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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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76. 希望の朝




 私達を眩しい太陽の光が照らす。

 全てが光に包まれて輝く中、その世界を包む優しい朝日は、流星のように空を流れて飛んでくるその白銀の光を浮かび上がらせる。

 この朝空に一際輝くその人は竜と共に、私達の元へやってきた。

 ディオリスはそっと私を抱え直して、横抱きにすると、足を広げた。

 その瞬間、真っ白なドラゴンがディオリスと私を乗せ、輝く空に飛び立った。


「タイミング最高じゃん、兄弟」


 そう楽しげにディオリスが言えば、そのドラゴンを操るその人は、着ている白銀のローブを風に閃かせながら……盛大に舌打ちした。


「最初に言う事はそれか? このクソ野郎」


 空を一直線に飛びながらルキウスお義兄様は悪態を吐く。

 ……ルキウスお義兄様はやっぱり怒っていた。それはもう凄まじい剣幕だった。


「随分機嫌が良いじゃねえか、なぁ?

 こっちはお前が作った虫ケラ共を1晩中始末していたってのに! お前は人に尻拭い任せて何をしてたんだ、馬鹿!」


「え~」


 なのに、ディオリスは怒られて何故か嬉しそうに笑っていた。


「いつもは僕が尻拭いしてるんだから良いじゃん~」


「はぁ!? 規模が桁違いだろうが!」


「まぁ、確かに? 全世界規模だけど、でも、良いじゃん」


「何がだ!」


「……厄災はこれが最後だよ。もうこの世界には厄災は訪れない。2度とこんなことは起きないし、次の()が生まれることもない」


 そのディオリスの言葉に、ルキウスお義兄様は声を失う。

 そんなルキウスお義兄様にディオリスは笑って告げた。


「兄弟……君の願いが叶うよ、全部ね」


 すると、ルキウスお義兄様は空を見上げた。

 星が僅かに見えるその空を、その朝焼けの瞳で見上げて、ルキウスお義兄様が何を思ったのか、私には分からない。けれど。


「あぁ……そうだな」


 零れたその声には万感の思いが詰まっていた。






 シルヴァは私達を連れて、教会に向かって降下していく。

 …… 朝日に照らされたそこは変わり果てていた。

 激しい戦闘があったのか、建っていた建物の殆どが崩壊し、元の形すら分からない。その上……。


「……ひっ」


 教会の敷地、いや、教会の周辺地域全体を覆うかの如く、その地面には大量の魔物の、いや、虫の死骸が転がっていた。隙間さえない。ところによっては山になっている。

 そのおぞましさと気持ち悪さから私は震え上がるしか無かった。

 そんな時、ルキウスお義兄様が私に声をかけた。


「ミアリー、前にあるあれが見えるか?」


「あ、、わ、わ、む、むむ虫のことですか!?」


「どうでもいい死んだ虫ケラどもの方じゃない。天球儀のほうだ。」


 言われて私はハッとして、前を見る。

 そこには巨大な球状の物体が……ルキウスお義兄様曰く天球儀が建っていた。

 巨大なそれは赤道や緯度を表した円環をゆっくりと回しながら、青白い光をは放ち、辺りを照らしていた。


「凄い、何これ……」


「先代の聖女が遺したものらしい」


「!」


「そして、コイツは俺の父さんの手で改造されている。

 これを真の意味で使用出来るのはお前だけ。やれるな? ミアリー」


 ルキウスお義兄様にそう聞かれ、私は即座に頷いた。

 シルヴァがゆっくりと天球儀の前に降り立つ。

 ディオリスの手を借りて地上に降りると、その声は聞こえてきた。


「ミアリー!?」


 その声で顔を上げると、そこには殿下がいた。

 殿下は私を見つけるなり、駆け寄ってきた。

 その後ろには、あの芋虫みたいな姿になった精霊と、眼鏡をかけた少年がいる。

 殿下は私に駆け寄ると、私を抱きしめた。

 すぐ後ろから「はぁ!?」とディオリスが声を荒らげたのが聞こえたけど、一旦無視。

 私は気づいていた。殿下を初め、3人とも汗や泥でボロボロになっていることに……。

 きっとこの世界の為に全力を尽くして、頑張ってくれていたんだ、そう気づくと、振り払うなんて出来なかった。

 よく見たら殿下は泣いているし。


「ミアリー、良かった……良かった……」


「無事、この世界に戻ってきました。殿下」


「あぁ……。君が無事に戻って来れて、ここで再会出来て良かった。」


 そっとポケットに入れっぱなしだったハンカチを差し出せば、殿下は私から手を離してハンカチで涙を拭った。


「……ありがとう、ミアリー」


 そう言って殿下は頬を赤くして微笑んだ。その顔は本当に心の底から私の無事を喜んでいて、私まで感極まりそうになる。

 ……なのに。

 すぐ後ろにいる人がうるさい……。殿下はまだ気づいていないようだけど、さっきから不機嫌なオーラを隠そうともしないし、「誰の許可を得て触れているんだ!この✕✕✕✕!」とか言っちゃいけないことまで言っている。

 はぁ……。全てが台無しだ。

 私は黙らせる為にも、殿下にバレないよう。踵でディオリスの足先を踏みつけた。


「いったーい!」


 ディオリスが足を抑えて痛がるけど、知らない。

 ルキウスお義兄様も呆れた目でディオリスを見てため息を吐いていた。


「自業自得だろ、空気読めよ、馬鹿め」


「だってー!」


「だってもクソもねぇよ。器のちっせぇ男だな」


「はぁ? 兄弟だけには言われたくないんだけど! 兄弟だけには!」


「あ? どういう意味だ、この野郎!」


 ああ、もう! 2人ともうるさーい!

 私は耳を塞ぎたくてたまらなかった。せっかくの再会なのに、すっかり日常風景に戻ってしまっている。

 私は諦めて、殿下に向き直るしかなかった。


「殿下、もし良ければ、私がいなくなった後の話を聞いても良いですか?」


「……そうだな。君には必要だろう。君の兄達は……それどころでは無さそうだしな……」


「すみません……本当に……」







 天球儀の前に、私は立つ。

 これこそがリスポーン……。

 麗香が作った装置。

 私をずっと守ってくれたもの。向こうでもここでも私を支えてくれたもの。


「…………」


 殿下の話によると、世界中が既に壊滅状態で、生存者も望み薄だという。

 私は不安になった。

 ここから復興出来るの? 本当に?

 でも、リスポーンは動いている。ルキウスお義兄様のお父様が改造し、麗香が200年前に残した希望。

 私はそっと操作盤に手を触れる。

 ……すると、力が漲ってくるような気がした。

 そんな私の隣にルキウスお義兄様が歩いてきた。


「この装置は、聖女(お前)が使用した場合のみ、別の使途に変わる」


「別の使途……?」


「ただの魔法使いが使えば、これはお前の生命を保護し、お前の力を何倍にも高め、万が一お前が死亡した場合の復活装置として作動する。

 だが、お前が使えば、これは全人類復活装置に……簡単に言えば、リセットボタンになる」


「!?」


 リセットボタン!?

 想像以上のとんでもない機能に、私は驚愕する。全て無かったことになるってことでしょう。

 だけど、ルキウスお義兄様は眉ひとつ動かさず、淡々と説明した。


「この装置は、もし全人類が滅亡しても、厄災が起こる直前までに時間を戻し、世界と人類を復活させ、未来を修正することを目的としたものだ。

 お前が操作するだけで、それが出来る」


「あ、あのとんでもないことを事も無げに言っていませんか? 神様みたいなそんな……」


「ハッ! 聖女だろう? 不可能はねぇよ」


「!」


 ルキウスお義兄様は私に不敵に笑う。その笑みは頼もしくて、何だかやれそうな気がしてきた。

 そこへディオリスがやってきた。ディオリスは何故かさっきとは打って変わって、上機嫌だった。


「それに、なんてたって僕もいるからね!」


「ん? どういうことです?」


 私がディオリスを見上げると、操作盤に触れる私の手に自分の手を重ねた。

 その瞬間、私の中に流れる力が……聖女の力が明らかに増幅され、増大していく。

 やがて、私の手とディオリスの手の両方から光が溢れ出した。

 ……この光……夜明けをもたらした光と同じ光だ……。

 ルキウスお義兄様がその光を見て、目を丸くする。そして、無言でディオリスの肩を叩いた……すごくいい音がした。


「っうぇ!? 痛っ!! なんでぇ!?」


「お前、やるじゃねえか。ただの嫉妬深いウザいガキじゃ無かったんだな」


 私達の何かに気づいたらしいルキウスお義兄様は、その目を輝かせて、天球儀に手をかざす。

 その瞬間、天球儀の光の中に、星のように眩く輝く無数の光が表示される。それはみるみるうちに天球儀の表面を覆っていき、やがて天球儀を覆い尽くしてしまう。

 何が起こっているんだろうと呆然と思っていると、ルキウスお義兄様は私に笑みを浮かべた。


「これだけのリソースがあれば、時を戻すだけじゃなくてもっとデカいことが出来る」


「デカいこと?」


「まずはやれ。一刻も早く!

 兄弟がお前に萎えるようなことを言って、お前への愛想が尽きるようなことがあれば破綻するからな」


「兄弟! ちょっとなんて酷いこと言うんだよ!」


 ディオリスは怒るが、ルキウスお義兄様はどこ吹く風、何故か満足そうに天球儀を見上げている。

 すると、ディオリスはそっと私に耳打ちしてきた。


「あのさ、君は僕をずっと好きでいてくれる?」


「?」


「何があっても嫌いにならないで僕の傍から離れないでいてくれる?」


 不安そうに聞かれたその言葉に、私は……笑うしかなかった。その答えは、私が生きたあの場所で、あの青い傘の下で、もう既にちゃんと言ったつもりだけど……改めて、もう一度、伝えないといけないみたい。でも、こういうのは何度伝えたって良いはずだから。


「貴方も私から離れないでいてくれますか?

 ……ずっと好きでいてくれますか?」


「! もちろん! 君は?」


 期待に揺れているその瞳に、私が映り込んでいる。もうかなえの姿じゃない、(ミアリー)の姿が……。

 これが、今の私の姿……今の私の人生。

 思い返せば、色んなことがばかり起こった。

 たった1週間とは思えない濃密でドタバタな日々。

 一瞬たりとも気が抜けなくて、一度たりとも平穏な時は無かったけれど……これからはきっとそうじゃない。

 先輩はもう新しい人生を歩み出した。もう交わることもない。かなえの人生は本当に終わったんだ。

 ここからは、ミアリーの人生が始まる。

 誰にも囚われない、私だけの人生が……。


「これからもずっと、愛してますよ。

 ……だから、明日も明後日も、お互いに死ぬ時まで、よろしくお願いしますね」



 そうディオリスに告げると、天球儀は光り輝き、世界を照らす。その瞬間、真っ白に世界を塗り替えた。

 その穏やかな優しい色合いの白に包まれて、私は目を閉じた。







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