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二日目

残酷な描写アリ

翌日、まんじりもとせずに朝を迎えた僕は、昨日の彼が来るのをウロウロと落ち着かずに待っていた。


昨晩と同じく、今朝の朝食も初老の男性がサービングカートに乗せて運んできた。


食事は驚くほど豪華だったが、木の皿とカトラリーで提供され、そのチグハグさがさらに僕の不安を駆り立てた。


初老の男性は、僕の問いかけには何も答えず、部屋の片隅に待機して僕が食事をするのを無言で眺め、食べ終わると何も言わずにサービングカートを押して出て行った。


ちっとも食べた気がしなかった。


食事が済んでからしばらくして、扉の向こうから昨日のようにくぐもった声が聞こえた。


「おはようございます。ベッドに座ったことが確認できたら扉を開きます」


「座ったよ。これでいいかい?」


程なくして扉が開き、昨日の彼が入ってきた。


「昨晩はよく寝られましたか?」


そう言いながら、丸椅子に腰を下ろす。


「ほとんど寝られなかったよ。なんだか大切なことを忘れているような気がして」


「お気持ちはお察しします」


そう言いながら、彼は昨日と同様に懐からメモ帳とペンを取り出した。


「そう言えば、まだ君の名前を聞いていなかった」


「…そうですね。では、ダニエルとお呼びください」


「分かった、ダニエルだね」


彼の言葉になんらかの違和感を覚えたが、それが何なのかは分からなかった。


「あれから何か思い出したことはありますか?」


ダニエルの問いかけに、軽く首を振って答える。


「昨日、話した以上のことは何も」


「あなたのお名前はアラン・ハッター、奥さんのお名前がアマンダ・ハッター、娘さんのお名前はシェリー・ハッターでお間違えはないですか?」


「自分と家族の名前を間違えるわけがないだろう」


「…では、アマンダさんとどのような経緯で知り合われてご結婚されたのか確認してもよろしいですか?」


「アマンダは王立学園の同級生だったんだ」


本来なら貴族の子女のみが通う王立学園に平民の僕が通うことを許されたのは、平民には珍しい魔力保持者だったからだ。


学園には、僕と同じような平民の魔力保持者は数名いたものの、僕の魔力量は普通より遥かに膨大だったせいで遠巻きにされていた。貴族の中にすら僕よりも魔力量が少ない者が大量にいたため、彼らからは少し疎まれていたと思う。


僕と同等の高魔力保持者の人たちは高位貴族が殆どで、平民の僕のことなど歯牙にもかけなかった。


早い話、僕は少し学園で浮いていたのだ。


そうなると、できるだけ目立たないように過ごすしかない。


授業は静かに真面目に受け、休み時間は裏庭でひっそりと本を読んで過ごした。魔法陣の本が特に面白くて、読み込みながらそこに書かれている魔法陣を展開することを繰り返す日々。そのおかげで魔法棟に就職できたと言っても過言ではないだろう。


アマンダと知り合ったのも裏庭でだ。


男爵家の令嬢であった彼女は、その儚げで嫋やかな容姿のおかげで学園では有名人だった。


濃いまつ毛に縁取られた春の空を思わせるような大きな青い瞳、柔らかそうな白い肌と薔薇色の頬、華奢な身体には不釣り合いなほど豊かな胸。


男子生徒はこぞって彼女とお近づきになりたがったし、女子生徒は若干の嫉妬の目を彼女に向けていたように思う。


まぁ言うなれば、彼女も少し学園内では浮いていた。


教室に居場所がなかったのだろう。薬草学を専攻していた彼女は、裏庭でひっそりと薬草を育てていて、そこで僕と知り合ったのだ。


と言っても、一足飛びに仲良くなったわけではない。初めは、お互いが自分の聖域だと思っていた裏庭に現れた相手のことを邪魔だと思っていた。


そんな彼女と話すようになったきっかけは、とある高位貴族の令息が関係している。


ある日、いつものように裏庭へ行こうと人気のない渡り廊下を歩いていたときのことだった。


「やめてください、困ります」


「ちょっと楽しいことしようってだけだから、そんなに拒否らなくてもいいだろ」


言い争うような声が聞こえてそちらへ目をやると、大柄な男子生徒がアマンダを人気のない草むらのほうへ引きずって行くのが見えた。


思いもよらない状況に、一瞬どうすればいいのか躊躇したとたん、アマンダと目が合った。


「助けて! お願い!」


そう言った彼女に、男子生徒は僕を見咎めて吠えるように怒鳴った。


「失せろ平民! 俺の邪魔をしやがったら学園どころかこの世からもおさらばさせてやるからな!」


そう言われてしまっては、もう直接手を出すことはできない。僕はそのまま踵を返した。


そんな僕を絶望したような目で見たアマンダの表情は、今でも忘れられない。


そのまま物陰に隠れた僕は、こっそりと魔法陣を展開させると、薬草学のハーマン先生を幻術で作り出した。若干の揺らぎはあるものの、魔力量の低い相手なら分からない練度のものだ。


そのままハーマン先生もどきを渡り廊下へと移動させる。


ハーマン先生は老齢だが矍鑠とした厳しい指導をすることで有名だ。


渡り廊下を歩いてくるハーマン先生もどきを見て、思わずアマンダの腕を離し突き飛ばすように押しやった。たたらを踏んだ彼女を慮ることもなく踵を返すと、そのままその場を後にした。


僕はそれを見届けてから、裏庭へと向かった。ハーマン先生もどきもそのまま僕の後をついて中庭へと移動する。


いつものベンチに腰を下ろして本を開くと、しばらくしてから本に影が差した。顔を上げると僕の前にアマンダが立っていた。


「さっきはありがとう」


そう言うと、彼女は僕の隣に腰を下ろした。


「よくできてるね、あれ。一瞬、本物のハーマン先生かと思っちゃった」


彼女の視線の先にいるハーマン先生もどきは、アマンダの薬草畑をしげしげと眺めては薬草の匂いを嗅いだり何やらメモを取ったりしていた。


「咄嗟だったから簡単な動作しかできないけどね」


「それでも十分すごいよ。一瞬だけど見捨てられたと思っちゃってごめんね」


「それは仕方ないよ。僕こそ表立って何もできなくてごめん」


「そんな、謝らないで。あの人公爵家の次男だもん。普通に助けようとしてくれたら二人揃って大変なことになってたかも」


明るい口調で話しているものの、彼女の身体が震えているのは気のせいではなかっただろう。


「前にも絡まれたことあるの?」


「うん、二、三回だけど。これまでは人目のあるところだったからしつこく誘われたくらいで済んでたけど」


「見た目が良いのも良いことばかりではなさそうだね」


「一応、褒めてくれてると思ってもいいのかな」


そう言うとアマンダは小さく息を吐いた。


「あーあ、私もっとブスだったらよかったのに」


「全世界の女子を敵に回しそうなセリフだな、それ」


僕の言葉にアマンダは声を上げて笑ったあと、少し投げやりな調子で応えた。


「でも、実際後ろ盾のない貧乏男爵家の私には見た目の良さなんて弊害にしかならないもの。男子生徒は男爵家の娘なら多少強引なことしても大丈夫だと思ってるし、女の子たちには意地悪されるし。もっと爵位が高いか普通の容姿だったかすれば、こんな目に遭わなくて済んだと思うの」


「あーなんか分かるかも」


「あなたも高魔力持ちだもんね」


「贅沢な悩みと言われたらそれまでなんだけどね」


僕も彼女も、もう少し爵位が高ければ悩まなくても済んだ問題だ。せめて伯爵位くらいであれば僕は将来有望な令息だったろうし、彼女は高嶺の花の令嬢として注目を集めただろう。


だからと言って、魔力が高過ぎるのが悩みですとか、見た目が良過ぎて困ってますなんて口に出して言った時点で総スカンだ。


誰かに愚痴を言うこともできず悶々としていたものを分かち合える相手が現れたことで、僕の感じていた閉塞感は大いに解消された。それはアマンダも同じだっただろうと思う。


その出来事から、僕らの距離は一気に縮まった。毎日のように裏庭で落ち合い、勉強のことや将来のことやくだらないことをたくさん話した。


彼女への気持ちが友情から愛情に変わるのにはさほど時間はかからなかった。アマンダは類を見ないほどの美少女だったけど、その割に気さくで朗らかでちょっと口の悪いごく普通の女の子だった。


アマンダと過ごした日々を思い返すと、自然に口元がほころぶ。


庭先で摘んだ花を無造作に髪へ挿して、くすくす笑う。「似合ってる?」と首を傾げる仕草に、僕は冗談めかして「花の方が見劣りするね」と答えた。その度に彼女は顔を赤くして、けれど楽しそうに僕の腕を叩いてきた。


放課後の教室で、二人だけで魔法の練習をしていたこともある。失敗して煙がもうもうと立ち込め、二人で盛大にくしゃみを連発した。そのあとで、お腹が捩れるほど笑い合った。


――彼女こそ、僕のすべてだった。


今もあの笑顔を思い出せる。柔らかく僕の名を呼ぶ声が、耳の奥で蘇る。


「……それで?」


不意に響いた冷ややかな声に、僕ははっと顔を上げた。目の前には、いつものように丸椅子に腰を掛けたダニエルがいる。彼の瞳は氷のように澄んで、何の感情も映していなかった。


「ずいぶんと幸せな記憶ですね」


彼は、乾いた音を立ててメモ帳を閉じた。


「それで、それは本当に真実の記憶ですか?」


胸を刺すような言葉だった。

あまりに冷たく、あまりに残酷に、僕の幸福を切り捨てる声音。


「……どういう意味だ?」


問い返す声は自分でも情けないほど震えていた。だが、ダニエルは視線すら寄越さない。


「今日はここまでにしましょう」


そう言って立ち上がった彼の背中を見送りながら、僕は冷や水を浴びせられたような気分になった。


つい先ほどまで胸の中を満たしていた温かい思い出が、まるで霞のように消えていく。


 ――僕は本当に、アマンダと過ごしたのだろうか。


不安が胸の奥で渦を巻き、言い知れぬ寒気が背筋を這い上がってきた。


その夜、僕は夢を見た。


僕に笑いかけるアマンダ。シェリーにミルクを飲ませているアマンダ。ソファで本を読みながらくつろいでいるアマンダ。


その穏やかな光景は僕の心を温め、しかし唐突に崩れ去った。


 ――俺に組み敷かれて、泣き叫ぶアマンダの顔。


 そこで夢は途切れた。




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