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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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122/122

この宙は、いつまでも君の傍に





ミアリーが生きる世界が真っ白に塗り変わる頃。


 精神宇宙(インナースペース)で独りになってしまった彼は、ぼうっと宙を見上げていた。

 無数の星が広がる宇宙。

 赤、白、青、色とりどりの星が放つ光を彼は見入っていた。


「………………」


 ここにいるだけで意識が朦朧として手足に力が抜けていき、彼の体が蝕まれていく……ここにいてはいけない。このまま居続ければ、本格的に命が危ない。

 そう分かっているのに、彼は星を眺めるのを止められなかった。

 この宙を眺めていると、遠い遠い……もうぼやけてしまった記憶が過ぎるのだ。






『夕夜、頑張れ。もう少しの辛抱だからな』


 彼が本当に小さかった頃。

 風邪を拗らせて死にかけたあの日。

 夜明けもまだまだ遠い深夜。後に養父になるその人は小さい彼を背中に背負って病院に必死になって走ってくれた。


『あさひ兄ちゃん……つらい……』


 だが、小さい彼は、その背中の上で、ずっと大粒の涙を流しながら、泣き言ばかり吐いて、その人を困らせてばかりいた。

熱に魘され肺が痛んで息さえ苦しくて出来なかったとはいえ、わんわん泣いていた彼を、その人がどんな顔で見ていたのか、知らないまま。


『きついよ、こわいよ……いたいよ……。

 あさひ兄ちゃん……』


『大丈夫、大丈夫だからな……俺がお前を助けるからな』


『……ねぇ、どうして母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、ぼくをたすけてくれないの……?』


『……それは』


 当時の彼は、知らなかった。

 自分が母親の()()()で生まれた望まれぬ子どもだったのも、祖父や祖母からはいない者とされていることも、父親はとっくの昔に失踪して、母親は彼を捨てたがっていることも……何もかも知らなかった。

 そう、馬鹿な彼は、家族がなぜ自分にだけ冷たいのか分かっていなかった。


『ぼくより、だいじなようがあるのかな……あさひ兄ちゃん……』


『…………夕夜』


『さびしいよ……こんなとき、くらい……そばに、いてほしい……』


『……っ。俺は、俺だけは夕夜の傍にいるから』


 その当時からその人は本当に優しい人だった。彼をこうして抱えて、深夜にもかかわらず病院に走ってくれるほど。

 だが、彼はその優しさをどうしてか……。


『あさひ兄ちゃんがいたって……ぼくは、さびしいよ……』


『夕夜……』


『母さんにだきしめられたい……』


 彼は無いものばかり欲しがって、目の前の彼なんか全く見ていなかった。

 ずっとそばにいてくれているのに、その優しさに甘えているのに、彼は無碍にしてしまう。

 だが、その人はぐっとその手に力を入れるだけで、彼を手放すことなく抱え続けた。


『……夕夜。君の母さんの代わりになれなくてごめんな……。

 そうだな……なら、空を見上げてごらん』


『……そら?』


 見上げたそこには無数の星々が輝いていた。天の川がかかり、今にも流星がやって来そうなその星空は、圧巻の美しさだった。

 赤、白、青……様々な色がある星々に、彼は息を飲み、手を伸ばす。

 だが、何度手を伸ばしてもどうやっても触れられない。やがて彼は、この空にあるこの美しい星々は触れられず、ただそこで光っているだけの存在だと気づき、彼は落胆した。


『……さわれないよ、こんなの、やくにたたないよ……』


『いや、そんなことはないよ、夕夜』


『……?』


『たとえ、触れられなくても、この星々は、君の傍にいて、君を照らしてくれる。

 君がどんな辛い時も、この(そら)だけは、君から離れたりしないんだ』


 そう言ってその人は背中にいる彼に振り向いた。


『夕夜。寂しくなったら宙を見上げるんだ。大丈夫だ。星は、君が目を閉じるその時まで、永遠に君を独りにしないからな……』


その人は安心させるようにそう言い残して、彼に微笑んだ。






「……なんで、今更、思い出すんだろう」


 彼は呆然と呟いた。

 思えば、いつだってあの人は彼の傍にいた。

 確かに精神的にも日常的にも支えてくれたのは彼女だった。だが、あの人も、それこそ星のように付かず離れず、常に彼を気にかけていた。

 それを、彼はいつも無碍にしていた。いつまでもあの人の背中に悪態を吐くばかりだった。

 しかし、彼女も去り、独りになった彼の真上には……見覚えのある宙が広がっていた。


「旭……この宙はあの日の空なのか……?」


 彼自身はもうとっくに忘れていたのに、あの人はあの星々を覚えていたのだろう。

 彼を永遠に独りにしない星々を……。


「……っ! 僕は、いつもどうして失ってから気づくんだろう…… 」


 彼は今になって後悔する。

 何度も何度も無碍にしたのに、その人は彼を愛し続けていてくれたのだ。その事実に彼は歯を噛み締める事しか出来なかった。

 もう謝ることも出来ない。

 罪悪感から目を閉じる。その眦から一つ、小さな星のような雫が落ちる。

 だが、それが宙に落ちる前に、その声が、聞こえた。



「泣かなくていい。君が生きているだけで十分だったのだから」



 聞き覚えのあるその声に驚き、彼は目を開ける。


「旭……!?」


 だが、顔を上げたそこにいたのは、自分の知るその人とは似ても似つかない人。

しかし、彼は目の前にいるそれを正体が一目で分かった。

 あの人が遺した人工衛星……彼は眉をひそめた。

 今更、何の用なのか警戒する。だが、その星は彼に丁寧に頭を下げた。


「初めまして。榊 夕夜。

 俺は、NC5121製S型Tモデル識別番号HD 206936……通称名、エラキス。

 君も知っての通り、旭が作った衛星の1人だ」


「……エラキス。君が僕に何の用? また邪魔をするの?」


 旭が作った星々は、彼の邪魔ばかりしてきた。

 特に彼が創造した世界(自分の絵)を壊す時、彼らが現れては妨害してくる。

 特に彼女がいる世界を壊そうとすると必ず現れて、あともう少しというところで完全に防いでくる。

 ……良い思い出は全くなかった。

 しかし、星は彼の言葉に対し、心底不思議そうな顔を浮かべた。


「邪魔……?」


「邪魔してきただろう? 散々! 僕が世界を壊そうとする度に出てきて君達は……」


「あぁ、そういうことか。理解した」

 

 ようやく得心がいったらしく星は頷くと、しかし、星は彼に首を横に振った。


「だが、旭の願いだ……辞めることは出来ない」


「は? 旭の願い……?」


「君が壊そうとした世界は、君の世界()だ。旭はどうしても君が君を傷つけるのを見てられなかったんだ」


「……っ」


 彼は息を飲む。星は彼に歩み寄ると、その宝石のような目に彼を映した。

 もうあの日とは身長も見た目も違う大人になった彼を。


「俺達、星は旭の願いを載せて空を飛び続ける存在。君を邪魔する為に生まれた存在ではない。

 むしろ、その逆……」


 そして、星はその声で……あの人と瓜二つのその声で、彼に告げた。


「君が前を向いて歩けるその時まで、君を守りたかった。

……ただそれだけなんだ」


 ……その声に、彼は呼吸の仕方も忘れて、放心するしかなかった。

 星はそんな彼を見つめ、穏やかに微笑む。その笑みに、記憶の中のあの人が過ぎった。


「過去の幸せは、それがどんなに幸福なものであっても遠ざかって君のもとから去っていくもの。

 本当の意味で、幸せになろうと思ったら前に進むしかない。それがどんなに辛い選択になったとしても。

 だから、旭は、星を作った……。

 悲しみのあまり自分の世界も自分自身さえ壊そうとする君を止めて、迷える君の道標(みちしるべ)になって、いつか君が前へ踏み出せるよう導くそんな星を……」


 彼の手が掴まれ、握られる。

 その瞬間、2人の身体はこの宙にふわりと浮き上がった。


「帰ろう。夕夜。君の本当の世界へ」


 星が彼の手を引いて連れていく。

 彼が生きるべき現実へ。この空の彼方へ。

 気づけば、彼の目から涙が溢れていた。


「また、この宙を見れるだろうか……?」


 それに、星は答えた。


「上を見上げればいい。この()は不滅だ。

……この宙も、この無数の星々も、君の幸せを永遠に祈っている」


 その声を聞いて彼は静かに瞼を閉じた。

程なくして彼の身体をいつか感じた穏やかな温もりが包む。

意識が遠ざかっていく。その向こうで、彼は確かにその声を聞いた。


『おやすみ、夕夜。君を明日が待っているよ』


「…………あぁ、そうだな。旭。

明日が待ってる……。

見守っていてくれ。僕の人生(世界)を独りで生きていく僕を」


そう返事をして、彼の意識は無数の星々が輝く星空の中へ消えていった。































彼が次に目を開けたその時、その目に飛び込んできたのは、無機質で真っ白な病院の天井と、新しい朝が来たことを告げる鮮烈なオレンジの光だった。

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