72. 君の傍で
「そんな都合のいいことが……」
お義兄様は、これだけ言ってもまだ信じられないみたいだった……あぁ、もう!
「お義兄様を説得する時間は無いんですよ! もうこの際、信じられなくていいです! とにかく帰りますよ!」
「……!」
お義兄様の手を引っ張る。いつもならどんなに押しても動かないけれど、お義兄様が動揺しているせいか少しだけ動く。
懸命に引っ張る私を見て、お義兄様が息を飲んだのが見えた。
「……君達がいなくなって、僕は終わったんだと思った」
「お義兄様……?」
「兄弟も、ミアリーも、いない。そんな世界、僕には認められなかった……だから、全部、否定したのに……。
どうして、君達は僕の知らないところで生き返るんだ……。
僕の知らないところで死んだだけでもショックなのに、僕がしたことはなんだったんだ!」
お義兄様の戸惑いは最もだ。お義兄様が世界を壊したのは、私やルキウスお義兄様が死んだせい。なのに、2人とも生きていたら、抱えていた悲しみも、自分がやったことも、ただの徒労にしか感じないだろう。
でも、そんなの答えは決まっている。
「その時のお義兄様は、そうするしかなかったんでしょう?」
「……ミアリー」
「確かに思うところはいっぱいありますよ!
私達がいなくなったぐらいで、私達の世界だけじゃなく先輩が作った世界も全部壊そうなんて! 極端すぎですよ! 貴方は!
最終的に、先輩を後ろから刺すし!
やりすぎです! 人もいっぱい死んで、街もみんな壊れてしまいました! 貴方だって私達の知らないところで何をやっているんですか!」
「………………っ」
「でも、お義兄様はそうしないと自分が持たなかったんでしょう?
やったことは許されないことばかりですけど……理解は出来ます。だから、私は責めませんし、お義兄様の気持ちを受け止めます。
償うべきとは思いますけどね」
お義兄様に、私は微笑む。
すると、傘の下でお義兄様の目が丸くなって揺れるのが見えた。
「あとは、そうですね……一緒に謝りますよ。お義兄様がこうなった責任の一端は私にもありますから。
もちろん、きっと怒っているだろうルキウスお義兄様に会いにいく時も一緒に行ってあげます。
……お義兄様は私がいないとダメっぽいし」
「……うん、ダメだ」
「っ!?」
気づけば、私はお義兄様の腕の中にいた。
……少しでも場を和ませようと思って吐いた冗談だったのに。お義兄様は、私を抱きしめて、私の肩に顔を埋めた。
「君がいないとダメだ……」
「お義兄様?」
「僕は、君がいないと未来に進めない。何も意味を見い出せない」
「……!」
「君の傍で生きたいんだ……」
その言葉に私は驚いて……でも、お義兄様を私はそっと抱きしめ返した。
「私の傍で……じゃなくて、一緒に生きましょう、お義兄様」
「……!」
「そもそも、私達ってどっちかが傍に居続けなきゃ離れ離れになるような関係ですか? そんな薄情な関係値を築いた記憶は私には無いんですけど」
すると、お義兄様は肩を震わせ、徐に口を開いた。
「君が知らないだけかもしれないよ?」
「そうでしょうか?」
「僕は、根本的に人じゃない。きっとこれからも、どう頑張っても人にはなれない……」
「構いませんよ。お義兄様がお義兄様のままなら、それで十分です」
「苦労ばかりかけるよ? 僕は君と兄弟以外、ゴミにしか見えないし、世界を好きになれないし……」
「もう誰も傷つけなければ、結構です」
「それから……僕は、狭量だし、我儘だし……結構短気だし……」
「全部、今更じゃないですか。その程度でお義兄様のことが嫌いになっていたら、こんなところまで迎えに来ていませんよ」
雨で冷たくなりかけていたお義兄様の体をそっと温める。
お義兄様はそんな私を強く抱き締め、私の耳元で、振り絞るように、震える声で告げた。
「僕を肯定しないでよ……。
僕は兄弟以外誰からも必要とされて来なかった。
妖精からも、親からも……僕を作った張本人である創造主からも、僕は死を望まれるばかりで、否定されて、使い捨てられて、大切なものは片っ端から奪われる存在だった……。
でも、君に、他でもない君に肯定されたら……もう君のことを一生手放せないよ。逃がしてあげられないよ? ずっと一生、君の人生に付き纏うし、居座り続けるよ、それで君はいいの?」
不安そうな声……全然、お義兄様らしくない声。でも、お義兄様の気持ちはよく分かる。切実なその気持ちは……。
お義兄様は確かに根本的に人じゃないみたいだし、世界は滅ぼすし、性格も良くないし……点数をつけたら及第点どころか赤点以下かもしれない。その上で、一生付き纏うとか、皆、逃げ出しちゃうかも……でも、だからと言って、私がお義兄様を拒絶する理由にはならない。だって……。
「別に良いですよ。何にも変わらないじゃないですか、今までと」
「……!」
「どうせ人じゃなくて私がいないとダメで性格の悪いお義兄様は、私が嫌だって言っても、付き纏って居座り続けるでしょう?
毎朝絡みに行くし、朝食は一緒に食べるし、事ある事に揶揄うし、デートにも行くんでしょう?
なら、選択肢なんて最初から1つじゃないですか。まぁ……もし選択肢が2つあったとしても、同じ選択肢しか選びませんけど……」
「……!」
そう言って笑えば、抱きしめていた両手私の身体から離し、私の肩を掴んでお義兄様は、私の顔を見た。
私の顔を見るその顔は、今にも泣きそうだった。そして。
「好きだ……ミアリー」
お義兄様の手から離れて、青い傘が空を舞った瞬間、雨が上がった。
永遠に降り頻る筈だったその雨は、お義兄様の言葉一つで消えていく。
舞っていた青い傘が、沢山の水溜まりが出来たアスファルトに転がる。鏡のように世界を映すそれに、青い傘が映り込む……空はまだ灰色なのに、地面に青空が広がったように見えた。
「君のことが、好きだ。
世界で1番、愛してる」
お義兄様の瞳に……あの綺麗な茜空の瞳に真っ直ぐに見つめられる。
……そこに映る私は、人に見せられないぐらい涙目で頬を真っ赤に染めて照れていた。
「お義兄様……私は……」
今、ちゃんと返事をしないとダメだと思った。
きちんとお義兄様の思いに答えないといけないって思った。
だから、口を開けて、言いかけて……。
だけど、その瞬間、タイムリミットが訪れる。
灰色の空にヒビが入り、まるで卵の殻が割れるように勢い良く割れて、底無しに黒い空が現れた。




