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四日目

残酷な描写アリ

川の水面が、夕陽を浴びて鈍く光っていた。

その上に小さな影を抱き上げている。泣きじゃくるシェリー。腕の中のぬくもり。ほのかに乳臭い甘い匂い。小さな手が母を求めて空を切る。


やめろ、違う。そんなはずはない。

振り払うな。投げるな。愛しているんだ!


――だが夢の中の手は、泣き叫ぶアマンダの声を背に、シェリーを川へ突き落とした。

どぼん、と鈍い音が耳に焼き付き、冷たい飛沫が頬を濡らす。


次の瞬間、汗だくで飛び起きた。

喉が焼けるように渇き、胸の奥で心臓が暴れる。息をするたび、肺がちぎれそうだ。


「……違う、違うんだ……!」


ベッドから転げ落ち、床を這いながら鉄の扉にすがりつく。両の拳でガンガンと叩いた。金属の響きが狭い部屋に反響して、耳をつんざく。


指先にまだ残っている。シェリーの重み。腕に残る温もり。甘ったるい匂い。


夢のはずなのに、消えない。


「アマンダ! シェリー! 会わせてくれ!」


「頼む……声だけでも……あの子の泣き声を聞かせてくれ!」


叩き続ける。声が枯れるまで叫ぶ。

やがて、ようやく扉の向こうから足音が近づいた。


「……うるさいですね」


冷ややかな声。ダニエルだ。


鉄の壁を隔てているのに、表情まで見えるようだった。きっと眉ひとつ動かさず、いつもの冷淡な瞳で立っているのだろう。


「家族に……アマンダとシェリーに会わせてくれ」


「できません」


「声だけでいいんだ! 一目……一目でいいから……」


「無理です」


ばっさりと撥ね付けられた。


言葉の刃が胸に突き立ち、膝が崩れる。拳を握り締め、床に崩れ落ちた。


「……俺は、ただ、会いたいだけなんだ……」


返事はない。沈黙だけが降り積もる。


やがて足音が遠ざかり、再び独りぼっちになった。



床に横たわり、天井を見上げる。視界がぐにゃりと歪んで、記憶の断片がなだれ込んでくる。


……誕生日会をした記憶がない。

買ったはずの小さなぬいぐるみを、シェリーに渡した覚えがない。


最後に自宅のベッドで眠ったのは、いつだったか。


温かな布団にアマンダと並んで眠った夜は、本当にあったのか。


……そして、別の映像が割り込む。


泣き叫ぶアマンダを組み敷いている自分。


必死に抵抗する腕を押さえつけ、嗚咽まじりに名前を呼ぶ声を無視して――。


そのまま細い首に手をかける。


白い喉が苦しげに震え、アマンダの目が見開かれていく。


僕は慌てて首を振る。違う、そんなことをするはずがない!


だが、指の間には確かに柔らかな肌の感触が蘇り、力を込めたときの嫌な軋みまで甦ってしまう。


「……いやだ……そんなはずがない……!」



笑い声が聞こえる。

恰幅の良い男が腹を揺らして笑っている。


「平民が数人死んだところで、どうってことはない」


その隣で、なぜか僕自身が一緒に笑っている。


「あの女が全部悪いんだ」


自分の口から、信じられない言葉が漏れる。喉の奥が凍りつく。違う、僕はそんなことを――。



冷たい窓口。

必死に訴える僕を、官吏は面倒そうに手で追い払った。


「その件は、もう処理が終わってます」


怒りで喉が裂けそうになったのに、声は掠れて、何も言えなかった。



机いっぱいに描かれた魔法陣。線が何重にも重なり、光を帯びて脈打っている。僕は狂ったようにそれを描き続ける。眠らず、食べず、ただひたすらに。


エドマンが背後から声を掛ける。


「少し休め。寝た方がいい」


だが僕は振り返らない。耳を塞ぐ。休むわけにはいかない。あれを完成させなければ。そうでなければ――。


――そうでなければ何だ?


完成すれば、シェリーは戻る? アマンダは笑う?


そんなことはない。そんな奇跡は起こらない。


…憎い…憎い!

あいつが憎くてたまらない!



頭の奥で警鐘が鳴り響く。


記憶が歪んでいる。ひとつ前と次が、まるで繋がっていない。


まるで誰かが雑に切り貼りした映像を無理やり流し込んでいるようだ。


「……俺は、誰だ……?」


爪が皮膚を裂き、血が滲む。


アマンダ。シェリー。二人の笑顔を必死に掴もうとしても、指の間から砂のように零れ落ちていく。


「……会いたい……」


蚊の鳴くような声が漏れた。 


だが、もう誰も応えない。 


ダニエルも、扉の向こうの世界も、沈黙を保ったまま。


薄暗い部屋に僕のかすかなうめき声だけが響き、やがてそれすら静かに溶けていった。

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