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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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18. 助けて!





 私は扉の前でずっと震えるしかなかった。


 蛾の死骸が動いている。


 大きさは大したことない。でも、それが飛んで動いているという事実が、私は鳥肌が立つぐらい怖かった。


「むりぃ……」


 帰りたい。無理、気持ち悪い、怖い……色んな感情でぐちゃぐちゃになる。

 そんな時、顔のない頭部がガクガク不気味に動いて……飛んだ。


「いやぁぁぁ!!」


 部屋の中をぐるぐる飛び始める死骸。

 無理無理! 飛ぶとか聞いてない! 馬鹿馬鹿! 気絶する! もう無理気持ち悪い! 怖い!怖いって!

 そんな時、突然、声が聞こえた。


「あぁ、どうし、て……」


 え? 誰?

 聞いた事のない声だった。子ども? 少年? それくらいの声。

 どこから聞こえたんだろうと辺りを見回すけど、相変わらず飛んでいる蛾の死骸しかなかった。

 変だ……何か……。

 そう思っていると、ブツブツと呟くそれは聞こえた。


「何が、悪かっ、たの?」


「どうして、こうなった……?」


「もう時間、が、無い」


「ぼくは、何のために、今日、まで……!」


 支離滅裂で意味が分からない。正気じゃない。だけど、蛾が怖い私は1歩も動けない。逃げることも出来なくてその声を聞くことしか出来なかった。


「ぼくは、ただ予言、の通り、に」


「上手く、い、かない」


「これ、じゃ精霊王様に、顔向けでき、ない」


 よげん?

 せいれいおう……?

 予言はともかく、せいれいおう? 聞いたことがない名前。偉い……人なのかな……?

 その時だった。


「あぁ、これも、✕✕✕✕だ」


 失望が、聞こえた。

 何を言っていたか分からなかったけど直感で分かる。この言葉は私に向けられた失望の言葉だって。


「やっと、✕✕んだ、聖女、なのに……」


 ……せいじょ?

 せいじょって何? 困惑してどうしたらいいか分からなくて固まっていると、蛾の身体が飛びながら小刻みに震え出していた。




「消さ、な、きゃ……」




 …………え? 今、なんて……。



「消✕、なきゃ……早く……」


「どうせ、これも、✕✕る。役に、立たない……また失敗だ……」



 意味がわからない。掠れてくぐもっていて、何も。

 なのに、嫌な予感だけが膨らんでいく。

 その瞬間、急に蛾の死骸が私に向かって飛んできた。


「ひぃっ!!」


 そして、あの顔のない頭部と目が合った。合っちゃった……。

 ぽっかり空いて、中身が、内蔵とか神経とか見えちゃいけないものが、全部見えてる。しかも、飛びながら脚とか触覚とか体の一部がポロポロ取れて落ちていく。グロいっていうレベルじゃない!

 無理!! 無理ぃぃぃぃぃ!!

 私は頭を抱いて叫ぶしか無かった。




「助けて! お義兄様っ……!」




 こんなに叫んで呼んだって、来るかも分からない。

 でも、今、私に出来るのはそれしかなくて……。

 希望を持つとしたらそれしかなくて。

 茜空のあの瞳の人ならって、思って、私は……あの人を呼んだ。


 その瞬間。



 私の頭上……部屋の天井から轟音が鳴り響いた。



「ふふっ、そんなに叫んじゃうと喉潰れちゃわないかい? ミアリー」


茜色の光が、鬱屈とした暗い部屋に差す。


「でも、君に助けを求められるのは、なんでだろうね。凄く気分が良い。人助けも悪くないなんて柄にもなく思うくらい」

 

 見上げると、2階の天井が丸ごと吹き飛んでて、日が沈みかけているその空が見えていた。

 青紫から赤、赤から橙、橙から金色。

 吸い込まれそうなほど綺麗な空。

 そんな空が、ゴミで出来たこの部屋の真上に、どこまでも広がっていく。

 風が吹く。

 夜の匂いと昼の匂いが混じる黄昏の風が私の髪を撫でる。

 思わず目を閉じると、私を安心させる匂いが私を包んだ。

 びっくりして目を開ければ……見上げた空と同じ色をした瞳を持つその人が、私に笑いかけた。


「ねぇ、ミアリー? 僕は君の希望になれたかい?」


 その瞳と目が合った瞬間、私は目の前にいるお義兄様に抱きついた。


「…………ひっく、うぅ……」


 あったかい……。

 そう気づいてほっとした瞬間、両目からボロボロと涙が出る。お義兄様はそんな私を見て目を瞬かせ首を傾げた。


「あれ? 喜ぶと思ったのに。

 もしかして要らなかった?」


 本当に心の底から不思議そうにそう聞いてくるお義兄様に首を横に振って違うと答える。

 そこでやっとお義兄様は得心がいったようだった。


「あぁ、嬉し泣きってやつ?

 ふふっ、へぇ~ これが。

 びっくりしたよ。急に泣き出しちゃうからさ。

 ……でも、まぁ、それも仕方がないか」


 私からお義兄様がそっと離れる。

 顔を上げると、お義兄様の茜空の瞳は、後ろを振り返っていた。お義兄様の後ろ……そこにはまだあの蛾がいる。

 お義兄様はそれをみつけると、宵風に吹かれながら、蛾の方に向かい足を踏み出した。


「精霊にしては、(きたな)いね。

 精霊って、舞う祝福と呼ばれるくらいには綺麗でおめでたい存在のはずなんだけど、君のその姿はその対極だ。

 君はなぁに? ボロボロだけどその身体、君の本体じゃなくて分身でしょ? 答えられるよね?」


 お義兄様の目の前を飛ぶはその蛾は、岩が風に吹かれて削られて行くように少しずつ形を失っていっていた。


「…………おま、えは……」


 今になってあの声が蛾から出ていたことを知る。

 もう頭部もない蛾。でも、確かにその蛾はお義兄様の存在に驚いていた。


「……な、ぜ……?

 おま、えが、より、よって、お、ま、えが……それ、と……」


「…………。

 質問に質問に返さないで欲しいんだけど……?

 あと、“それ”じゃないよ、僕の義妹ちゃんの名前は。

 曲がりなりにも精霊なのに人間を見下しすぎじゃない?」


「ふ、はっ……ははっ……はははっ、はははははははは……」


 お義兄様が不快そうに眉を顰めると同時に、蛾が笑い出す。壊れた人形みたいに震えながら笑って……あまりの不気味さに私は青ざめた。


「あはははは………………なんで……」


 一頻り笑って、その蛾は私の方を確かに見た。


「……あぁ、✕✕✕、✕だ。

 こん、なの、とかかわっ、て……おま、えは……✕✕、✕✕す!✕、✕す……!」


 羽根も腹部も無くして崩れ落ちながら、蛾が私の方に向かって飛ぼうとする。


「ひっ……」


「あらよっと」


 だけど、その瞬間、お義兄様の足が蛾を踏み潰した。

 何かが割れるプチッって音がした。それから、 中身が飛び出すベシャッって音もした。

 目の前で起こった、想像もしたくなかった残酷で気持ち悪い出来事に、私は悲鳴を上げた。


「い、いやぁぁぁぁぁ!」


 天井もなくなった屋敷で、私の声はよく響いた。









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