終幕 4
「おそーい!」
ミアリーが庭園からホールへ帰ってくると、そこには不機嫌そうな彼がいた。
音楽も人々も遠い、庭園にほど近いホールの隅。そこで1人で彼はずっと待っていたようだった。
口をへの字に曲げ、あからさまに不満そうなそんな彼に、彼女は苦笑いを浮かべた。
「大切な話だったんですから、仕方がないじゃないですか」
「それでもだよ。精霊とか精霊王とか……あの王子様とか、ろくでもないものばっかり会って……!
……大丈夫だった?」
ミアリーの顔を心配そうに覗き込む彼。
彼からすれば精霊王も精霊も自分にとっても彼女にとっても不利益なことしかしない悪で、王子は彼女に集るハエだ。
しかし、ミアリーはやけにスッキリした顔でそこにいた。
「大丈夫ですよ。
もう状況が違いますし。
麗香の話とか今後の話とか……結構真面目な話をしてきたんですよ?」
「ふーん?」
疑いの目でミアリーの目をじっと見つめる彼。ミアリーは更に笑うしかなかった。
「心配しすぎ」
「だって!
まぁ、何にもなかったようでいいんだけどさ……」
肩を竦め彼は諦めたように息を吐いた。
だが、その時、ふと彼はぽつりと零した。とんでもないことを、さらりと。
「…………はぁ
君にまた何かあったら、厄災2nd開催が頭に過っちゃうから、あんまり心配させないで欲しいのになぁ……」
「……は? 今何と!?」
ミアリーはその言葉に耳を疑った。聞き捨てならない単語が飛び出し、彼女は彼に詰め寄った。
「ちょっと待ってください。厄災2nd開催って何ですか? 何ですか、その冗談でも聞きたくない言葉! お義兄様言ってましたよね!? 厄災はもう訪れないんじゃ……」
「うん、そうだよ? けれど、世界がリセットされただけで、僕が力を失ったわけじゃないから……本気出せば厄災おかわりも全然出来るんだ」
「は?」
ミアリーは有り得ないものを見る目で彼を見上げる。しかし、彼は何故か平然としている。
そんな彼を彼女が怪訝な目で見つめると、その時、彼の手が彼女をそっと抱きしめた。
「…………しないよ、もう。
頭を過ぎることはあってもね」
「お義兄様?」
「あの世界でさ。旭って人に言われたんだよね。
君だけの人生を歩めって……」
旭。その名前に彼女はハッとする。
頭上から彼の声が聞こえる……淡々としていながらも決意に満ちたその声が……。
「僕は、もう厄災を起こしたりしない。誰かに振り回されたりもしない。
僕は僕の人生を歩む。それも、君と一緒に生きる人生をね」
彼はそっと彼女の頬に手を当てる。 彼女の顔を自分に向け、その青空の瞳に自分を映す。
かつて焦がれた青空は、今はこの腕の中にある。
その青空に彼は微笑み問う。
「僕と踊らない? 僕のお姫様」
その一言に、彼女は頬を赤らめ、嬉しそうに笑った。
一方。宮殿の外。
光の中で楽しげに談笑し舞い踊る人々を、大きな窓越しに、それはじっと隠れて見ていた。
宮殿に設置されたテラス。そこは、夜故に解放されず立ち入り禁止となっていたが、それだけは頼み込んで入らせてもらい、人目に見つからないようテーブルの下に隠れ、じっと見ていた。
それの目には、様々な人々の姿が映っていた。
天才魔法使いの友人と再会し笑みを浮かべるアーノルド、会場に戻って新国王や貴族達と談笑するロベール、そして……ホールの中央で踊る2人の男女……。
彼の方は手馴れた様子で見事に彼女をリードし、彼女は不慣れな様子ながらも彼のリードに必死に食らいつき踊っていた。
不意に彼女のつま先が彼の足を踏む。それを彼は笑い彼女を揶揄ったのか、彼女が顔を真っ赤にして何かを言っている。
そんな光景をそれは音も立てずにじっと見ていた。
「………………」
「最期に見る景色が、それでいいのか? 精霊」
誰も来ない筈のこの場所に突如聞こえたその声に、それは驚いて顔を上げる。
その瞬間、それはテーブルの下からつまみ出された。
「! わ、わっ!」
会場から漏れる光にそれの体は照らされ露わになる。
その形容しがたい酷く醜い容姿に、つまみ出したその人も顔を顰めた。
「もう目と口と前足以外腐り落ちたのか……。
持った方と言えば持った方だが……悲惨だな」
「………………」
それはただ体を小さく縮こませるしかなかった。
この姿は、人に、否、星に見せられる姿ではない。
特にそれはもうすぐ死ぬ運命にある。程なくして、更に醜い姿を晒し、汚臭と腐肉を散らしながら死ぬことになる。
「星よ、御手をお離し下さい。僕はもうすぐ死ぬんです。貴方を汚してしまいます」
「知っている」
「なら、尚更、お離し下さい」
だが、一向に解放されない。どころか、それは彼の手のひらの上に載せられた。状況が悪化している。それはまだ残っている前足をばたつかせた。
「ほ、星! あの、何を!?」
「先程の質問を答えて貰おうか?」
「し、質問……?」
「最期に見る景色が、それでいいのか?」
その問いに、ハッとなり彼はホールの方を見る。
ホールの中では皆が幸せそうに生きている。対して、自分は……。
「これも罰です……星……」
「…………」
「当然の末路です。ロベールとアーノルドを手伝ったくらいでは贖えない位の罪を僕は犯したんです。
特に、ミアリーに、彼女に関しては……」
あれは17年ほど前の話。
まだ舞う祝福の姿をしていたそれは、サンディアラの街の外れで、ようやくレイカの予言に出てきた少女を見つけた。
ミアリー。当時まだ赤ん坊だった彼女を見つけ、興奮したあの日をそれは良く覚えている。
仲間達も大いに沸いた。まだ宝石だったそれと一緒に、連日、彼女の両親の目を盗んで会いに行き、どうやって彼女を聖女に導くか、日々話し合っていた。
しかし、10年ほど前。
突如、彼女が住んでいたサンディアラの街を魔物が襲った。
それはその日、サンディアラの街にはいなかったが、仲間達はいた。
彼らは厄災かと慌て、焦り、早く鎮めなくてはと考え、なんと仲間達はまだ聖女として選ばれてもいない幼い彼女を、雨が降る街へ連れ出した。
当然、魔法も使えない彼女は為す術なく虫に襲われ、それが辿り着いた頃には、ボロボロの姿で死んだ仲間と一緒に道端に転がっていた。
それは虫の息だった彼女を慌てて保護し、懸命に治療した。幸い早期の治療が功を奏し彼女は息を吹き返したが……彼女の心は壊れていた。
その顔からは感情の一切が抜け、その口から意味のある言葉を発さなくなっていた。
だが、何も反応しなくなったわけではない。
彼女は……虫に……そして精霊に、異様なまでに恐怖した。
『いやあああああ! ああああああああぁぁぁ!! ああああああああ!!』
もう既にサンディアラは元に戻り、あの魔物の記憶を誰一人覚えていないのに、彼女は聖女になる運命の人間故か、鮮明に覚えていた。
自分を一斉に襲う黒い虫の群れを、その群れに無理やり放り込み聖女になるよう強要する精霊を……その結果、目の前で精霊が食い殺され、自身も身体を喰われかけるあの瞬間を……。
舞うそれの姿を見るだけで彼女はトラウマを思い出し半狂乱になる。
そんな彼女をそれは見ていられなかった。これでは先が思いやられる。彼女はあのレイカの次の聖女になるのに。彼女のような高潔な聖女にしなくてはならないのに……これでは聖女にすることすら出来ない。
そう思い、それは決行した。
精霊王や他の精霊達の許可も得て、自分が全ての罪を被る形で、壊れた彼女の精神を彼女の体の奥深くに押し込み、彼女の身体に別の人間の魂を入れた。
そこから、舞う宝石だったそれの人生の全てが狂っていった。
最初は、シンエ教会の敬遠な信徒の娘の魂を入れた。
しかし、彼女は最初こそ聖女を目指したが、次第に堕落し、精霊の言うことも聞かなくなった。
だから、それは彼女を処分した。
その次は、聖女になりたいと神に懸命に祈っていた漁師の娘の魂を入れた。
だが、彼女は聖女になれるというのに、両親を恋しがり、泣き出してうるさくなった。
だから、それは彼女を処分した。
その次は、シスターを目指し修行する真面目で自己犠牲も厭わない優しい少女の魂を入れた。
しかし、彼女は精霊とそりが合わず、聖女になることを拒否してしまうようになった。
だから、それは彼女を処分した。
その次は、その次は、その次も……。
こうして、それは罪を重ねていった。聖女に相応しい理想の魂を求めて、そして、最後に見つけたのが、あの子だった。
『……へぇ、私、聖女なんだ。
びっくりしたけど、なんかうれしい!
それにしても、話聞いた感じ。これってさ、乙女ゲームっぽいよね? 私知ってる! 私はそれのヒロインみたいなものだよね』
言動や思考に関して出会った当初から問題点だらけだったが、彼女は精霊の言うこともよく聞き、聖女になる意欲も誰よりも高かった。
だから。それは彼女を教育し、導き、彼女をレイカのような聖女にしようとした。
しかし、結果はこの通り……。
精霊が選んだ魂ではない女の子が聖女になり、彼女の手によってこの世界から厄災は永遠に消え去り、世界は救われた……。
それはただ大勢の少女の命を奪い、様々な人々の人生を混乱させただけだった。世界を巣食う悪とは自分のことだったのだ。
「僕はずっとレイカや星に憧れていた。
……あの方々のような英雄や救世主になりたかった。
でも、僕には無理だったんだ。目的の為なら人を殺せるような人外の僕には……」
踊る2人をそれはずっと見ていた。
それはつい最近までどちらのことも蔑んでいた。片方は妖精種に生まれた突然変異の汚物として、片方は聖女には向かない失敗作として、一方的に嘲り蔑んでいた。自分が2人以下の存在だとも気づかずに。
本当に傲慢で愚かで無知だった。
だが。
「もう僕は死ぬ。
全ての罰を受ける。
あの時、リスポーンの場所にロベールとアーノルドを連れていけたから、もう思い残すこともない……。
星よ、僕から手を離して……今から地獄に行くのだから……」
彼は覚悟を決めていた。
死んで詫びる。それを実行しようとしていた。
しかし……。
「却下」
何故か彼に断られた。
「……星?」
訳が分からず、それは彼を見上げた。そこには醜い姿となったそれを前にしても顔色一つ変えずに、真っ直ぐに見つめる彼がいた。
「お前は生きるべきだ」
「いき、る……?」
「お前は、精霊王からも同胞からも見捨てられた、ただの大量殺人犯。お前如きが死んだくらいで、誰かへの謝罪になるわけ無いだろう」
その言葉に、それは困惑するしかなかった。今のそれに出来る贖罪は、死んで詫びることだけのはずだ。何せ……。
「無茶を言わないでください。
もうどう足掻いたって遅いんです。僕にはもう時間も未来の可能性もない。贖罪のために生きる選択肢すらもう僕には……ないんだ……」
それは泣いた。腐った瞼から静かに雫を落とし、死ぬしかないそれは、諦めて死を受け入れようとしていた。
しかし、そんなそれに彼は事も無げにこう告げた。
「はぁ? 何がないだ。転生すればいいだろう」
「…………へ?」
突如、彼の口から吐かれた、信じられない発言に、それは言葉を失う。
今、それは気づいたが、それを持つ彼の手には、黒い手袋が嵌められていた。
「ほ、ほし? て、てんせいとは……?」
「近いうちに兄弟はミアリーと結婚する」
「……え?」
突然、何の話が始まったかと思い、それは思考停止する。しかし、彼は固まるそれを気にすることなく淡々と話し続けた。
「そうなれば、今までのように暮らす事は不可能だろう。兄弟のことだ。俺が開発した商品を販売するまではやってくれるが……時間を取る煩わしい書類仕事はやらなくなるだろう。
それは、俺にとって厄災など比べものにならないほどの最大の危機だ。
このままではこの俺が書類仕事を片付けなければならない。ようやく厄災という人類史の発展における最大の障壁が消えたというのだ。特に特許申請。人類の進歩の為に1分1秒も無駄に出来ないというのに、それのせいでどれだけ時間をロスすることになるか……」
「…………」
それは嫌な予感がした。腐り落ちた体でも汗が吹き出し、ダラダラと流れる。焦りと恐怖からそれの口は引き攣った。
「ほ、星……その、僕の予想が正しければ、それは、しょ、贖罪にはならないのでは……? ただの、仕事の押し付……いえ、貴方の肩代わりをするだけのような……」
だが、彼は真顔で言い放った。
「俺は、この先5年で厄災で足踏みを余儀無くされた人類の発展を100年分進めるつもりだ。
無駄に面倒な特許申請はその妨害となる。
あの長ったらしい書類を書く度に、人類の発展は遅れるんだぞ?お前が代わりに書類仕事を引き受ければ、俺は心置きなく研究開発に注力出来る。
お前でも婉曲的に人類に貢献出来るんだ。
これが贖罪にならないと?」
「そ、それは……」
それは困惑した。
しかし、死んで詫びるより、もっと効力のある人間への贖罪になるのも理解できた。
彼への協力は人類の未来に貢献することと同義。
落ちぶれてしまったが、元々人間のために生きてきたそれにとって、願ってもない話ではあった。
「本当にお役に立てますか? こんな僕でも……?」
不安げにそう聞いたそれに、彼は力強く答えた。
「無論だ。
お前は元は星に作られた存在。俺と魔力の相性もいい。
大いに人類に貢献出来るだろうよ」
「な、なら……! 僕、頑張ります!」
精霊として生まれながら、役立たずとして生き、死んで詫びるしかなかったそれは、彼の提案に乗った。
乗るしか無かった。全ての挽回のチャンスであり、一生をかけてこの世界の全てに対して贖罪するには、これしかないと思った。
それは奮い立った。その目には光が戻り、それの硬い決意が宿る……だが、それは気づかなかった。目の前にいる彼がニヤリと意味深な薄笑いを浮かべた事に。
「星、お願いします。僕を転生させて下さい!」
「あぁ。分かった……」
その瞬間、それは光に包まれる。
腐っていた体は一つの塊になり、卵の形をした光り輝く白い球体になる。
そして、球体の中では細胞分裂が起こり、2細胞、4細胞と増えていき、同時に、その球体は少しずつ大きくなっていく。
やがて、細胞分裂が終わり、小さな子どもサイズにまでなると、その球体は、元気良く割れた。
「ふぁ……!」
瞬きの一瞬、あっという間の出来事。
目と口と前足しかろくに残っていなかったそれは……彼の手を借りて、この世に新たに生を受ける。
その姿は、舞う宝石でも虫の姿でもない。
白い髪、白い肌、目尻の泣きぼくろが目立つ垂れた大きな目、特徴的な先の尖った耳……別の世界ではエルフと呼ばれそうな姿をした小さな男の子になっていた。
「これが新しい僕……?」
初めて出来た顔、初めて出来た手足、初めて出来た身体。
あまりの変わりようにそれは何度も何度も自分を見て触って確かめた。
「フェイリー」
ハッとなりそれの目が彼の方を向く。すると、彼は告げた。
「フェイリー。それが新しいお前の名前な」
「!」
新しい体だけじゃない名前まで出来た! とそれは歓喜し、頬を赤らめ浮き足立つ。
しかし、それはまだ知らなかった。
この星は、星である以前に、厄災の起点であった彼すらも扱き使い、その手を焼く暴君であるということを。
「じゃあ、これから宜しくな。
俺の助手兼秘書兼経理兼小間使いとして、きちんと働いてくれ」
「…………え?」
明らかに肩書きが長い。そこでフェイリーとなってしまったそれは気づき、青ざめた。
「ぼ、僕、書類仕事だけじゃ……」
「あ? いつそう言ったんだ?」
「え、え……?」
「因みに、住み込みで24時間フルタイム週7日勤務だ。1日3食は保証してやるから有り難く思えよ。
あぁそうそう。逃げ出そうなんて思うなよ。今のお前は俺の使い魔みたいなものだ。俺が死ぬまで俺の手から逃げ出せないし、死ねるとは思うなよ?」
「……………………ヒッ」
顔面蒼白になり震えるフェイリーに、ルキウスは笑みを浮かべた……それも悪魔のような良い笑顔を……。
「あくせく働けよ、人類の為に、そして、俺の為に。
何、悪いようにはしない。きちんと可愛がるとも……俺なりのやり方でだが」
フェイリーとなってしまったそれは、悲鳴を上げるしかなかった。




