70. 裏目に出る
「はぁぁ……」
私の話を聞いた彼女は深い深いため息を吐いた。そして、しばらくして。
「ごめんなさい。完全に私の落ち度だわ。まさか、そんなことになるなんて……」
麗香は私に謝った。対して、私は困惑するしかなかった。
「麗香……」
「私はね、貴女の為に動いたつもりだったの」
「……え?」
驚く私の手を麗香の手が包んだ。
「エラキスに聖女に選ばれてから、私、ずっと世界の為に動いて走っていた。
だけど、報われたことなんか1度もなかった。私の行いのその殆どが徒労に終わったわ。
……私達の世界は常に彼の手のひらの上にある。彼からすれば私は虫けら同然。私の頑張りはどんなに頑張っても報われるどころか、否定され続けた。
結局、味方と言えるのは精霊も含めて6人だけ。厄災も私達だけで対処するしかなかった。それも玉砕覚悟でね……」
「…………」
「だから、次に託すしかないと思ったの。
200年後の聖女に。
幸いなことに、あの当時の私は未来視が出来たから、ある程度、この厄災の真相にも近づけたの……この世界を歪ませる彼の狙いが貴女であることも、この世界の特異点が前世で友人だった貴女ということも、すぐに分かった。
だから、察せた。貴女があの世界に行ってしまったら、この世界は詰みだって……。
だから、貴女が聖女になることもわかってた私は、精霊に予言として未来の情報を渡して、貴女を託すことにしたの。
貴女が殺されたら終わりだから保護して欲しいと……告げた、はず、なんだけど……」
はぁ、と彼女はまた大きなため息を吐くと頭を抱えた。
「200年の間に何があったのよ……何故、そんな傲慢になってしまったの?
私が知っている彼らは人よりはまともな感性を持ってたし、真っ当だったわ。
それが、こんなことをするなんて……しかも、貴女を守ってほしいって言ったのに、彼らが貴女を一回殺しているなんて……」
彼女は信じられないようだった。頭を抱える彼女に、ずっと黙っていたエラキス様が、口を開けた。
「どこかで歪みが出来たのだと思う」
私も麗香も彼を見上げる。エラキス様は淡々と告げた。
「レイカとミアリーの間にある200年間、観測上は何も問題なかった。だが、未来視の内容が変わり、レイカが違和感を覚える程のことならば、俺の観測外で、未来が丸ごと変わるような何かが起きたのだと思う……」
エラキス様は何処からか額装されたキャンバスを取り出す。
これは、私の世界だ……!
まだ半分以上黒く染まってしまっているけど、心做しかその黒が薄くなっている気がした。
「ここから微かに兄弟機の気配がする」
エラキス様はじっと絵を見つめて、そう零した。
「俺達は基本的に一世界につき一機。新型機の俺は運用終了した観測衛星サービクの後継機としてこの世界に配置された。
故に、俺以外の兄弟機はこの世界には来れないし、来ないはずなんだ。
だが、ここから兄弟機の気配がする……。しかも、かなり旧型……俺達のプロトタイプ……変質しているところを見るに、純粋なプロトタイプでもないようだが……」
エラキス様は目を細めた。
「レイカが未来視した時は恐らく、この兄弟機の存在がいなかったのだと思う。
旭に作られた俺達は世界の理を凌駕する存在。その為、俺達は基本的に世界を外から観察し距離を取る。
だが、何らかの理由でそれが覆り、未来が歪むほどの決定的な変化を齎した……それが何か俺には観測出来ないが……」
エラキス様は本当に分からないのだろう。そう言って頭を抱えてしまう。だけど、私には思い当たる節があった。
「星の子…………」
エラキス様は、私の口からポロッと出たその言葉に首を傾げた。
「それは一体なんだ?」
「……私のもう1人の兄のルキウスお義兄様のことです。
もう亡くなっているそうですが、ルキウスお義兄様のお父様は、空の向こうからこの世界に来たらしくて、精霊はエラキス様と同じく、ルキウスお義兄様のお父様のことを星と呼んでいました」
「………………そうか」
エラキス様はそれだけで理解したらしい。
「どうやって衛星である俺達が生殖能力を得たのか気になるが……君の話は、つまり、本来生まれるはずのない存在が生まれたということだ。
そして、星の子は願ったのだろう、君の兄に。厄災の起点でもある彼に。
生きて欲しい、と。
そして、そう立ち回った」
生きて欲しい。それが何が悪いのだろう。大切な人がいるなら当然の願いだと思う。
私にはその言葉が、婉曲に、だけど、暗にルキウスお義兄様を咎めているように聞こえた。
ムッとなって私は聞いた。
「じゃあ、何ですか? 私のお義兄様2人ともいなければ良かったと?」
目を吊り上げる私。だけど、エラキス様は動じない。私を見つめ、ただただ淡々と語った。
「……裏目に出たんだ」
「裏目?」
「どんな生命もその誕生を祝福されるべきで、どんな生命もその死を惜しまれるべきだ。
だが、生まれる運命になかったものが生まれてしまう。死ぬべき存在が生きてしまう……それだけで狂う運命もある。
実際、本来なら誰にも危害を加えられない筈の、創造主である彼の生命は脅かされ、彼の世界が危機的状況に陥っている……」
エラキス様は困ったように目を伏せた。
「この状況は非常に悪い……彼の死は、彼の世界どころか、ここ精神宇宙や他の無数の世界まで崩壊しかねない」
つまり、それって……。
「私達の未来だけじゃなくて、先輩が作ってきた世界が全て無くなるってことですか?」
顔面蒼白になる私に、エラキス様は肯定するように頷いた。
そして……。
「君には、やらなければならないことがある。
この危機は、そこに愛があったが故に起きた災厄。
その歪みを正す方法は、一つ。
ミアリー、君は……君の兄を……」
その言葉に、私は目を見開くしかなかった。




