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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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幕間 男達の空騒ぎ 3




 静まり返った生徒会室。

 たった4人しかいないそこには何とも言えない張り詰めた緊張感が漂っていた。

 だが、アーノルドはそんな中でも淡々と冷静に語った。


「サンチュールの狂夜事件後、国王陛下は暴徒化した貴族達によって合計30針を縫う大怪我をした。

 もちろん大問題になったが……。

 しかし、結果的に男爵及び暴徒化した貴族達の処分は見送られた。

 国王陛下はあの夜、直轄領の6割を失っただけでなく、その信用も支持も失ってしまった。その結果、ただでさえ度重なる戦争と貧困に苦しんでいた国民が怒り狂い、国内のあちこちで武装蜂起が起こって内戦勃発の危機に陥ってしまった。

 その為、処分どころはなく、そのまま有耶無耶になる形で見送られたんだ。

 今の国内情勢は、父の尽力や騎士団の働きもあって比較的安定しているが……国王陛下が表に出てくることは、もう望めないかもしれない。未だ多くの人々が陛下を憎んでいるからな……」

 

 アーノルドはため息を吐いた。そこには疲労と哀愁が漂う。宰相の息子として一夜にして荒れゆく国内を間近で見ていた彼からすれば、語るのも辛い話だった。

 だが、それでも彼は話し続ける。それがエミールの為になると信じて。

 エミールは将来国1番の魔法使いになる少年。数年のうちに貴族になるだろう。だからこそ、シルヴァリオ男爵の恐ろしさは知るべきだ。


「また、見せしめのように貴族達の前で踊らされた者達だが、翌日には当事者だけでなく一族全員行方知らずになっていた。その者達が住んでいた屋敷は跡形もなく壊され更地になっていた……。おそらくシルヴァリオ男爵が保有する鉱山に送られたのだろうと思われるが、未だ真相は闇の中だ。

 ……シルヴァリオ男爵は一夜にして全ての人間を地獄に突き落とした。

 もちろん、借金し尚且つ返済しなかった彼らが悪い。

 だが、その容赦の無い手腕と徹底した断罪から、シルヴァリオ男爵家の名は恐れられるようになったんだ。

 その上、どうやってサンチュールの狂夜を作り出すことが出来たのか未だに不明なんだ。……だから、尚のこと、あの夜のように操られないか恐れている者が多い」


「え? まだ判明していないの?」


 アーノルドの話に、エミールは疑問の声を上げた。

 やはり魔法使いとして手段が判明していないという事実が、彼は気になるのだろう。

 それもそうかとアーノルドは思い、説明することにした。


「サンチュール宮殿はガレストロニアが誇る世界一豪奢な要塞と呼ばれていたほど魔法的にも物理的にも防御力が高い宮殿だったんだ。あそこで魔法、それもあんな大規模なものは行使不可能だったはずだが……なのに、狂夜は訪れた。その時点で不可解だろう?

 その上、あの会場には魔法使いもいた。君も知っていると思うが、魔法使いには魔法の感知能力に優れている者が多い。酔っ払っていても感じる人間はいたはず。なのに、彼らは何も感じなかったと証言したんだ。

 そして、あの夜、会場には、衛兵や給仕などの裏方も含め1200人はいたんだが、その誰からも魔法の残滓が検出されなかった……」


「…………え?」


 エミールはそのあまりの不可解さに、目を丸くするしかなかった。


「ま、待ってよ。それってさ、魔法じゃないってこと?

 魔法って痕跡が残るものじゃん。でもそうじゃなかったって……。

 なら、どうやって1200人分の操り人形を作れるんだよ!

 全員口裏合わせてた訳じゃないだろうし、どう考えても魔法で操られたとしか……!」


 エミールは信じられなかった。自分の知らない魔法なのかもしれないが、それでもおかしい。

 魔法は使用すると、何かしらの跡が残るものだ。それなのに、魔法の気配も残滓もなかったということは、(たと)えるなら、人間が地面に足をつけずに立ち去ったようなものだ。

 そんな魔法、不可能なはずだった。


「気になる! どうしたらそんなこと出来たんだろう……。男爵に聞いたら分かるんだろうな……」


その言葉にアーノルドは目を見張った。


「エミール。好奇心旺盛なのはいい事だが、男爵に近づくのだけはやめておけ」


「わ、分かってるよ! で、でも、なぁ……」


「エミール!」


 アーノルドもイヴァンもあの夜を体感した身だ。男爵の危険性も怖さも身に染みるほど理解している。

 だが、平民出身で貴族社会とは縁遠いエミールからすれば、その辺の小説の内容と大差ないのだ。その為、危機感がない。

 アーノルドはそんなエミールが心配になるが……しかし、これ以上引き止めれば、エミールの機嫌が悪くなり始めると思い、口を噤んだ。

 これでは何の為に話したのか分からない。願わくば、彼が男爵に近づかないことを祈るしかない。

 そんな時、アーノルドの隣に座るイヴァンが口を開いた。


「で、だ。そのシルヴァリオ男爵が彼女のそばにいる訳なんだが、どうする?」


 エミールとアーノルドの目がイヴァンへ向く。

 イヴァンは険しい表情で、二人を見ていた。

 彼らにはもっと重要で重大な問題があるのだ。


「ただでさえ今の彼女は以前の彼女と全く違うのに……俺達は彼女とシルヴァリオ男爵を避けつつどうにか話し合う機会を見つけなければならない……。

 その上、そう何日も日を空けられない。

 ……そうですよね、ロベール殿下」


 イヴァンがその名前を呼べば、エミールもアーノルドも、何故か一言も喋らずこの場にいるその人を見た。

 だが、その人はイヴァンの声など聞こえていなかったのか、明らかに上の空でぼうっと天井ばかり見ていた。


「ロベール殿下?」


「あっ……」


 ようやく気づきロベール殿下は、3人の方へゆっくりと視線を落とす。


「ごめん、なんだったっけ?」


「殿下…………」


 良くも悪くもマイペースなところがある彼にイヴァンは頭を抱えたが、咳払いし、やや端折りながらも、もう一度説明した。


「どうやって今の彼女と話すかという話です。シルヴァリオ男爵がそばに居る内はろくに近づけないでしょう?

 その対策を話し合ってます。話し合いは早い方がいいと言っていたでしょう」


「あぁ、そうだ、ね……」


 ロベールは何度か瞬きすると、下を向いた。その表情には何故か憂いと疲れが見える。

 だが、ロベールははっきりと言った。


「記憶のない今の彼女には酷だけど……彼女には確認しなくちゃいけないことが多すぎる……。

 今までのことも、これからのことも……予言のことも……」


 ロベールは椅子から立ち上がると、オレンジ色に輝きながらも、閉じられたままの窓の方へ向かう。

 窓から外を見れば帰宅中の生徒達がまばらに正門に向かう様子が見えた。

 その中に、見知った背をロベールは見つける。

 侍女を連れた長い藍色の髪の少女。

 直接関わったことはないが、ロベールは彼女のことをよく知っている。

 何故なら、彼女も敵と言える存在だからだ。


「僕達にはやらなければならないことがある。

 ただでさえ、世界は危機的状況にあって、一部の者を除いて貧しく荒んだ日々を送っている者達が多いというのに。

 残された時間はあまりに少ない……。

 早く()()()()()()()()()()()()()

 邪魔をする彼女達を避けながら、ね……」


 ロベールの視線の下に、長い藍色の髪の少女に向かい駆け寄る4人組の少女が現われる。

 窓に阻まれ、彼女達の声は聞こえないが、かなり焦っている様子で、少女に話しかける。

 しかし、彼女は足を止めない。まるで自分以外誰もいないかのように歩いて行く。

 だが、彼女達も退くことなく必死の形相で、彼女に何かを訴えていた。

 ロベールはそっと窓を開ける。

 すると、彼女達の声が上階にいるロベールにもはっきりと聞こえた。


「お願いします! 助けてください!」


「せめて守って下さると確約をして下さい。私達、このままじゃどうなるか……」


「怖いんです。まさかこうなるなんて思わなくて!」


「私達を見捨てないでください!」


 その時だった。見捨てないで、と誰かか言った瞬間、少女の足が止まる。

 それに彼女達は胸を撫で下ろし、安堵した。

 だが……。

 振り向きもしないまま、少女は言った。


「そうですか。だから?」


「え……?」


「貴方達の話は聞き飽きました。助けてほしい? 何故、私が貴方方を?

 最初に言ったはずです。最小限だと。

 ……もしかして、わざと回りくどく、もうやめたいと言っているのですか?」


「ひっ……で、でも、あ、あの男爵が……!」


「…………で?」


 その声はあまりに冷たく彼女達は怯えた目で少女を見る。

 その瞬間、少女は艶やかな髪を靡かせ、後ろを振り返った。


「私と男爵、どちらの手で引導を渡されたいですか? ねぇ、マチルダ・アーチーさん達?」


 整えられた前髪の向こうから、身も凍るような冷たい氷の目が彼女達を捕らえる。その瞬間、彼女達は一斉に青ざめた。







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