第89話 叔母へ挨拶
―バティル視点―
俺がこの世界に来て、この村に来て、もう2年が過ぎた。
電気が無い、パソコンが無い、スマホが無い、前世の世界に比べて極端に娯楽が無い。
最初はその事に苦しんでいたが、目標が出来てからはむしろそれが良い効果を生み出すとは想定外だった。
明日も朝が早いのにスマホばかり見て夜更かしする事もなければ、休日に外に出ないでパソコンばかりを見て時間が過ぎて行くことも無い。
部屋に居たって何もする事が無いので自然と部屋から出るし、そうなれば自然とやるべき事をやるようになっていた。
この世界に来て、エルザに憧れた俺はハンターとなり、今ではBランクにまでなった。
まだまだ全体の真ん中というレベルなのだが、実際にハンターとして活動してみて、生半可な気持ちではここまで来れないと思っている。
少なくとも、生前の俺では途中でへこたれて辞めていただろう。
ハンターという職業は命のやり取りであり、血の滲むようなトレーニングをしなければならない。
以前の俺ならすぐに別の仕事へ転職していただろうが、今の俺はなりたいと思った目標に向かってただ全力で走っている。
前世の世界より不便だし、前世の世界では考えられてない位に馬鹿でかい生き物が跋扈している危険な世界だ。
だけど、今の俺は以前よりも生きるのが楽しい。
――――――――――
午前の稽古が終わり、エルザとアレックスと一緒に昼食を食べ終えた時にエルザが口を開いた。
「そろそろ、姉さんに会いに行こうか。」
「……?」
エルザの口から『姉さん』という単語が出て来て一瞬その単語が何なのか分からなかった。
「…あぁ! そう言えば、お姉さんが居るんでしたね!」
「ああ。」
2年前に一度だけ姉妹がいると聞いた事があったのを思い出す。
確か、「エルザは昔から剣の才能があったのか。」的な事を俺が質問して「小さい頃はお姉さんの後ろに隠れているくらい気弱な正確だった。」的な話をした記憶がある。
要するに、小さい頃は剣など握った事が無いし、強くもなかったという返答が返って来たはずだ。
「姉さんにバティルを紹介したいし、そろそろ家族でどこかに行ってみたいと思ってな。……その、どうだろうか?」
『家族』という単語に、今の俺に違和感は微塵も感じなくなっていた。
たった2年と思えるだろうが、俺達にとって、この2年はまさに家族の関係だった。
まともな家族関係を知らない俺にとって、家族と言うものがどういう物なのかを正確には分からない。でも、エルザから向けられる愛も、俺からエルザに向ける愛も、濁りの無い純粋な家族愛の様に感じていた。
「ハイハ〜イ、俺も行く俺も!」
エルザが恐る恐るといった感じでこちらを見ながら聞くのに対して、俺が答える前にアレックスが返答をする。
「いやいや、何でお前も来るんだよ! 家族の顔合わせをするって話だろ。」
「剣聖エルザの姉だろ? 俺も会いに行きてぇよ!」
「い〜や、お前は留守番だね。」
「えぇ〜! ねえ、俺もついて行って良いでしょ!?」
俺と話しても話が平行線を辿ると感じ取ったアレックスは、エルザの方を振り向き、懇願するような目でそう言う。
断るのだろう。と思ったが―――
「ああ、レイナも連れて4人で行くつもりだ。」
俺の予想とは違って、エルザは俺達全員を連れてお姉さんの所に行くと決めていたらしい。
そんなエルザの返答に対して、アレックスは「ヒャッホーイ!」と席から立ち上がって喜びの舞をして心情を表現する。
家族の顔合わせに何でアレックス達も連れて行くのか分からなかったが、そんな俺の疑問はすぐにエルザが説明してくれた。
「―――というのも、姉さんにはバティル達の装備を作ってくれという話を手紙でしていたんだが「寸法が分からないから連れて来い。」という返答が返って来ていた。それで、もうそろそろ良いんじゃないかと思ってな。」
『俺達の装備を作る。』
そう言われて気が付いたが、確かに俺達の、というか俺の装備が大分古い事を思い出す。
レイナはソフィアのお古を使ってはいるが、以前のコートの件といい、それなりに良い装備をしているらしかったし、アレックスの装備も使い込まれた雰囲気を感じる。
だが、アレックスの防具は未だに修復不可能なレベルで変形したりしている所を見た事が無いので、結構いい素材で出来てるのだろう。
それに比べて、俺はこの村で出来た安物ばかりを使っていたし、剣以外の装備はいつも変形して買い替えてばかりだった。
一応、ちゃんとした物を買おうと思った事もあったが、今の俺は成長期に入っているという事もあり、買ってもすぐに使えなくなるのではないかと考えて安物を買っていたのだった。
「というか、お姉さんは鍛冶屋なんですか?」
「ああ。もうそれなりに長くやってるはずだから、良いのを作ってくれるぞ。……この剣も姉さんが作ってくれた奴だ。」
そう言ってエルザは愛刀を鞘から出す。
その刀身は漆黒に染まり、窪みが剣先まである見慣れない形をしていた。
確かエルザは、炎を発火させる魔剣であると言っていたはずだ。
……まだ見た事は無いが。
「あれ……? じゃあ、魔剣も作れるって事ですか!」
ファンタジー世界の醍醐味である、前世には無い魔法の剣!!!
剣士なのに剣からビームを出したり、「◯解!」と叫んで変身したりするあれが出来るのか!
「あ、ああ。…まあそうなんだが、その、バティルの剣は、その、バティルの魔力が無いから、魔剣には……。」
「……………。」
そう言えばそうだった。
俺の魔力は豆電球くらいの魔力しか無いのだ。
もし魔剣を使ったとしたら、俺はその直後に動けなくなるだろう。
そもそも魔力を出すという感覚も分からないのに、魔剣を貰ったとしても宝の持ち腐れになるか。
「まあ、そんな落ち込むなよ! 俺だって魔剣を渡されても使えないしさ!」
俺の至った結論にアレックスも行き着いた様で、アレックスは「お前だけじゃないぞ」と励ましてくれる。
「まあ、そうだよな。……え、アレックスも魔力扱えないの?」
「おう、使えないぞ。」
「俺は使ったら駄目なくらい魔力が少ないからやろうとするのも駄目だけど、アレックスは違うんじゃないの?」
「そりゃあ、俺はそれなりに魔力はあるけど、魔力の流し方なんか知らん!」
うん。コイツの慰めはちょっと違ったな。
これはあくまで現状の話であって、多分エルザに流し方を教えて貰えば出来るようになるやつだ。それに対して、俺はそもそも一生使っちゃ駄目なので、アレックスとは少々事情が違う。……畜生ッ!!!
「まあ、その、アレックスに魔力があるのはこの間の時に確認したから、今回、姉さんには魔術刻印が入った盾を作って貰うつもりだったんだが……。」
「でも俺、使い方分かんないよ?」
「魔法使いみたいに自力で魔力を変換しろと言ってる訳じゃない。魔剣は魔力を流したら勝手に変換してくれる物だ。魔力を流すくらいならそんなに難しくない。」
「おぉ! じゃあ、俺も魔法デビュー出来るって事!?」
「ああ。まあ、お前が魔力を扱えたらの話だが。」
「やったぁぁぁ!!!」
俺が嫉妬の目で見ているにも関わらず、アレックスは周りの事など気にせず再び喜びの舞をし始める。
エルザの言うように、魔力はあるが扱えないかも知れない。
しかし、そんな事は絶対に無いと確信を持っているのだろう。
アレックスは、出来る前提で喜びの声を上げていた。
煽っているのかと思いカチンと来るが、アレックスがそういう嫌味なマウントはしないと分かっているし、何より目の前で純粋な笑顔を見せられては何も言えない。
「それで、お姉さんは何処にいらっしゃるんですか?」
これ以上、魔剣の話をしたくない俺は話を変える。
「『イクアドス』だ。」
それを聞いた俺の感想としては「聞いた事無いな」という感想だった。
しかし、さっきまで喜びの舞をしていたアレックスはその地名を聞いた瞬間、その場で固まる。
「行くのに1ヶ月掛かるから、結構な遠出になる。出掛ける前に持ち物とか、戸締まりはちゃんとしておかないとな。」
行くのに1ヶ月!?
そんなに掛かるのか!!
帰って来た頃には今年の夏が終わってるじゃないか!
「イ、イクアドス……?『イグメンテス』じゃなくて……?」
「ああ、そこまでは行かない。イクアドスだ。」
なぜかアレックスが冷や汗を掻いて青い顔をしている。
「どうしたんだよ。なんかあったの?」
「い、いや…! 何でも無い…! 大丈夫、俺も行く……!」
明らかに大丈夫そうではないが、ここでこれ以上アレックスに何か聞いても答えなさそうな雰囲気を感じたので、俺もこれ以上は聞かないでおこう。
とにかく、俺達は『イクアドス』という場所に行く事になった。
エルザのお姉さんとの事だが、俺はエルザに姉妹の事をほとんど聞いた事が無いのでよく分からない。
エルザが幼少期の時に両親は亡くなっているとは聞いているので、恐らくエルザの唯一の血縁者という事になるのだろう。
これからも顔を合わせる事があるかも知れないし、失礼の無いようにしなくては。
それにしても、姉妹という事だし、きっとエルザに似て別嬪さんなんだろうなぁ。
……ぐへへっ。




