お義兄様!」


 私は即座に傍らにあった枕を投げる。もう全力で、これ以上ないくらい力を込めて。

 だけど、私が寝ていたベッドの上に本を開いて居座っているこのお義兄様は! 憎々しいことにあっさりと軽々と受け止めて、けらけらと笑った。


「何でいるかってそれはもう……」


 不意にお義兄様は寝間着の私に顔を近づける。そこには心の底から楽しげな……意地悪なお義兄様の顔があった。


「君のその悔しそうな顔が見たかったからだよ。ミアリー」


「~っ! ぐ、ぐぬぬ~!」


 私は昨夜、お義兄様の来襲に備えて、部屋の扉の内鍵も閉めた上に、扉の前に本棚を置いて二重にガードした! お義兄様の性格なら絶対に来ると思ったから!

 やっぱり予想通り来た! でも、おかしい。何で突破されているの!? どうやって、お義兄様はどこから入って来たの! ? 信じられないんだけど!

 内鍵だって完璧に、本棚だってちっちゃい体で必死になって動かして扉を塞いだのに!

 急いで辺りを見渡す。

 扉は厳重にしていたから窓から入ったんじゃないかと思って窓を見る。でも、破片一つ落ちてないし、いつも通り綺麗だ。

 じゃあ天井! と思って、天井を見ても綺麗なシャンデリアがキラキラ光っているだけだった。

 は? じゃあどこから? 絶対扉じゃないし……と思って、確認の為に扉を見てみると……見た瞬間、私は唖然となった。

 うつ伏せに倒れた本棚。

 蝶番が壊れて、あるべき場所から吹っ飛んでしまった扉。

 扉に押しつぶされて悲惨な姿になったドアノブ。

 風通しが悲惨なほど良くなった部屋と廊下……。

 口を開けたまま呆然となる私に、お義兄様は楽しそうに、それはもうご機嫌に、告げた。


「昨日の僕を忘れた?ああいうの魔法で音消しつつぶっ壊せばいいだけなんだから屁でもないよ。

 ミアリーも甘いよね~。

 僕はね、人が嫌がることをするのも人の努力を水の泡にするのも好きだけど、一番好きなのは、人の予想を裏切る瞬間なんだよ、ミアリー」


「……最低です。お義兄様」


 私はもう心の底からうんざりした顔でため息を吐くしかなかった。










 今日の天気は晴れ。窓の外を見れば、爽やかな風に揺れる緑と眩い朝日、晴れ渡った青空……。

 あーあ……。

 隣にいるお義兄様が居なければ、最高の朝なんだけどなぁ。


「はぁ……」


「朝からそんな疲れたため息吐いてないで食べなよ、ミアリー。朝食冷めちゃうでしょ?」


「誰のせいだと思って……」


 機嫌良くパンケーキを食べながら微笑むお義兄様とは対照的に、私は疲労困憊だ。……どうにかして明日から安心して朝を迎えられる方法を考えないといけない。

 毎朝これじゃあ目覚めが悪すぎる……。

 ため息が止まらない。もうこうなったらルキウスお義兄様に頼るのがベストかも……あの人なら名案を思いついてくれるは……ん?


「……って、あれ?」


 今になって気がつく。

 昨日目の前に座っていたその人がいないことに。

 辺りを見ても壁際で控えている2人の侍女さん達の姿しかなく、ルキウスお義兄様はいなかった。


「兄弟はもう出かけてるよ」


 その声に振り向けば、お義兄様はナプキンで口を拭いていた。


「今、兄弟には、僕が依頼した仕事をやってもらってるんだ。とっても大事な仕事をね」


「とっても大事な、仕事……?」


「キリのいいところまで終わらせたら、ミアリーのところに来ると思うよ」


「……え? 私のところに?」


 ルキウスお義兄様が朝から仕事をしているのは分かったけど、それが何で私と繋がるのか訳が分からなくて私が首を傾げると、お義兄様はナプキンを机の上に置いて笑って答えてくれた。


「昨日、色々あったでしょ?」


 昨日。

 その言葉に一気に昨日の、あの濃ゆい1日が脳裏に蘇る。登校から帰宅まで色々ありすぎて、たった1日の出来事とは思えない。本当に有り得ない1日だった……。

 つい、眉間にシワが寄ってしまう。


「えぇ、まぁ……」


「多分、これから似たようなことに巻き込まれると思うんだよね~」


「え? 嫌ですけど」


「そ。嫌でしょ? だから、対策取れるように色々調べておこうと思ったんだ。

 でも、昨日も言ったけど僕はああいうのはからっきしでね。だから、兄弟に情報収集を任せたんだ。で、済んだらミアリーに真っ先に報告に行くよう頼んでいる。

 この件でさ、一番困ってるのはミアリー、君だからさ。早く少しでも知りたいだろうなって思って……」


「……お義兄様」


 お義兄様は、困った人。本当に困った人だ。イタズラ好きだしマイペースだし物凄く子どもっぽい。とにかく朝から疲れる人だ……でも、私を助けてくれたあの時みたいに、かっこいいところも優しいところもある。

 嫌いになれない……憎めない。

 今だって私の為なんて言ってるし……。強ばっていた顔が解れていくのが分かる。もちろん多少はお義兄様の目的もあるんだろうけど、その気遣いが嬉しくて胸が暖かくなった。


「ありがとうございます。お義兄様。

 ルキウスお義兄様にも後からちゃんと御礼を言いますね」


 私が笑顔でお礼を言うと、お義兄様はぱあっと目を輝かせた。


「えへへ、どうも。

 ところでさ。一緒に登校……」


「しません」


「即答!?」


「朝からこれ以上気力体力が減るのはゴメンなので」


「え~」


 憎めないけど疲れるものは疲れる。当然お断りに決まっている。

 それに、これ以上朝から体力を削りたくない。登校してからも疲れることが待っているんだから……。


「お義兄様、傘ってお借り出来ますか?」


「傘? なんで? 今日は雨は降らないと思うけど……?」


「いいえ、降ります。私だけに」


「は?」


 意味がわからないとお義兄様は首を傾げる。まぁ、そうよね。でも、降るのよね。絶対に。


「あるじゃないですか、この世界には。馬鹿の一つ覚えって言葉が」


 







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