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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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74. 宙から私達の世界へ



 長い長い暗闇を抜けて辿り着いた先にあったのは、星が舞い散る(そら)

 青、白、赤の光が舞う中、お義兄様と私は、ゆっくりと落下していく。

 そして、進んだ先にそれが見えた。

 額装されたキャンバス。

 光を放つそれは、正しく私達の世界だった。


「エラキス様、用意してくださっていたんだ……」


「! 兄弟の気配がする」


 お義兄様はキャンバスから放たれる光に目を見開く。

 さっきより光が強くなっている……そのせいか、キャンバスを覆っている黒い絵の具は薄くなっていないけど、 もう広がることもない。

 お義兄様は、そのキャンバスを見て、何かを察したようだった。


「…………。君は相変わらずだな」


「お義兄様?」


「行こう。兄弟が、君と僕を待ってる」


 お義兄様の手に引かれ、キャンバスに向かう。

 けれど、その時だった。


「…………っ!!」


 息を潜めていたその人がキャンバスを私達の前から奪っていった。


「え!?」


 驚く私の前で、キャンバスはその人の腕の中に……先輩の手に渡っていた。


「先輩!」


 慌てて先輩に駆け寄ろうとすると、お義兄様が引き止めた。

 私を背中に押しやり、お義兄様はキャンバスを奪った先輩を睨みつけた。


「一体、どういうつもり?」


 けれど、先輩はキャンバスを抱えると立っていられなくなったのか、ふらついて……崩れ落ちるように床に座り込んでしまった。


「……っ、は……」


 息さえも辛そうなのに、先輩はキャンバスだけは手放さず、抱え込んで俯く。

 その姿が見ていられなくて、私はお義兄様の手から抜け出して、先輩に近づいた。


「ミアリー!」


「大丈夫です、お義兄様」


 肩で息をする先輩に視線を合わせるように、腰を落とす。

 私が来たことに気づくと、先輩は顔を上げた。


「かなえ……」


「先輩、どうして……?」


 私がそう聞くと、先輩の長い前髪の奥から覗くその夜空の目と私の目が合った。

 その寂しそうな目に、辛そうな顔に私は何も言えなくなった。


「君と、さっきの続きを、話しておきたかったんだ……これが最後になるから……」


「……!」


 先輩はもう私に触れることさえしない……震える手をキャンバスに押し付けて、ぐっと堪えている。


「かなえ、本当は君を見送りたくない。ようやく再会できたのに……君を手放すなんてしたくない」


「先輩……」


「でも、僕は、君の為にも、君のいない明日に行ってみるよ……。

 寂しいし、辛いし、死にたくなるけれど……僕は君の世界の神様だから、君の未来は僕の手にあるから……君の為に僕は生きる」


 先輩はそう言って私に笑った。安心して欲しい、そう言われた気がした。


「先輩……ありがとうございます」


だから、私もちゃんと……。


「私も先輩の幸せをいつも願ってます。先輩の新しい絵も変わらず、楽しみにしています……」


「…………かなえ」


 ようやく2人とも肩の荷が降りた気がして、先輩と2人、笑い合う。

 でも、何でだろう。笑っていると寂しさが湧き上がってくる。こっそり息を吐いて誤魔化すけど、目頭が熱い。

 分かっていたことなのに、いざ目の前にすると辛くて仕方がなかった。

 だけど……そんな私に、先輩は告げた。


「一つだけ、お願いがある……」


「お願い……?」


「……彼氏作らないで」


「………………はい?」


 一瞬で、涙が引っ込んだ。

 呆然とする私に、先輩は肩を震わせ、背中を丸め、そして。


「結婚もしないで!

 婚約ももちろん、やらないで!

 全部、全部! 認めない!」


 まるで子どもみたいに駄々を捏ねて、懇願してきた。


「せ、先輩?」


「僕は、君に僕以外の男が出来るとか耐えられない!」


 それは紛れもなく先輩の本音だった。


「君の隣は、この僕だけの特権だったんだ。

 君と一緒に下校するのも、君の作った夕飯を一緒に食べるのも、君と夜を過ごすのも、僕だけだったんだ!

 だから、嫌だ。

 君の隣に僕以外の誰かが出来るなんて……。

 君に幸せになって欲しいけど……君に彼氏とか旦那とか出来て欲しくない! 耐えられない!」


 必死に嫌だ嫌だと首を振る先輩。

 私と一緒にいた頃は、私が喋るばかりで口数も少なめで会話らしい会話もあまりやらなかったのに……。本当に嫌なんだろうな……。

 つい、笑ってしまう。前に進もうとしているのに、未だに未練だらけの先輩に。


「先輩、流石に私を一生独り身にするのはやめてください」


「無理だ。君が告白とかされて欲しくない。手とか繋いで欲しくない。同居なんて絶対許さない。

 僕を一生、愛してとは言わない。けれど、君には僕を一生引きずってて欲しい。告白される度に僕の顔が過ぎって了承出来なくなって欲しい。僕以外の男を認めないで欲しい……」


「先輩は相変わらず我儘だなぁ、もう……。お願い、一つじゃなかったですっけ?

 しょうがない先輩ですね」


 呆れて、そう言えば先輩はハッとして顔を上げた。

 私が困ったように笑えば、先輩は息を飲んだ。


「かなえ……」


「じゃあ、私からもお願い事を一つ、聞いてください」


 私は先輩にきちんと告げる。未練タラタラでどうしようもない先輩に、はっきりと。



「私より良い女の子、見つけて」



「……!」


 先輩が目を見張る。そんな先輩に私は告げた。


「私より可愛くて、私より料理上手で、私より先輩のことを大切にしてくれる、そんな人をいつか見つけて欲しいです。

 私のことは先輩が忘れないでいてくれたら、それで十分ですから……。私は、先輩がひとりぼっちの方が辛いです」


「かなえ……」


 先輩は口をつぐみ目を伏せる。やがて、絞り出すように、明らかに嫌々ながらも、諦めたように口を開いた。


「分かったよ……かなえ。

 僕のこと片時も忘れないで。僕を心の隅に置いといて……それでいい」


「…………」


「代わりに、僕は捜すよ。君以上の女の子なんていないと思うけど……」


 そう言いながらも先輩は不服そうだ。私のお願いだから聞くしかないって言わんばかり。

 でも、やって貰わないと困る。私は先輩に独りになって欲しくないから……。


「先輩の彼女とか奥さんとか、私は見たいですよ?

だから、頑張って。先輩」


「……っ」


 苦い顔を浮かべる先輩。そんな時ふとずっと私と先輩の話を聞いていたお義兄様がやってきた。


「神様、振られてやんの~」


「は? いや、君、誰……?」


 急に現れたお義兄様に先輩は目を細める。すると、お義兄様はとっても良い(悪い)笑顔を浮かべた。


「神様である君に、名乗る程の者でもないよ。

 彼女以外どうでもよかった君からしたら、僕みたいな使い捨ての存在(絵の具)なんてどうでもいいでしょう?」


「……!」


 先輩はそれだけでお義兄様が何か分かったらしかった。目を見開いて固まり、お義兄様を見つめた。


「何で、生きて……?」


「答えは単純。僕は君より愛されているんだよ」


「……は?」


 唖然とする先輩の前で、お義兄様は私の隣に立つ。そして、私の手を掴んだ。


「お義兄様?」


 私が不思議に思ってそう聞けば、先輩は眉を顰めた。


「おにいさま……。おにいさま……? は、はぁああ!?」 


 驚愕し先輩は絶叫する。それにお義兄様の笑みが深くなり、その機嫌がみるみるうちに上がっていく。

 あまりに悪どいお義兄様の顔に、私はげんなりするしかなかった。一方、お義兄様はニマニマしながら先輩に突っかかっていく。


「これで分かったでしょう? 君の立場はもうとっくの昔に僕に取られているの。

 さ、早くそのキャンバスを離してくれる? 僕達を家族が待ってるからさ」


「…………ん、な……」


「ほらほら~ どうしたのかなぁ~ 早くしてよ~!

 そうそう、僕に逆恨みとかやめてね? ただの自業自得なんだからさ~ 君が撒いた種だよ?

 あ、でも、聞きたいなぁ! とっても聞きたいなぁ~

 自分が使い捨てようとした道具に、最愛の人の隣を取られたのはどんな気分~?」


「……っ、っ!?」


 先輩が今に気を失いそうだ。ヤバい。

 私はお義兄様の手を振り払うと、先輩に声をかけた。


「先輩、大丈夫ですか!」


「僕が撒いた種……自業自得……こんなのってない……もうお別れなのに、最後にこんなの……」


「先輩、しっかりしてください! 」


 真っ青な顔でブツブツ呟く先輩。そんな先輩を見て未だに笑うお義兄様に私は頬を膨らました。


「お義兄様! 先輩が可哀想じゃないですか!」


「あははっ、良いんだよ、これで。

 殺すよりずっとマシじゃないか」


「でも!」


「それにさ」


 お義兄様はそう言いかけて、先輩の目の前までやってくると先輩にふっと微笑んだ。


「こんな僕でも愛してくれる家族が出来たんだ。

 負けないでよ、神様。僕に出来たんだから、君にも出来るでしょう?」


「……っ!」


 先輩がそこでハッとして顔を上げる。そこには意地悪く、でも、満足そうに笑うお義兄様がいる。

 そんなお義兄様に、先輩は悔しそうに顔を歪め……俯いた。


「……はぁ……。

 君は僕の分身。僕の負の感情で出来た世界を壊すための絵の具……君の運命は全部、僕が決めていた。最初から最期まで、本当に全部……。

 なのに、君は生きている。それだけで驚きなのに、その上、君には、かなえがいて家族がいる……。

 ……あはは、君を作ったのは僕なのに。今の僕は、君以下だ」


 先輩はそっと抱えていたキャンバスを、お義兄様に差し出した。

 キャンバスから放たれる光が2人を照らす。

 2人は全然似ていないのに、照らし出されたその影は、何故かとってもよく似ていた。


「このまま隣にいるつもりなら、僕の全てだったかなえを、絶対に幸せにして。

 ……あと、君には負けないから」


「もちろん。ミアリーは絶対に幸せにする。僕の全てを賭けてね。

……だから、せいぜい頑張ってよ。神様。約束一つ守れない男のまま死んだら、ミアリーとは会わせないし、この僕が盛大に笑ってあげるから!」


「!!」


 お義兄様の手が私の腕を掴む。

 その瞬間、キャンバスから光が強く瞬いて……。

 私はかなえからミアリーの姿へ戻る。

 そして、私達は、黒い空へ投げ出された。







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