71. 止める!
麗香は最後まで反対した。
「何の為にリスポーンを作ったと思っているの!
彼女を危険な目に合わせない為よ!? 今丁度、リスポーンを誰かが動かしているみたいだし、彼女はもう元の世界に帰るべきよ!
あの世界なら私は動ける! だから!私が……!」
だけど、エラキス様は首を横に振り、麗香を止めた。
「君には無理だ」
「いいえ! 私は行ける!」
「レイカ……無理なんだ」
「エラキス!」
「君は、死んでいるだろう」
「……!」
エラキス様は淡々とはっきりと告げる。麗香は驚いて目を見開いたまま固まってしまった。
改めて、突きつけられた事実に、彼女は悔しそうに目を伏せた。
そんな彼女に、エラキス様は更に続けた。
「君は支えることや背中を押すことは出来るけれど、未来は変えられない。
それが出来るのは生きている人間だけだ。
君はもう死んでいる。どんなに望んでも、先にはいけない。もう無理なんだ」
「……!」
「君はここまでだ。ここからは生きている人間に任せるしかない」
エラキス様の目が私の方へ向く。
不安で暗い顔で座り込んでいる私に。
「君をあの世界に一時的に適用させる、だが、15分以内で帰ってきて欲しい」
「……15分……?」
「それ以上は死に直結すると思ってくれ。あの場所は、先程まで君達が居たあの時と状況が違う。かなり不安定な世界になっている。君からすれば空気も温度も重力もない宇宙と変わらない。長く留まれば今の君はあの世界に耐えられずに死んでしまうだろう。
そうなれば、レイカの努力も、君の帰りを待つあの子達の奮闘も、全て無駄になってしまう。
必ず15分以内に終わらせてくること、それが必至だ。
そして、適用させるにあたって、君の姿はミアリーの姿ではなく、一時的に春日井かなえの姿になる。彼からすれば、君は赤の他人の姿だ。そこも乗り越えなければならない。
とても不利で、過酷な状況だが、頑張って欲しい」
「!」
私はもう真っ青になるしかなかった。15分も居られない。ミアリーの姿ではいられない。そんなのでどうやってお義兄様のもとへ向かえと!? エラキス様は無茶しか言わない!
だけど、エラキス様は、問題ないと断言した。
「不安に思う必要はない。15分以内は俺の支援も、レイカのリスポーンもある。1人ではない……俺やレイカ、そして、君の帰還を願う者達が、君を支える」
そして、旭さんそっくりの穏やかな声が、私の背中を押した。
「行って来い。ミアリー」
私は雨の中、走っていた。
15分しか私には無いから。
「はぁ、はぁ……!」
雨水が靴を、靴下を、足を濡らす。
跳ねた水でスカートがびしょ濡れになる。
湿気を吸って上着が重くなる。
息が切れる。走りすぎてお腹が痛い。でも、私は足を止めるわけにはいかなかった。
「はぁ、はぁ……っ!」
見知った街。
私が高校生活の途中まで生きた世界がそこにある。
麗香達と行ったコンビニも、弟と歩いた桜の並木道も、お父さんの運転する車で行ったコロッケ屋さんも、お母さんと一緒に通っていた美容室も、そして、学校が……先輩と毎日会っていた美術室が見える。
私が生きた世界がそこに全部ある。
だけど、そのどれも壊れかけていた。
中身が抜けて伽藍堂になったコンビニ、地面に横たわる桜の木々、看板しか残っていないコロッケ屋さん、上半分が消えた美容室……学校はもうバラバラになり、瓦礫となって宙に浮いていた。
……それらから私は目を背け、走った。
心が痛む。過去の大切な記憶が過ぎっていくのも、壊れてしまった今の姿を見るのも、全部が辛い。
でも、それでも私は前に進む。
お義兄様を止める為に。
ミアリーの人生に戻る為に。
……家に帰る為に。
「はぁ、はぁ……でも、どこ!? どこにいるの!」
薄暗い壊れかけの街を走り回るけれど、人気もなく、どこにもお義兄様らしき影すらない。
半分崩れかけた歩道橋を昇る。
時間が無いのに、こんな所で足踏みしているわけにはいかないのに。
お義兄様が見つからない。
「お義兄様、どこなの……?」
辺りを見渡しても誰もいない。
焦る。とても焦って、冷静で居られなくなる。
すると、そんな時だった。
『青い傘を探せ、かなえ』
後ろから聞こえたその聞き馴染みのある声にハッとなって振り返る。
でも、振り返ったそこには誰もいなかった。
「エラキス様……? いや、でも、かなえって……」
私は不思議に思いながらも、歩道橋の上から青い傘を探す。
すると、程なくして私の目は青い傘を見つけた。
そして、青い傘の下にいる見慣れた背格好の彼も……。
「お義兄様!」
歩道橋の階段を流れる水を蹴飛ばしながら、私は急ぐ。
ようやく見つけたその人を見失わないうちに!
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
息が上がる。
肺が辛くなる。
走りながら、胸の内に嫌な感触を覚える。
直感する。
時間が迫っている……!
けれど、足は軽い。
ようやくここまで辿り着いたから。
「お義兄様!」
その人が驚いた顔で私を見ているのが、見える。
息を整える暇はない。
私はその人の目の前まで来ると、困惑の表情を浮かべるお義兄様を見上げた。
「お義兄様、分かりますか?
私です。ミアリーです!」
「ミアリー……?……っ! いや、そんな筈が……」
お義兄様は頭を抑えかぶり振る。やっぱりかなえの姿じゃ分からないみたい。お義兄様は、私がミアリーだと信じられないようだった。
仕方がなかったとはいえ、予想通りだ。お義兄様は頭を押えたまま戸惑いの表情を浮かべた。
「信じられない……!
だって、ミアリーは……!
クソッ、何なんだ。この世界は次々と……!」
「いいえ、信じてください!
訳あって前世の姿になっちゃってますけど、本当に私なんです!」
「……は?」
前世なんて言われて理解出来る筈もないのは分かっていた。でも、私は言うしかなかった。
気づいたのだ。お義兄様が着ている上着に……私が着ていたはずの、黒く固まってしまった血が残るその上着をお義兄様が着ていることに。
「死んだミアリーを、見たんでしょう。お義兄様」
「!」
「ルキウスお義兄様も私も……まさか待ち伏せされていたなんて気づかなくて……。
ショックでしたよね……嫌な思い、しましたよね……ごめんなさい、お義兄様……」
「……っ」
傘の下で、お義兄様が目を見開いて……何故か、笑った。
「頭がおかしくなったかも……。
僕は亡霊を見ているのか……?
もしかしてあの世からのお迎えってこと?
そうじゃなきゃおかしい……。
死んだ彼女が本当にここにいるわけ……」
「お義兄様!」
本当に信じられないらしいお義兄様に、私は近づく。
差していた透明な傘を放り投げ、傘を差すお義兄様の手に、私の両手を重ねた。
「……っ!」
見た目より大きい青い傘の下で向かい合う。
私の手の温もりが、お義兄様の手の温もりと混じり合う。
固まるお義兄様に私は告げた。
「私、生き返ったんです。私を支えてくれた色んな人のおかげで」
「生き返った……?」
「だから、あの世からのお迎えじゃないです!
正真正銘、本当の意味でのお迎えです。
あの私達の家に、シルヴァリオ男爵家に帰りましょう。お義兄様!」
「!?」
傘を差すその手ごと引っ張る。
お義兄様は愕然とした顔で、呆然と私に聞いてきた。
「本当に、ミアリー、なの?」
「そうだと言っているじゃないですか!
容姿で戸惑うのは分かりますけど!」
「でも、僕は、厄災を……。
あの世界を壊したんだ、帰る場所なんて何処にも……」
「あります! 邸はないかもしれませんが、私とルキウスお義兄様がいます!」
「そんなはずない。だって、兄弟も……」
「大丈夫です。ルキウスお義兄様は今、おひとりで世界を守ってくださっています!」
「……!」
信じられないと、有り得ないとその顔に書いてあるお義兄様に、きちんとはっきりと、私は告げる。
「お義兄様! 帰りましょう! 私達の世界に!」
その私の言葉に、お義兄様が息を飲んだのを、私は確かに見た。




