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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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66.貴女はここにいてはいけない





「あ、れ…………」


 気がついた時、私は、何故か夕日に照らされていた。

私がぼんやりと顔を上げると、そこは茜色に染まった見慣れた教室があった。


「………………」


 整然と机が並んだ無人の教室。開け放たれたままの窓。黒板には日付と明日の日直が書かれていて、教卓の上には忘れ物と書かれた箱が置いてあって、男物の制服の上着が入っていた。

 どこをどう見ても放課後の教室だ。

私、いつの間にか机に突っ伏して寝ていたみたい。


「私は一体……うっ……」


 頭が割れそうなくらい頭が痛い。

 何か忘れているようなそんな気がするのに、頭痛のせいで気が散って何も思い出せない。あまりに痛くて頭を抱えて俯いてしまう。

 でも、こんなところにいる場合じゃない気が……。


「かなえ!まだ帰らないの?」


 ハッと顔を上げると、いつの間にかそこには私の友達の伴 紗菜と舘 麗香がいた。

 呆れた顔で私を見下ろす紗菜と、相変わらず本から顔をあげない麗香。

 2人はいつまでも教室に残っている私を心配してきたみたい。


「ご、ごめん」


 慌てて席から立とうとした、その瞬間、私はふらっと床に向かって倒れ込みかけた。


「ちょっ、かなえ!?」


 紗菜が床に倒れそうになった私を間一髪、受け止める。

 今気づいた。身体が……物凄く硬い。足が棒のようというか、さっきまで冷凍保存されていたのか思うぐらい足を踏み出すことすら固くて難しかった。


「なにこれ……」


「てか、顔色悪っ!? 真っ白だよ。大丈夫?」


 え?

 紗菜の言葉で気づいた。

 私の身体、めちゃくちゃ冷たい……なんで?


「私、雪女になったかも……」


「冗談言っている場合!? 大丈夫じゃないでしょ」


 紗菜に支えてもらって、どうにか椅子に座り直して、何度か足を伸ばしたり、腕を曲げていると次第に固まっていた体は動くようになった。


「今日の私、変だな……」


「家に帰って、病院行ったら?」


「うん、今日は真っ直ぐ家に帰ろうかな……」


 本当に変だ。

 手足は何とかなったけど、いつまでも体温が戻らない。頭痛もするし……。


「病院行かないと無理かも……」


「ねぇ」


 呼ばれた気がして顔を上げる。そこにはまだ本から顔を上げない麗香がいた。


「今日は私と一緒に帰ろっか」


「え、えっと、大丈夫なの? 塾は?」


「大丈夫。貴女の方が大変でしょう?」


 本の向こうで彼女が困ったように笑った気がした。



 部活に行く紗菜と別れて、麗香と一緒に下校する。

 上履きから靴に履き替えるだけでも一苦労だ。

 そんな私を、麗香は本越しにじっと見ていた。


「麗香、私、悪いもの食べたのかな……」


「そんなわけないでしょう。貴女のお弁当、いつも美味しいもの」


「あ、ありがとう」


「………………」


 靴を履くついでにスマホを開く。

 今日は体調悪いから真っ直ぐ帰るって言わなくちゃ……夕飯、コンビニで済ませてくださいって、先輩に……。

 先輩……?


「あれ?」


 その瞬間、頭の中に色んな光景が映る。

 ココアに、大量のキャンバス、慌てる先輩……泣いている私……?

 脳裏に断片的に過ぎるそれに、私は頭を抑えた。

 私、私は……先輩とちゃんとお別れした……ような……?

 だけど、考えれば考えるほど頭痛が酷くなる。ふらつく私に麗香は手を差し伸べた。


「大丈夫?」


「だ、いじょ、ぶ……」


「早く帰ろう」


 麗香の手を握って私は歩き出した。

 夕日に照らされた見慣れた帰り道を2人で歩く。ふらつく私に麗香は肩を貸して支えてくれた。


「ごめんね、今日の私、全然ダメみたい……」


「仕方がないわ。誰だってこういう時もあるもの。遠慮なく頼って? 友達でしょ?」


「……ありがとう」


 オレンジ色のアスファルト、どこからか聞こえる子どもの声、風に乗って香るカレーの匂い……変わらない日常が目の前にはある。

 ……でも、本当に……?


「……っ!」


「あんまり無理しないで。キツいでしょ」


「うん、家に帰ったら頭痛薬飲まないと……」


「頭痛薬は要らないわ」


「……え?」


 不思議に思って顔を上げる。

 そこには夕陽に照らされた彼女の顔がある。

 光に紛れて顔がよく見えない。だけど、彼女が私に微笑んでいるのはよく分かった。


「貴女のそれは、病気じゃないの。

 居たらダメなところにいるからそうなっているだけ」


「れいか……?」


「大丈夫。帰れたら何ともなくなっちゃうから」


 そう言って彼女は夕陽に向かって歩き始めた。でも、私の家の方向じゃない。こっちは確か……。


「先輩の家……?」


 でも、どうして……?

 不思議に思って麗香を見る。けれど、麗香は前だけを見ていた。






 先輩のマンションに辿り着く。

 麗香は一度もここには来たことがないはずなのに、慣れた様子で扉に手をかけた。


「麗香、貴女、一体……?」


「入るよ」


 彼女が取っ手を引っ張った瞬間、先輩の家の扉は簡単に開いた。

 毎日毎日通っているその家に足を踏み入れて、私は驚いた。


「え……?」


 先輩の部屋は一言で言えば、荒れていた。

 窓という窓が分厚いカーテンで覆われていて薄暗いけど分かる。床にはゴミ袋が積み重なって何個も無造作に置かれていて、そのどれもが埃が被っている。


「掃除、ちゃんとしてたのに、なんで……」


「立ち止まっちゃダメ」


 麗香は戸惑うことなく私を引っ張って、部屋の奥……先輩のアトリエに向かう。

 全く状況が理解出来なくて麗香に止まって欲しくて私は麗香の制服を引っ張った


「待って、麗香、説明して! どういうこと!?」


「ごめんね……あんまり説明している暇はないかも」


「……え?」


「これだけは言わせて。

 私ね、大好きな人が辛い目にあったり嫌な目にあったりして欲しくないの」


「麗香?」


「愛する人も友人も家族も、世界も、私は全部大好きなの。

 たとえ、私の行いが全て裏目に出てしまったとしても……大事なものの為に頑張りたい。

 それが私の、最期の願いなの」


 アトリエに麗香は入っていく。

 久しぶりに入ったそこは……。


「うっ……」


 イーゼルが置かれたその場所以外、部屋の中に床から天井まで隙間なく乱雑にキャンバスが塔のように積み重なっていた。もう額装すらされていない。本当に描き殴ってそのまま放置したみたい。

 まるで鬱蒼とした森のようになっていた。


「なにこれ……」


 私が最後に来た時は、もっと空間があったのに……。

 それこそ、壁と足元ぐらいしか……。


「……っ!」


 頭に鋭い痛みが走る。視界がぐらつき始めて、足の感覚が無くなる。立っていられないくらい身体から力が抜けていく。


「しっかりして、もう少しだから。エラキスが待ってる」


 エラキス……?

 その名前には覚えがある……けど、あまりに頭が痛くてはっきり思い出せない。

 麗華は部屋に鎮座しているイーゼルに私を連れて行く。

 そこには……。


「…………あっ」


 半分以上真っ黒になってしまっているけど、イーゼルに立てかけられているこの絵は……覚えている。


「お義兄様……」


「良かった……誰かが私のリスポーンを動かしてる」


 麗香が安堵の吐息を吐く。

 私には何のことかわからないけど、彼女には何か別のものが見えてるみたい。


「あとは貴女がここに……」


 だけど、麗香がそう言いかけた時だった。


「小細工を仕込んだのは、君か……?」


 聞き慣れた、もう3年もずっと隣で聴いてきたあの声がして、私は振り返る。

 でも。


「……え」


 そこにいたのは確かに私が知るその人だった。

 でも、でも……。

何だか様子がおかしかった。

 まだそんな歳でもないはずなのに、艶もなく乱れて色が抜けた真っ白な髪、傷跡だらけで荒れてしまった病的に白い肌。そして、今にも折れそうな枯れ木のように細く痩せてしまった身体……。

 そこにいたのは……私の知らない先輩だった。

 彼は、長い前髪の奥で、落ち窪んだ眼窩の先にあるその目を、ギラギラと光らせていた。








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