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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−4 『Aランク昇格編』
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第88話 アレックスの日常(2)

 「お邪魔しま〜す!」


 ソフィアに促されて家に入る。


 「はーい。…で、アレックスは何でテアンに襲われてたの? なんかした?」

 「いや、なんにもしてないよ。ただ庭の薬草を眺めてただけで…。」

 「何〜、気になるの〜?」

 「ま、まあ。進捗はどうなの……?」


 ソフィアは、俺が魔法に興味を持った事が嬉しいのだろう。

 微笑んでいた口角が更に上がり、ニヤニヤと表現していいだろう表情に切り替わる。


 「進捗はそれほど進んではないわね! でも、まあこんなもんでしょう。」

 「ふーん、それで良いの?」

 「ええ、これで良いのよ。研究っていうのはね、長い道のりなのよ。

 沢山の人が頭を使って、沢山時間を掛けて、沢山の実験をする。

 もしかしたら、私の研究は死ぬまで完成しないかも知れない。

 でもこの研究資料を見た次の人が、私の研究を糧に更に進められる。

 そうやって、今でも研究が受け継がれ、改良しているのを私は見て来た。

 難しい問題ほど、そうやってバトンを渡して先に進めていく物だから、私は焦ったりしないわ。」

 「……ふーん。」


 正直、俺にはよく分からなかった。

 自分のやって来た事が報われなくても良いというのはどういう事なのだろう。

 ソフィアの言い方的には「将来報われるから」という事なのだろうが、自分の代で解決し、スッキリした方が良くないか?

 頭の良い人の考えはよく分からん。


 「へ〜、ソフィアさんの研究って、そこまで難しい物なんですか?」


 ここまで黙って聞いていたバティルも口を開く。

 その問いに対してソフィアが応えようと口を開こうとした所で、それよりも速くレイナが口を開く。


 「そりゃあ、もう!!」


 黙って昼食のお弁当を食べていたレイナが興奮気味に立ち上がり、それからレイナはソフィアの研究の難しさを語る。


 「この研究は魔法変革期にも沢山研究されて、沢山の天才達がそれでも解決できなかった研究なんだよ!

 これまでの研究で固定の回復が出来る所まで来たけど、それでも人間側の個体差がバラバラだから、市販で販売する事は出来てない状態なんだ。

 でも、もしソフィアさんの研究が実現できたら、それはもう歴史に名を残す偉業になるよ。だってもしも完成したら、魔法変革期の時みたいな魔法の革命が起きるのは必須だもん!

 魔法変革期の引き金になった『ソルトマン』と同じレベルの偉人だよ!」


 興奮が最高潮に達しているレイナに、俺達は呆然とするしかなかった。


 「あ、あぅ…ごめん。」

 「い、いや、今のレイナの説明でなんとなく凄いのは分かったぞ……。」


 恥ずかしくて縮こまるレイナに少しでも立ち直れるように声を掛ける。


 「魔法変革期、か。その時代ってどういう変革があったんですか?」


 レイナの熱弁に感化されてか、バティルは興味深そうにレイナ達に聞く。

 すると、そんなバティルの疑問にレイナとソフィアは再び目を輝かせる。

 ……ほんと、似た者師弟だった。


 それから時間いっぱいまでソフィア達はその時代の事をバティルに語ってみせ、俺達は午後の稽古をしに帰宅するのだった。


――――――――――


 夕日が紅く染まり始めた頃。

 各々の練習をしていた中で、エルザが声を掛ける。


 「よし、そろそろ終わりにするか。」

 「「はいっ!」」


 エルザのその号令で俺達は剣を振るのを止め、今日の稽古が終りを迎える。

 それから他愛もない話をしながらエルザの家に上げて貰い、汗を拭かせて貰ってから帰路に着く。


 「ただいま〜!」

 「は〜い、お帰りなさ〜い。」


 いつもの笑顔で、ハンナさんは出迎える。

 ハンナさんと短い世間話をした後、部屋の掃除などの家事を一通りした。

 それから、俺は夕食を食べる為に集会所に向かうのであった。


――――――――――


 夕焼けが微かに残る空の下を歩き、集会所に入るといつもの面々がすでにテーブルに座っている。


 「おう、アレックス! ルーシー、アレックスが来た。いつもの持って来てくれ!」

 「は〜い!」


 俺が来るや否や、酔っ払いのサイモンがカウンターに居る受付のルーシーに、俺の夕食を注文する。


 「アレックス! アブールレザルを狩ったんだってな! なんかバティルのが調子悪いって言ってたが、苦戦でもしたんかッ?」

 「いや、別にそんな事は無かったよ。今日の朝、眠そうにしてたから寝不足だったんじゃないかな。」

 「あぁ、そういう事か! なんだ良かったぜ、お前たちがアブールレザルで躓いちまったのかと思ったわ!」

 「そんな訳無いじゃん。俺達『黒翼の狩人』は龍神を討伐するんだぜ! Bランクでなんかで躓かないよ!」

 「うぐっ…、それはBランクの俺に効くからやめろぉ!」


 サイモンの悲痛なツッコミを聞いていた周囲のハンター達は「ガハハッ」と笑い、元々はしゃいでいた大人たちはますます盛り上がる。


 「お前たちがBに上がってそれなりに経ったろ? もうそろそろ昇格しねぇのか?」

 「う〜ん。そこら辺はエルザに任せてるから、俺には分かんない。」

 「その歳でAランクなんて見た事がねぇが、お前らみたいのがSランクに行くんだろうなぁ。」

 「俺はお前と違って村に出て『イクアドス』に行ったからよぉ、Sランクになったパーティーを見た事あるぜ! そん時ゃ、どんな厳ついメンバーなのかと思って見てみたらよぉ、全員若くてビックリしたぜ! 強ぇ奴は若い時から強ぇんだってその時に知ったからよぉ! オメェらは間違いなくSランクになる! 俺が保証する!」

 「ガハハハッ! おめぇ、Cランクが保証しても素直に喜べねぇだろ!」


 酒に酔った愉快なおじさん達に囲まれて、それ以降も楽しく食事をしながらワイワイ話した。

 バティルはこういう、時には支離滅裂な会話があったり、なんの話をしているのか分からない、年上の世代の話なんかが飛び交う飲みの席があまり好きでは無いそうなのだが、俺はみんなが楽しくしている空間が好きなので毎日ここで夕食を食べに来ていた。


 「『双翼の狩人』と『黒翼の狩人』か、黒翼はお前が考えたんだろ? 良いセンスしてんじゃねえか!」

 「でしょ! でも、バティルはあんまり乗り気じゃなかったんだよなぁ〜。」

 「ハハハッ! まあ、あいつはエルザに似て、カッコイイ名前とかには興味なさそうだよな。」

 「あぁ〜、分かるぞ! 実用的かどうかが大事であって、見てくれとかパーティー名のカッコ良さ何かは興味なさそうだな!」

 「正にそうなんだよ! なんだったらさ、俺がパーティー名をそろそろ決めようぜって提案したら「別にいらなくない?」なんて言ってたんだよ!」

 「「ガハハッハハハ!!!!」」

 「バティルらしいと言えばバティルらしいな!」

 「エルザ達のパーティー名も、周りが言ってたから自然とそうなってたって言ってたからなぁ〜。」

 「強くなる奴は取捨選択が出来てんのかねぇ〜。」

 「でもさぁ、パーティー名くらい決めたいよなぁ!!」

 「まあ普通はそうだよなぁ〜。」


 そんな話をしながら、俺達は夜まで騒ぐ。

 それ以降も、目の前に運ばれた夕食を食べながら、歳の離れたおじさん達と楽しく過ごした。


――――――――――


 夕食が終わった後は、宿舎に帰って浴室で体を拭く。

 それから、就寝前の日課である装備の手入れをする。


 水猿流の象徴でもある盾を綺麗に磨く。


 この日課を俺に叩き込んだのは、俺の水猿流の先生だ。

 「物を大事にするという事と、手入れをしていると盾の大きさや厚さが段々と理解できるようになる」という教えに習って叩き込まれたのだった。

 最初は面倒臭がって嫌々やっていたのだが、やっていく内に言っている事が理解し始め、ガード漏れによる怪我が減ったのを実感し始めてから自主的にやるようにまでなった。

 ガードには距離感やタイミングがとても重要で、それが出来るには持っている盾がどの様な形でどの様な曲線をしているのか、そういった物をきちんと把握している必要がある。


 『そうですか……。坊っちゃんがそうしたいのであれば、私は引き止めません。』


 俺が家出をすると唯一、前もって言った先生の顔を思い出す。

 その顔はどこか寂しそうで、しかし、応援してくれていると分かる真っ直ぐな目でそう言ってくれていた。


 俺は1人で生きてみたい。

 才能ある家族達と比べて劣等感を抱いて凹んだり、兄貴に「才能がない」と言われて凹んだりするのは、もううんざりだった。

 そして、そんなムカつく兄貴が認めた天才、エルザ・オルドレッドに会ってみたかった。


 あの家から離れて、あの家の最強が認めた天才の元で強くなろうと決めて家を出た。


 そして、その判断は間違いではなかったと確信している。

 水猿流の技術が向上している訳ではないが、エルザは実戦をとても重要視している人なので、実戦の経験値があの時に比べて格段に跳ね上がっている。

 先生が悪い訳では無いが、先生はどちらかと言うとソフィアと同じ考え方をしていて、基礎をとにかく叩き込んでからという考え方だった。

 なので、あの頃は実践経験が極端に少なかった。


 だが、あの時に先生が基礎を叩き込んでくれたから、実戦で応用が効いているのだと最近は気付き始めている。


 エルザは天才型で、バティルも天才型だからあのやり方が上手く行っているが、天才型じゃない人、それも子どもなら尚更、実戦重視のやり方に着いて行けるとは思えない。

 だから、先生の基礎を叩き込む教えを今になっては感謝していた。


 俺は就寝前のルーティーンを終え、耳を畳んで眠りに付くのだった。

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