終幕2
その日、ガレストロニアの宮殿では新たな国王の即位を祝う盛大な舞踏会が開かれていた。
厄災後初の全貴族参加の公的行事ということも相まって、会場の様々な場所から再会や無事を祝う声が聞こえ、中には涙する人もいた。
そんな中、来場したのが貴族らしく正装した彼と、彼の腕に引かれ入ってきたミアリーだった。
彼女のピンクゴールドのドレスはただのドレスではなかった。
一見、スカート丈が足元まであるロングドレスで、手のひらまで覆うほどスリーブも長く、露出が少なく、少女が着るには貞淑過ぎる気もした。
しかし、歩く度、花が咲くイメージで作られたそのドレスは、見れば見るほどその美しさや華やかさが分かる見事なドレスだった。
首元から手のひらまで薔薇や百合などの花々のモチーフが編まれたレースで覆われ、控えめに露出した胸元にはダイヤモンドがあしらわれたネックレスが光る。
また、彼女の華奢な腰にはクリスタルの飾りが輝き、スカート部分には数多くのスワロフスキーと共に縫われた精巧な花の刺繍が縫われている。
そして、ドレスのそのどれもがミアリーの愛らしい美貌を引き立てた。
元々愛らしい顔をしていた彼女は、化粧をしこれ以上ないほど着飾ったことで、いつにも増して美少女になっていた。それ故に、彼女が歩きドレスが揺れる度に、その輝きとその可憐さが、会場の空気を変えていく。
彼女と彼女の着るドレス、その美しさに、貴族達はざわつき、警備する兵達もチラ見し、その誰もが息を飲む。
だが……後から入ってきたルキウスは、そんな彼女を見るなり、ぼやいた。
「はぁ……何度観てもため息が出るな」
その言葉に、彼女をエスコートする彼は耳をピクリと動かし、慌てて後ろを振り返った。
「ちょっと!もしかして横恋慕!? 惚れないでよね、僕のなんだから!」
「んな、わけねぇだろうが、意識過剰も甚だしい。
はぁ……。
コレ、お前の趣味が出過ぎだろう、兄弟」
ルキウスは完全に呆れていた。
この上品で美しいドレスはここ最近ガレストロニアで流行しているロング丈のデザインを踏襲しつつも、彼女の肌が透けるレースのロングスリーブや胸元だけ空けるスタイルは完全に彼の趣味だった。
……恋とは恐ろしいものである。つい最近まで、女性向け商品に一切興味がなく、マネキンが着ている服の中で一番可愛いものを選ぶだけだったというのに、今の彼は作っていたオートクチュールのドレスのデザインを自ら変更し自分の趣味を反映させるほどになっている。
ルキウスはただただドン引きするしかなかった。
一方、そんな彼の趣味全開のドレスを着ることになった彼女だったが。
「……すごい、キラキラしてる」
隣と後ろで繰り広げられる兄弟二人の会話など聞く余裕もないほど、人生初の舞踏会に舞い上がっていた。
まるで絵本から飛び出したかのような世界。
色鮮やかな天上絵が広がる白亜のホールには、様々な色をした豪奢な夜会服が所狭しと並び、どこからか楽団の雅な音楽が流れている。
……視界に映る全てが華麗で華美で浮世離れしているその場所に、彼女は目を輝かせた。
「今からここで踊るんだ……」
「そうだよ、ミアリー」
ぽつりと漏らしたその言葉に、肯定の言葉が重ねられる。
ミアリーが見上げるとそこには満足そうに笑う彼がいた。
「今日は僕に任せてよ。隅々まで完璧にエスコートしてあげる」
張り切っている様子のその人に彼女はつい笑う。
だが、その時だった。
「ミアリー!」
会場に着いて早々、話しかけられたのは。
ミアリーがそちらを向くと、そこには正装したロベールがいた。
ロベールは来場した彼女の姿を見つけるなり、慌てて走ってきたのだろう。肩は上下し息が上がっていた。
何事だろうと彼女が首を傾げ、彼が出鼻をくじかれる嫌な予感に目を細めると、ロベールは彼女に頼み込んだ。
「君に会いたいという方が丁度今来ているんだ。すまないが、会ってもらえないだろうか?」
その提案に彼女は目を瞬かせた。
舞踏会が開かれている宮殿からほど近い、王族のみが足を踏み入れることを許されたその庭園は今、スイートピーの花が盛りの時を迎えていた。
ピンクや白、赤、紫、黄色など様々な色の花々がまるで飛翔する蝶の群れのように咲いている。
そこにやってきたミアリーを出迎えたのは、空を舞う蝶の姿をした白銀の宝石達だった。
「…………」
視界を埋め尽くす程の大勢の精霊達。彼らもまたリセットによって蘇り、五体満足の状態で夜空を舞っていた。
ミアリーは気づく。これだけの精霊がいるということはつまり……と、視線をそちらに向ければ、そこにはやはり、この精霊達の王がいた。
「………………あぁ、よくぞ……」
だが、その姿は変わり果てていた。
とても美しかったその姿は人型を保っていたものの、シミもシワもない真っ白なローブは泥にまみれたように黒く汚れ、背中から生えていたまるで朝日に輝く雪原のような白銀の蝶の羽は欠け、上等なシルクのように艶やかで神々しかった長い髪も千切れ薄汚れている。
そして、大量の布に覆われていたその顔は……。
目も当てられない程、醜い顔を晒していた。
長く垂らした前髪ですら隠しきれないその顔は、顔の輪郭や目鼻立ちさえ分からなくなるほどの、膿やイボ、腫れ上がったコブなどで覆われていた。もうどこに口があるかも分からない。
だが、それでも精霊達はかの王を囲み、王の傍を離れることは無かった。
意を決し、ミアリーはドレスのたくし上げ、変わり果てた精霊王の前に出た。
すると、王の頭がゆっくりと下がり、彼女に一礼をした。敬うような礼にも謝罪するような礼にも見える一礼を受け取り、彼女は複雑そうな表情を浮かべた。
そんな彼女に、彼は頭を下げたまま告げた。
「……私はもう長くない……。
故に、君と話しておきたかった……」
そう告げる彼の声は、まさに死に際の存在の声だった。
止むを得ない理由とはいえ同族や人間を殺してしまった彼の罪は、世界がリセットしても無かったことにはならなかったのだろう。
その罰から美しい容姿は腐り落ち、その命も終わろうとしていた。
「…………今ならわかる。此度の厄災、我々は、悪であった……」
「…………」
「200年前の厄災時、人間は聖女の……レイカの手を煩わせるばかりで何の対策も打たなかった。
だから、此度は我々が主導し厄災に立ち向かおうとしたのだ。
だが……結果は、この有様。
我々は無能な人間共と変わらなかった……君の足を引っ張り、厄災を引き起こさせる要因になり、何も……本当に何も役に立たなかった……」
「………………」
「許せとは言わない。厄災から世界を守ると豪語しながら、その実、厄災を世界に近づけていた私達にその資格はない。
しかし、聞きたいのだ……」
精霊王は頭を上げ、目も何も無いその顔で、ミアリーを見つめた。
「…………私達の存在は人間には不要な存在か? 今代の聖女よ」
淡々と紡がれたその問い。
そこには命乞いや身勝手な期待もなく、ただただ機械的だった。当然、感情も執着もない。
ミアリーは眉根を寄せた。
この世界にはもう厄災は訪れない。世界が滅ぶようなことも二度とないだろう。だからこそ、王は思ったのだろう。
……自分達はもう不要なのでは、と。
彼らは不要と言われれば即座にその存在を自ら処分するつもりだ。
そんな彼らにミアリーは何とも言えない顔になる。ミアリーは精霊に対し、全く良いイメージはない。何せ彼らのせいで散々な目に遭わされたことしかないからだ。出来れば二度と関わりたくない程に。
だが……。
「……麗香から、貴方達に伝言があるわ」
「レイカ……? どういうことだ?」
王や舞っている精霊が動揺しどよめく。そんな彼らにミアリーは続けた。
「貴方達は知らないでしょうけど、元々麗香と私は友人同士なの」
「……友人……?」
「理解し難いかもしれないけれど、私達は生まれ変わる前の人生……前世からずっと友人なの。とても大切な、ね。
だからこそ、彼女に貴方達への伝言を託された。
彼女は言っていたわ。
貴方達が私やあの時の人々に向けたような愛と善の心を取り戻してくれることを祈ると……」
そう彼女が告げると、 王は硬直し……やがて地面に膝から崩れ落ちる。
そんな彼にミアリーははっきりと告げた。
「……お願い。善の存在になって。
傲慢になったり増長したりしないで。もう誰も泣かせたり傷つけたりしないで。私のように誰かの人生をめちゃくちゃにするのは絶対にダメ!
貴方達が人の為に存在する存在というなら、滅びる最後まで貫いて。
もう絶対に、二度と麗香の期待を裏切らないで」
「…………っ」
王もその場に舞う精霊達も気落ちしたように下を向く。
だが、王はただ1人顔を上げた。
「わかった……」
言葉はたったそれだけだったが、その声音からは硬い決意を感じた……。




