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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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17. ゴミ屋敷の奥には




「はぁ、やっと立てる……永遠にハイハイするかと思ったよ」


「ほ、本当です……」


 私とお義兄様は、ようやく立てる場所に出て来て、腰を伸ばしたり背伸びしたりしていた。腰が痛い、背中も痛い、あと、手のひらと膝が痛い……ゴミの上を歩いていたんだもの仕方がないわね。


「でも、良かったですよ。階段と2階は無事で……」


 私達が立っているのは、階段の踊り場。ゴミだらけで屈んで移動することしか出来なかった1階とは違い、階段と2階は立てるぐらいゴミが少なかった。

 まぁ……床は見えないくらいゴミが溜まっているし、ホコリとか髪の毛とか細かいゴミで壁も階段の手摺りも灰色になってるけど……。

 大きく伸びをしながらお義兄様はホッと息を吐いた。


「まぁ、汚いのは確かだけど、立てるだけマシだよね。僕、手足長いからさ。頭とか肩とか天井に当たって痛かったよ~

 その点、ミアリーは身体ちっちゃいから良かったね。これ以上頭打つと今より更にお馬鹿さんになっちゃうだろうし」


「一言! 余計!!」


 この人は本当に人をイラつかせる天才だ。仕返しにお義兄様の足を何度も蹴るけど、見た目以上に頑丈なお義兄様はビクともしないし痛がりもしない。怒る私を楽しそうに眺めて笑うだけだ。


「ふふっ、仕返しが仕返しになってないよ~」


「くっ……人をまたからかって……!

 私、優しくて紳士でかっこいいスパダリなお義兄様が欲しかったですっ……!」


「え~! 僕、優しくて紳士でかっこいいスパダリお義兄様だと思うんだけどな~」


「病院に受診したらどうですか? 頭おかしいですよ、自惚れで」


 もう! 早く終わらせて帰ろう! お義兄様に構っていたら、また揶揄われるだけだ。

 お義兄様を置いて、さっさと2階に上がる。階段を数段上がっただけで辿りつくそこは一つしか部屋がないみたいで、短い廊下の先に扉が一つぽつんとあるだけだった。


「女の子の部屋なのでお義兄様は後から来てくださいね。見せられないものがドーンと置いてあるかもしれないので!」


「えぇ~? 別に気にしないのに~」


「私が気にするんです!」


 そう言い含めて、私は扉に手をかける。

 前の私が使っていただろうその部屋の扉はドアノブを軽く捻るだけで簡単に開いた。


「良かった……鍵とかかかってたらどうし……」


 でも、ホッとしたのも束の間だった。

 軽く開いた瞬間、扉の向こうから黒い手が飛び出してきた。

 え?

 なにこれ?

 急によくわからないものが出て来て、私は固まってしまう。

 その瞬間、黒い手はドアノブを握っていた私の手を掴んだ。


「お義兄様っ!!」


「ミアリー!?」


 お義兄様と目が合う。私はお義兄様に手を伸ばして……だけど、その瞬間、私はその黒い手に部屋の中に引き摺り込まれた。


「きゃ、きゃああああああ!!」


 真っ暗闇なそこに、私は一瞬で飲み込まれていった。











「……い、てててっ……」


 ……頭打った……。

 黒い手に引きずり込まれた私は、部屋に入れられ扉を閉められた瞬間、空中に放り出され、盛大に床に落ちた。

 打った頭がすごく痛い。


「一体何なの……っ……! ここは……」


 打った頭を撫でながら身体を起こすと、ここがどこだか直ぐに分かった。

 この薄暗くて埃っぽい部屋は……多分、前の私の寝室だ。

 ベッドは衣服の山に埋もれて、机にはホコリ被った教科書が積み上がり、クローゼットはドレスの雪崩を起こして酷いことになっているけど、確実に前の私の寝室だと思う。部屋の間取り的にもそうだし。

 それにしても、このゴミ屋敷の主の部屋だけあるわ。とにかく視界も空気も悪い。窓は荷物で埋もれて無くなってるし、カビ臭さを軽減する為にか、そこかしこから甘ったるくて胸焼けするような強烈な匂いする。鼻と口を手で抑えるけど、気分が悪い……。

 そこまで見て、ふと私は気づいた。


 汚れた寝室の奥に、何かいる。


 目を凝らしてよく見て……私は後悔した。

 焼き焦げたように真っ黒で、ぶよぶよと蠢く、私と同じくらい大きな丸い何かがいる。

 

「なにあれ……」


 思わず2度見していると、それの細長い鎌首がずるりと持ち上がる。

 持ち上がると同時に、皮膚から滲み出る真っ黒な粘液が床に落ちる。床に散乱したシワだらけのドレスを巻き込みながらその粘液は床にみるみる広がった。


「……っ」


 やばいやばい……! これが何かは私には分からない。分からないけど私じゃどうしようもないものだって分かる。今すぐこれから逃げないといけない。

 嫌な予感がする。

 私は直ぐに立ち上がって、この部屋の唯一の出入口である扉に手をかけた。


「…………っ!」


 ところが、そこはまるでドアノブが着いてるだけの壁になったかのようにビクともしなかった。ドアノブを引っ張ったり押したりしても動かない。


「開けて……! 開けて!」


 叫んでも向こうに声が届いている感じが全然しない。扉から反響して返ってくるのは、無音と徒労感だけ。


「ど、どうしたら……!」


 手先から血の気が引いて自分が冷たくっていくのが分かる。

 そんな時、ぽたぽたと音がした。

 振り返ってみれば、真っ黒なそれが頭をもたげてぐるりと首を回した。そして、顔が……私の方を向いた。


「ひっ……」


 それは確かに人の顔だった。でも、焼き落ちていた何もかも……目も鼻も耳も元の原型を留めていない。かろうじて口だけが分かる。

 そんな化け物が私に向かって、あの黒い手を伸ばしていた。


『✕✕✕✕✕✕✕✕!』


 …………何かを言ってる。口が動いて喉が波打って胸辺りが上下してる。音のないその声は確かに金切り声を上げていた。


『✕✕✕✕✕』


『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕!』


『✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!』


『✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕』


 何か、確かに何か言ってる。

 でも、直感が言ってる。

 これは全部呪いの言葉だって、理解した瞬間、後戻り出来なくなる系のやばい呪いだって。

 黒い手が私に近づく度に、ぽたぽたと黒い粘液が床に落ちる。

 ……一先ず、あの手から逃げないといけない。

 でも、こんなゴミだらけの部屋でどうやったら逃げられるのかわかんない。

 窓も足の踏み場もないこの汚い部屋であれから逃げるなんてどう考えても無理。ドレスに足をひっかけて捕まるのが見えてる。

 終わった……。

 そう思った瞬間、またあの黒い手が私に伸びてきた。


「……っ! こ、来ないで!」


 思わず私は目をつぶった。

 その瞬間だった。


 パァンッ、と何かが弾ける音がした。


 目を開けると、黒く蠢く何かの手がまるで風船が弾けるように破裂して散れぢれになっていっていた。


「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕!」


 断末魔のように何かを叫びながら、黒いそれは逃げるように部屋の暗がりの中へ姿を消す。

 よくわからないけど、助かった……?

 だけど、気休めだったって気づくのに時間はかからなかった。

 部屋に何かいる……ううん、やってきたんだ。

 でも、味方じゃない。

 飛んでいるそれは、蛾に似ていた。でも、見ただけで分かる致命的に違う何か。

 ボロボロの茶色い羽根、握り潰されたような胸部と腹部、あらぬ方に曲がった脚……そして、その頭部は……何故か、顔の部分だけでぽっかりとなかった。


「…………っ! っ! ひ、ひっ……いやああああああ!!」


 ただでさえ虫が苦手な私はそれを視認した瞬間、悲鳴を上げた。







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