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記憶喪失になったヒロインは強制ハードモードです  作者: 春目ヨウスケ


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10.転んでもただじゃ起きない




 精々足掻いてごらん、か……。

 ふん、舐められたものね。

 確かに昨日の目覚めたばかりの私なら1日も持たないでしょうね。でも、口も性格も悪いお義兄様達に貶され、前の私が如何にクズだったか教えられ、散々な目にあった今の私は、今更ちょっとやそっとじゃへこたれない。転んでもただじゃ起きない!

 だから……。





 びしょ濡れの私は、物陰に隠れて伺っている彼女がいる方に向かって真っ直ぐ歩いていく。

 くすくすって私を待ち焦がれて笑ってる声が漏れている。スカートが小刻みに揺れている様子から彼女が楽しんでいることが分かる。

 ……前の私はこれをどうしていたのかしら? 恋人に処理させていた? それともわざと当たりに行った? そして、周りの男に慰めてもらったのかしら?

 分からないけど……一つ、確かなことは。


「………………」


 私が近づいた瞬間、物陰で楽しそうに笑っていた彼女がバケツを持って躍り出る。

 見るからに平民らしい野暮ったい雰囲気の茶髪にそばかすの女の子……でも、うん、私には敵わないけど素材は良い。なのにその顔にはブッサイクな笑顔がある。

 あーあ、台無しね。

 身構えていたからか、彼女がバケツを振りかぶるのがしっかりゆっくりと見える。

 だから、私は……ずぶ濡れになったカバンを、彼女が持っていたバケツに投げつけた。


 ガッシャン!


 凄い物音がして、気がつけば女の子は地面にうずくまっていて、頭にバケツを被ってずぶ濡れになっていた。

 私のカバンは綺麗に当たってバケツを跳ね返しただけでなく、女の子に向かってその中身ごとひっくり返ったらしい。

 呆然となる彼女に、私はにっこり笑って近づくと、そのバケツを外してあげた。


「あら、この学校、立って歩く雑巾がいるんだ。知らなかった。

 それにしても、大きな茶色い汚い雑巾ね。今からお外をお掃除するのかしら? 大変そうね~」


「……っ!」


 煽られてやっと今の状況が掴めたのか、ハッとなった後、彼女は私を睨みつけた。

 ……まぁ、そうなるよね。


「ふふっ……」


「な、何よ……! 笑って……!」


「あ、喋った。ごめんなさいね。別に貴女を笑ったわけじゃないわ。

 私達、今、お揃いだと思ったから」


「…………は?」


「お互い朝からずぶ濡れね。

 まぁ、もちろん。立場は違うけど。

 私はいじめられっ子で、貴女はいじめっ子。

 私は狙われた側の被害者で、貴女はしてやられた側の加害者。

 どっちが可哀想かは明確だけど、お揃いだわ」


「な、なに……言ってんの……アンタ!」


「あら、アンタだなんて野蛮な言葉は使わない方が良いわ。

 貴女、可愛いのだから」


「…………は、はぁ?」


「貴女は可愛いから特別に許してあげる。

 貴女バケツじゃなくて恋人持ったら? 私を虐めるより、自分の顔を生かして可愛い女の子になる方が似合ってる。

 特にそばかすは強みよ。後は言葉遣いと愛想ね。それで完璧」


「…………っ、え……え?」


 言うだけ言って、私は自分の鞄を拾い上げて、立ち去っていく。

 後ろから「な、何なのよ、アンタ! ちょっと待ちなさいよ」という戸惑う声が聞こえたけど、知らない。

 私はもう彼女のことなんかどうでもよかった……顔は覚えたけど。

 さて……。



 私のやり方で、この状況を変えに行こうか。



 お義兄様から私の教室は普通科第1学年の5番教室だって教えて貰っているからそこに向かう。

 もちろんずぶ濡れのままで。

 ちょっと寒いしベタつくけど、今はどうだっていい。

 幸い教室は第一校舎の2階で、1階から階段上がってすぐの場所だったから助かった。

 ただ教室から女の子の嫌な会話が漏れ聞こえている。


「……綺麗に決まったね! バケツの水! 超いい気味……!」


「……あはは、きっと、泣きながら来るわ……」


「……またどこかの男の子連れてさ……」


「……うざいよね、底辺の癖に……ふはは……」


 はぁ、犯人探しするまでも無かったわ。なんて分かりやすい。なるほど、声は2人分だったけど、実行犯はこの4人か。

 コソコソする理由もないから、教室の扉をパァンと勢い良く開ける。

 すると、教室にいる全員が私を見た。

 あら、口さがない女の子達以外にも、別の女の子達や男の子達、しかも、授業準備している先生もいるじゃない。

 結構いる……というか、あの女の子達、教室の外まで聞こえるぐらい下衆な会話していたのに、みんな聞こえて無かったのかしら? 特にあの天パのメガネの教師……何であんなあからさまな会話を聞いてて放置しているんだろう? はぁ、一応、名門校の教師でしょうに、底が知れるわ……いや、それだけ私が嫌われているってことか。

 ため息を吐きたくなる気持ちを抑えて、教室に入る。

 私の机は直ぐに分かった。

 ……インクで目一杯落書きされていたから。ばか、くそ、まぬけ、うわきおんな……語彙力もセンスもないけど、こんなの私しかいない。誰がしたか分かんないけど、まぁ、いいか。

 私は真っ直ぐ私に水をかけた彼女達に近づく。

 上品に背筋伸ばして椅子に座ってる。多分全員貴族令嬢だ。話していた内容は平民以下の底辺だけど……。

 ずぶ濡れで服から水を垂らしながら無言で近づく私に彼女達は戸惑いの表情を浮かべた……うーん、みんな、可もないし不可もない顔立ちね。でも、顔つきが完全にいじめっ子の顔になっちゃってるのから手遅れね。つまり、完全ブス。

さっきの子みたいに手加減なんてしないわ。


「な、何よ……」


「楽しかった?」


「は?」


「私に水をかけて楽しかったかしら?」


「……え?」


 ポカーンとする4人組に、私はニコッと笑う。覚悟して欲しいわ。


「私、実は昨日階段から落ちて、所謂記憶喪失になりましたの~。

 もう、からっきし! 何にも覚えてなくて!

 だから、貴女達のこともクラスメイトのこともなんにも覚えてないんです!」


「は?」


「何言って……」


「だから、実質、今日が初登校だったんです~。

 ウキウキワクワクですよね? 初登校! 知らない異世界に入っていく感じがして。

 私、自分がどんな学生生活していたかも知らないので、そりゃあもう張り切ってきましたの~

 でも、蓋を開けてみたら、あらまぁ、この学校、最悪ですね☆」


 そこで思いっきり体を一回転させる。その瞬間、狙い通りに彼女達に水しぶきが飛んだ。


「きゃああああ!」


 ちょっとかかっただけなのに大袈裟な反応……サービスにもう一回転してあげよう。


「やああああ! や、やめなさい! 濡れるじゃない! 」


「あら、私にかけといてそれは無いでしょ?」


「っ! な、何よ! 言いがかりよ! 私達がやったなんて証拠無いでしょ! 」


「………………」


 チラッと周りを見る。すると、私の一言一句、全部聞いていたはずのクラスメイトはみんな目を逸らし、先生も背を向けた。

 はぁ……全部無視するつもりね。証言もしてくれなさそう。使えないし、最低だわ。

 でも、別に良い。彼らに最初から期待していないから。

 私は視線を彼女達に戻した。


「なら偶然ですね~。ふふっ、まぁ、確かに、私みたいな底辺にぃ高貴な身分である貴族令嬢がぁわざわざ目の敵にして虐めるとかダサすぎですものねぇ! ありえないわぁ~」


「……はぁ?」


「大体、バケツなんて持つのは下女だけでしょ? それを使うのも下女だけだし。

 貴族令嬢がバケツ持って歩いて2階から底辺の女に水をかけたなんて光景、想像したら笑っちゃいますよね~

 どんなに良い服着ていても姿勢が良くてもバケツ一つ持っているだけで下女にしか見えないから」


「な、な、なっ……!」


 4人組の顔がどんどん赤くなっていく。

 あらら、ここで澄ました顔一つしていれば、犯人じゃないって嘘を突き通せたのに、この程度で真っ赤になっちゃったら自分達が犯人って言ってるようなものだわ。


「あら、どうしました? 顔が赤いわ?」


「あ、貴方……! 黙って聞いていれば!」


「どうして怒ってるの? 貴方達じゃないんでしょ? 私に水をかけたのは。

 どこかの下女か? もしくは……身分だけしかご立派なところがない、底辺であるはずの私を僻んでいる姑息でちゃっちい事しか出来ない小物の仕業でしょう? ねぇ? ()()()()()?」


「……っ!」


 その瞬間、1番手前に座っていた少女が、目を釣り上げて立ち上がる。そして……手を振り上げた。


「誰が小物よ! 娼婦の癖に!」


 彼女の手が振り下ろされる……けど。


「遅っ……」


「え?」


 その手は叩きなれてないのか、私でも片手に直ぐに掴めて簡単に止められた。手からもちもちとした柔肌を感じる。筋肉とか骨とかないみたい。なんというか、脂肪の塊?

 こんなのに私、いじめられてたんだと思うと、驚愕ね。


「こんな手で叩かれても跡も残らなそう……」


「は、離しなさいよ! あんた誰の手を掴んで……!」


「知らないわ。貴女の名前知らないもの。

 ところで、抵抗して逃げた方がいいんじゃないかしら?」


「え……!?」


「私、今、ずぶ濡れなの。丁度拭くものが欲しかったのよね」


「……え、え?」


 意味が分からなかったのか眉をひそめる彼女に私は微笑み……そして、彼女の手を引き、その体を抱きしめた。

 ずぶ濡れの制服のまま……。


「きゃああああああああああああぁぁぁ!!!!」


 今日イチの悲鳴が教室、果ては第一校舎中に広がる。

 耳が痛いくらいうるさい。

 でも、こんなんじゃ終わらないし、終わらせないわ。

 私はそっとまた口角を上げた。

 多分絶対今、私はお義兄様そっくりの意地の悪い笑みを浮かべてる。お義兄様の性格が移ったかもしれない。

 ……………………。

 冷静に考えて、いやだなぁ……。





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