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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−4 『Aランク昇格編』
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第96話 兄弟喧嘩(1)

 アレックスの家族と会って一夜が開けた。


 昨日は朝から「寸法を測る」とエレノアが言って朝練が出来なかったので、今日は普段通りランニングをした後に素振りをする。


 初めての街という事もあり、ランニングルートが分からなかったから適当にエルザと走り込みをした。

 エルザは普段、俺が考えた「ランニング」という物に参加はしない。

 スタミナの重要性はエルザも認識しているが、剣を振りながら反復移動をするので良いだろうというスタンスだからだ。ただ、昨日の母性爆発の余韻が残っている様子のエルザは、俺のランニングに着いて来た。


 アレックスは「今日は気分が悪い」と言って部屋から出て来なかった。


 昨日、エルザが「風邪なんかもした事が無いから元気だ。」と言ったのにも関わらず、次の日にはそれが覆ってしまった。

 俺はこれが意外で、アレックスなら次の日にはケロッと機嫌が直っている物だと思っていた。

 そして、アレックスがあそこまで人を貶すと言うのも意外だった。

 アレックスが人を悪く言う事など一度も見た事が無かったから、あそこまでストレートな悪口を言うんだなぁと、なんだか親近感が湧いた。……人間、感情があるもの、悪口くらい言うよね。


 ただ、まあアレックスならすぐに立ち直るだろうと思い、俺はいつものルーティンをする。


 朝日に照らされた汗は輝きを放ち、木刀を振るたびに汗が散る。

 舞い散った汗は太陽の光を反射し、俺の周りをキラキラと神秘的な光景にさせる。

 夏の朝の少し湿った空気を肺に送り、一振り一振り真剣に振る。

 集中力が研ぎ澄まされ、自分だけの世界に到達する。

 周りの音は聞こえず、ただ自身の振った木刀の風切り音だけが―――


 「……おい。」


 自分の世界に入った途端、横から聞き慣れない声で呼び止められる。

 見ると、そこには昨日出会ったアレックスの兄、ジョン・ハワードが腕を組んで俺を見下ろしていた。

 その目は何故か鋭く、眉間にシワを寄せている。

 そして何より怖いのが、なんでか分からないが殺気立っている事だ。

 俺の真正面で、俺より強いとはっきり分かるくらいの武気を纏って仁王立ちしていた。


 「――ㇶッ! な、なんでしょうか……?」


 圧倒的な力量差を見せられ、前世から身に付いた陰キャモードに切り替わる。

 ヘビに睨まれたカエルのように、体が硬直してプルプルと小刻みに震え、生殺与奪の権を他人に握られる状態になる。


 「……おい…ッ!」


 すると、今度は俺の背後から同じ威圧感がする。


 「何のつもりだ……バティルが怖がっているだろ……ッ!」

 「………………。」


 そう言ってジョンの威圧感に押されること無く、エルザはズンズンと歩みを進め、俺を背後にやってジョンの前に立つ。

 昨日、家に帰ってから聞いたのだが、ジョン達のパーティーはSランクとの事で、同じ上級者同士の睨み合いに俺の体は寒気がする。


 同じアタッカー同士、互いが刀を抜き、熾烈な戦闘が開始され、ここら一帯は戦闘の余波で更地になったのであった……―――とはならず。


 「ちょっとジョン、何やっているの!」


 遅れて現れたアレックスの姉、ジュリーがジョンの頭をポカンッと叩く。


 「私の弟がすいません。普段はこんな子じゃないんです。アレックスの事になると、ちょっと感情的になる子で……。」


 ジュリーはペコリと頭を下げ、誠心誠意の謝罪をする。


 「アレックスはどこだ。」


 しかし、当の本人は謝る気は全く無いようで、姉にゲンコツを食らった事を気にせず、眉間にシワを寄せたまま要件を端的に話す。


 「なんだ貴様、まずはバティルに謝れ……!」


 その気持ちは嬉しいし、エルザから見たらごもっともな話なのだが、俺に何か手をあげたという訳でも、嫌がらせをされた訳でもない。

 ただ威圧されただけなので、正直そこまでしなくても良いよ母さん。


 「ぃゃ…ッ、ぁの…母さん、俺は大丈夫だから。―――あ、アレックスは部屋にいるので、あちらの方に……。」


 俺はエルザを宥め、泊めて貰っているエレノアの家の方を丁寧に指を指す。

 今の俺はジョンの覇気に圧倒され、完全服従モードに突入している。

 エルザの本気の圧に真っ向から受け切るとか、よっぽどの強者じゃなければ出来ない。俺がここで強気に何か言ったら一瞬で始末されるレベルだ。……怖すぎる。


 「だぁぁ!! 何で来てんだよクソ兄貴!!!」


 俺が従順な下僕になりきっている中、扉の前にはエルザ達の圧を感じ取ったアレックスが飛び出てきた。

 レイナも何事かとアレックスの後ろから覗き見ている。


 「アレックス、家に帰って来なさい!」

 「うるせぇ! 俺は帰らないって言ってんだろ!」


 アレックスは俺とは違い、威圧感に怯むこと無く昨日と同じ強い口調で言葉を返す。……怖い者知らずがいるようだな……兄貴、殺っちゃってください!!


 「アレックス、いい加減にしろ。いつまでハンターをしているつもりだ。

 お前にハンターの才能は無い。そんな事より、もっと自分の才能を活かせる仕事に就け。」

 「………ッ!」


 それを聞いたアレックスは、さっきまで威勢の良い少年だったのが、ぐうの音も出ないとでも言いたげに視線を落とす。


 『でも、俺の兄貴に「才能が無いからハンターは辞めろ」って何度も言われて―――』


 過去にアレックスが言っていたのを思い出す。

 確かアレックスは、初めてのクエストで死にかけた事がトラウマになり、半年はクエストに出れないくらいになったと言っていた。

 しかしアレックスはトラウマを克服し、武者修行という名の家出をして現在に至る。


 「家の事など気にしなくて良い。家のメンツは私がすでに保ってる。

 だから、アレックスはもっと才能を活かせる仕事をして良いんだ。」

 「……違う……俺は……っ!」


 アレックスは嫌な所を突かれたのか、出て来た時より声量が小さくなる。

 その姿は、言いたい事があるけど言えない子供の姿で、親に叱られている子供の様にも見えた。


 『才能』


 俺の中でそれは、どうしたってある個性の違いだと思う。

 環境がどうのこうのではなく、努力がどうのこうのではなく、そもそもその人自身の能力が生まれ持って違う、遺伝子が違う。

 どうやっても抗えない、どうやっても超えられない、そういうのは前世で嫌と言うほど突き付けられ、絶望した。

 「自分の才能はなんだろう」。

 そんな事を考えながら、生きる為に生活費を稼いで、結論が出ないまま無駄に時間が過ぎて行く日々を生きていた。

 でも、そういう経験をして来たからこそ、言える事がある。

 

 努力をしている人間に、他人が「才能がない」と言ってはいけない。


 相談をされて答えるなら、まだ良いだろう。

 だが、聞かれても無いのにズカズカやってきて、アドバイスのつもりで「才能がない」と言うのは野暮ってもんだ。

 ましてや、現状も頑張って努力している人間に言うもんじゃない。

 才能があろうが無かろうが、進みたい道、進みたい夢があるなら応援してやれよ。


 俺には夢が無かった。

 進みたい道も無かった。

 只々、絶望していた。


 そんな経験をしていたからこそ「目標に向かって努力している人間の邪魔をするな」と思うようになった。

 才能なんて関係ない。

 目標があるだけで幸せなのだ。

 目標や夢がなければ、以前の俺の様に虚無の世界を彷徨う事になる。

 それに―――


 「――ちょっと待ってください。」


 俺は居ても立っても居られなくなり、アレックス達の間に入っていた。


 「アレックスは才能があります。昔は才能が無い様に見えたのかも知れませんが、今は違います……!」

 「――そうです…! アレックス君は視野も広くて、私は何度も助けられました。」


 俺の言葉に、レイナも賛同してくれる。

 レイナも扉から顔を覗かせていた所から、アレックスの前に遮るように立ってジョンを見る。


 「これは家族の話だ。お前たちには関係ない。」

 「関係あります。僕達は家族では無いですがパーティーです。アレックスには才能があって、居て貰わないといけない存在なんです。」

 「………………。」


 ジョンの眉がピクリと動き、少し驚いた顔をした。

 それから朝から大声を出した事で周囲の住人が顔を出し、ジョンの顔を見てヒソヒソと話し始める。恐らくこの街で有名人だからだろう。


 「ジョン、一旦帰りましょう。悪い噂がたったら良くないわ。」

 「姉さん、それは駄目だ。次のクエストがいつ来るのが分からない以上、今連れて帰らないとまた会えなくなる。」

 「それは、そうだけど……。」


 その意見を聞いてジュリーは口籠る。

 そんなジュリーを横目で見たジョンは、短いため息を吐く。

 それからジョンは真剣な目でこちらを睨み、腰に掛けていた剣を引き抜く。


 「アレックス、剣を持て。本当にハンターの才能があるのか、俺が確かめてやる。」


 その顔は真剣そのもので、その覇気は鋭く俺達に突き刺さる。


 「……ああ良いよ! やってやるよ!」


 アレックスは売り言葉に買い言葉でそう返事をする。

 ハワード家の兄弟喧嘩は、とうとう口論から実力勝負へとエスカレーションしたのだった。

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