最終回 私の未来
「あっ……」
その瞬間、私はまたディオリスの足を踏んだ。
すると、ディオリスは楽しそうに私をからかった。
「はい、3回目~」
「くっ……!」
音楽の盛り上がりも、人の興奮も、最高潮を迎えた舞踏会。
金に輝くシャンデリアの下、音楽に合わせ、人々が楽しげに踊り、笑い合っている。
赤、金、青……様々な色をした夜会服がシャンデリアに照らされ一人一人光り輝いている……まるで、星みたいに、キラキラと……。
私達はそんな様々な輝きの中で、踊っていた。
ディオリスは幼少期から練習していただけあって物凄く手慣れている。大して私は練習では上手くできていたのに、無意識に緊張しているのか、さっきからディオリスのリードをつい無視して動いて彼の足を踏んでばかりいた。
「いつもならこんな風にしくじらないのに……!」
「あはは、僕は面白いから気にしないけどね」
「面白い……?」
「さっきから君の顔がコロコロ変わって面白い」
「~っ!」
性格悪いなぁ! もう!
思わず、頬を膨らませる私に、彼は更に機嫌が良くなっていく。
「ニマニマしないでフォローするか打開策を考えて下さい!
このままだとお義兄様のつま先潰れますよ!?」
「君程度の力で潰れるわけないでしょ? 大袈裟だなぁ。
まぁ、でも、このままってのも君が機嫌を損ねちゃうか」
お義兄様は私の手を引いて回りながら考え始めた。
そして、ふと思いついたようだった。
「じゃあ、話でもしようよ」
「話?」
「そう。君は多分、肩肘張りすぎなんだよ。
だからさ。話をしよう。
例えば……そうだな、未来の話とかどう?」
「……!」
予想外の提案だった。
でも、未来の話……丁度良いかもしれない。
「聞いて下さいますか? 私の未来の話を」
「うん、いいよ」
「……では」
私は息を整える。ちゃんと話したい大事な話だから。
「私、幸せになりたいんです
今でも幸せですけど、今以上に、もっと」
「…………もっと?」
「私、前の人生を通しても、人生経験が全然ないんです。
学校も卒業するまで通ってみたいし、大好きな数学をもっと学びたいと思うし、今よりもっと色んな人と関わってみたいし、全然遊び足りていないので、趣味とか欲しいですね。あと、個人的な願望なんですけど、旅行とか行ったことがないので、いつか行ってみたい。自分の知らない景色を見てみたい……あはは、キリがないですね 」
欲深いなぁ、自分。
やりたいことがいっぱいだ。
でも、仕方がない。前の私は、かなえの人生は高校生の途中までしか生きられなかった。
私はそうなりたくない。
ミアリーという人生をもっと生きたい……生き抜きたい。それに私には……。
彼にだけ聞こえるように、私はそっと近づいたた。
「……ディオリス、貴方とももっと色んなことしたいです。
デートとか、旅行だけじゃなく……。
何年後かには新しい家族も欲しいな……なんて」
「!!」
その瞬間、ディオリスの表情がみるみる変わっていった。
驚いて、想像して、赤くなって、焦って、息を飲んで……その茜空の目を大きく見開いて……ディオリスの見たことない動揺っぷりに私はつい笑ってしまった。
今、分かった。
ディオリスが私の顔がコロコロ変わって面白いっていう理由。
これは確かに面白いかも……。
心做しか私の手を握る手が震えているし。
「お義兄様、落ち着いて下さい」
「何言ってるの!? 落ち着いてられないよ!?
だって……こ、子どもってことでしょ……!?」
ディオリスは、きっと私とルキウスお義兄様がいる世界しか知らないから、新しい家族、子どものこととか考えたことも無かったんだと思う。
だからか、凄く酷く取り乱していた。
こんなディオリス、初めて見る。
「君がいてくれたら、僕は幸せだったんだよ!?」
「えぇ、知ってますよ」
「なのに、想像出来ないというか……」
「問題ありますか?」
「問題は……」
そこまで言いかけて、彼は止まって、開きかけた口を閉じた。彼は何か気づいたようだった。
「ない……」
ディオリスはそう呟くように言うと、私の顔を覗き込んできた。
「……多分。僕と君の間に出来る子は……物凄く普通の子が生まれると思うよ。
僕は人じゃないけど、この体は普通の人間と変わらないし、君は星から力を借りているだけの普通の女の子だから……生まれてくる子どもは、とにかく平凡な子どもだよ? 特別な力も何も無いよ?」
「いいじゃないですか。突飛なのは私達で十分ですよ。
むしろ大歓迎です。私、特別なものは何も要らないんです。毎日平穏で楽しくて温かい、皆が幸せになれるそんな家族ができたら、それで十分ですから。
ディオリスは、平凡な家族、嫌ですか?
ありきたりな幸せしかないそんな家族は、どうですか?」
「…………!」
その瞬間、ディオリスの足が止まる。
えっ? と思った時、気づいた。
ホールの中央で躍っていたはずの私達は、いつの間にかホールの出入口の前まで来ていたことに。
「ミアリー……」
「お、お義兄様……?」
「お義兄様呼び禁止。
君のお義兄様は完全に辞める。
僕は今から君の旦那様になるから」
「え?」
私の手を掴み、まだ舞踏会も終わっていないのに、ディオリスは私を連れて出口から出ていく。
だ、旦那様って……!!
私は顔を真っ赤にしてディオリスを引き止めた。
「待って、待って!まだ途中ですよ!?
せめてお互いに卒業してからにしましょうよ!」
「いいや! ダメ!
今夜には書類を書いて、明日には認めてもらう。もし多忙だから無理と言われても、僕の力で脅して担当職員全員虫に……!」
「そんなの絶対ダメです! ちゃんと普通に手続きしましょう! こんなことで闇堕ちしないで下さい!」
「嫌だ嫌だ! 僕はさっさと籍入れたい! 家族欲しい!」
「あぁ! もう! 気が早いんだから!」
今のディオリスは何時にも増して力が強かった。力負けしてズルズル引っ張られ、外に出てしまう。
地平線の彼方まで、星が煌めく空がどこまでも広がるその場所へ。
「君との未来を想像したら居ても立っても居られないよ!
僕はね、家族が出来るなんて、そんなありきたりな幸せなんて無縁だと思っていた!」
「ディオリス……」
「でも、それが叶うところまで来ている!
正に青天の霹靂だよ!」
私の手を掴んで、ディオリスは幸せそうに笑う。
本当に幸せそうに。
そんな彼につい私も釣られて笑ってしまった。
「もっと幸せになろう、ミアリー。
僕の願いも君の願いも全部、叶えよう!」
「えぇ!」
満天の星空の下、どこまでも広がる未来に、私達は駆け出すしかなかった。
まるで、その瞬間、新しい人生が始まったような気がした。
私はまだ知らない。
気の早いお義兄様のおかげで、学生結婚することになるのも。
数年後に、いっぱい努力して成績学年最下位から這い上がって、マイアヴェア学園を無事卒業することになるのも。
更に数年後には、新進気鋭の数学者として国から表彰されることになるのも。
それからしばらくして、待望の子どもが生まれて、シルヴァリオ男爵家が更に賑やかになることも。
その数十年後には、皺だらけになった自分達に孫や曾孫が出来ることも……。
私はまだ、知らなかった。
そんな未来が待っていることすら……。
思い描くことすら出来なかった。
でも、明日が楽しみが仕方がなかった。明日も明後日も、その次の日も……絶対に幸せが待っているって確信が出来ていたから。
「ディオリス、一緒に行きましょう」
「うん、ミアリー。一緒に……何処までも」
彼の茜空の瞳に、私の青空の瞳が映り込む。
それはピッタリと重なっていて、まだ見えない明日へ真っ直ぐに向けられていた。




