第86話 タンクの戦い
シンッと静まる森の中で、突如、けたたましい音が森に響く。
先程まで静寂が森を包んでいた世界から、緊張が走る物音に周囲の小動物たちは一斉に避難する。
ある者は危険を知らせる甲高い声を周囲に発して空へ飛び立ち、ある者は静かに生い茂る草木を掻き分けて疾走し、ある者は自身の巣穴へ避難して危機が避るのをじっと待つ。
しかし、そんなすぐに戦闘が終わる事は無く、次第に物音はエスカレートして行く。
木がへし折れる音、鉄がぶつかる音、草を掻き分け疾走する音。
3人のハンターに囲まれたモンスターは警戒心を最大限に上げ、アドレナリンが出た体は体温が上がり、呼吸が速くなる。
モンスターの名は『アブールレザル』。
トカゲの様な体をしていて、その背中には甲羅を背負っている。
これだけの説明を読めば亀を想像するだろうが、背中の甲羅はどちらかと言うとアルマジロのように縦長で、甲羅以外の身体部分は、先述したどちらの動物よりも細身で、トカゲに近い細さをしていた。
甲羅の重さを感じられない素早い動きで動き回り、奇襲したハンター達を警戒している。
推奨討伐ランクは『Bランク』。
上半分は甲羅で覆われている所為で剣は通らず、足や尻尾を切ろうにもその速さで翻弄される。
頭部の近くを攻撃するとその巨大な頭と口でハンターを丸呑みしてしまう為、アブールレザルの正面に立つ時は特に注意しなければならない。
そしてこのモンスターの一番特徴的は、その攻撃方法だ。
先述した口での攻撃もするのだが、アブールレザルはその背負った甲羅で攻撃を仕掛けてくる。アルマジロの様に丸くなり、しかしアルマジロより縦長の、タイヤの様な形状で転がり始めて突進をする。
避ければおしまいという訳ではなく、なんとアブールレザルはそのままドリフトをして敵を追いかけ回す。
付いた異名が『大車輪』。
10メートルを超える巨体が丸くなり、車輪のような形をして襲ってくる姿は圧巻である。
――――――――――
―アレックス視点―
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
戦闘が始まって暫く攻防が続き、相手の行動が分かって来た所で、アブールレザルは異名通りの車輪の姿になって襲い掛かる。
運悪くその標的になったのはバティルで、一番ダメージを与えた腹いせなのか、バティルは真っ先に車輪に追いかけ回されていた。
その追跡能力は凄まじく、回転している所為で平衡感覚も分からない事に加え、丸まっている事で前方の視界は無いはずなのにも関わらず、アブールレザルは見事にバティルを追尾して追い掛けている。
「誰かぁ! コイツを止めてくれぇ!」
巨大な車輪に追いかけ回されているバティルは泣きそうな声で叫ぶ。
タンクである俺が出ようとするよりも速く―――
「任せて!」
近くにいたレイナが割って入り、魔法を発動する。
レイナは杖を走り回るアブールレザルへ向け、師匠であるソフィアと同じお得意の氷を瞬時に作り出す。氷塊はアブールレザルの弱点である皮膚の部分が見える横を向いた瞬間を狙い、キュンッと言う風切り音を残して着弾する。
「ガアッ…!!」
アブールレザルは短い悲鳴を上げて横転する。
前進するアブールレザルの体と、レイナの横からの衝撃で、揉みクシャになりながら地面を転がる。横からの強襲に、何が起こったのか分かっていないアブールレザルは、その場でジタバタとしていた。
「バティル! やるぞ!」
アブールレザルが立て直す前に、この隙を最大限生かさねばならない。
そう判断して、「ゼー、ハー…」と深呼吸しているバティルに声を掛ける。
「……――っ、ああ!」
バティルも切り替え、パニックになっているアブールレザルへ向かう。
俺は真っ先にアブールレザルの正面に移動して剣を振る。
目を潰せれば良かったのだが、暴れるアブールレザルの頭は的を絞る事が出来なかったので取り敢えず首元に剣を振り下ろした。
攻撃が当たりやすい場所を狙ったが、首付近には前足もあるので安全とは言えない。鋭い爪が、パニック状態のアブールレザルの所為で予測不可能なくらい暴れている。
そんな中を何とか避けて攻撃しても、今度は硬い皮膚が俺の攻撃を受け止める。
流石はBランクモンスターなだけあって簡単には刃を通してはくれず、厚い皮を切り裂く位で止まってしまう。
だが、それでも構わない。
俺の役目はアブールレザルのヘイトを集める事であって、ダメージを深く与える事ではない。攻撃は信頼する仲間に任せる、それがパーティーと言うものだ。
「フッ―――!」
俺の気持ちに答えるように、攻撃役であるバティルが力強く剣を振り下ろす。
高速で振り下ろされたその剣は、見事に急所である腹を寸断し、俺より深く切り傷を与えていた。
「――――キュッ!!!」
アブールレザルにダメージがあったのか、アブールレザルは短い悲鳴をする。
それからその場で丸くなり―――
「オワッ―――……!?」
殻にでも籠もったのかと思いきや、丸まったと思った直後に急速回転する。
その攻撃により、アブールレザルの傍にいた俺達を強制的に弾き飛ばす。
硬い甲羅が目の前で高速回転し、咄嗟に前へ出した盾とぶつかる。
盾はギャリギャリギャリッ……!!と削られる様な音を立てる。
もし目の前の攻撃に巻き込まれていたら、ぶつかった箇所はヤスリで削られたみたいにズタズタになっていそうな攻撃だった。
「バティル!」
「大丈夫!」
俺は盾で防いだから問題ないが、近くにいたバティルは大丈夫だろうかと思い、声を掛けたが問題ないようだ。
アブールレザルはその回転の勢いのまま立ち上がり、腹と首から血を流してこちらを睨む。
「キュアッ、キュアッ、キュアァァァァァァ!!!!」
独特な鳴き声で威嚇をする。
なんだか可愛らしいと感じる鳴き声とは裏腹に、その巨体と爬虫類特有の鋭い顔と目は迫力がある。傷を付けられた事でアブールレザルの頭は血が昇り、絶対に殺すと言う意思を持った目でこちらを見ている。
アブールレザルはすぐさま行動に移り、再び助走を付けて車輪へと変化をする。
しかし、先程とは違って今度は俺の方へ突っ込んでくる。
何を思っての行動かは分からない。
視界に長く写っていたからなのか、一番手強い相手だと思ったのか、またはその逆か。
考えてもわからない事だが、アブールレザルは真っ先に俺の方へ転がり始まる。
「へへっ!」
向こうから真っ向勝負で突っ込んで来る。
このシチュエーション、その心意気、どれを取っても俺の大好物だ。
盾を持つ者として、ガチンコでぶつかるのが一番面白い!
……まあ、水猿流は攻撃を流すのがメインだけど。
「シャアッ、来ぉい!!!」
―――ゴンッ!!!
気合の声を出した直後、10メートルを超える巨体から出来た大車輪を真っ向から受け止める。
先程同様、構えた盾はギャリギャリギャリッ……!!!と火花を散らし、俺の足は地面にめり込む。視界いっぱいに巨大な甲羅が高速回転しているが、その巨体がそれ以上進む事は無かった。
「へへっ!」
それを確認し、まだまだ余裕のある俺はさらにギアを上げる。
ブレーキとなった右足以外の力を抜き、回転するアブールレザルは、ほんの少し前進する。
ほんの数ミリ、1秒も満たないその刹那、今度は全身の力を入れて前へ突き出す。
水猿流『剛の型 金剛跳』。
―――ドンッ!!!!
先程まで前進するために回転していたアブールレザルの巨体は、急遽、轟音と共に全く逆の方角へと吹き飛ぶ。宙を舞うアブールレザルは自慢の甲羅が砕け、衝撃を逃がす事が出来なかったアブールレザルは口から血を吐き出す。
恐らく内蔵をやられたのだろう。
しばらくの浮遊を体験した後、その巨体は地面に激突する。
地面に叩き付けられたアブールレザルが起き上がる事を警戒して、バティル達が武器を構えるが、それ以上アブールレザルは起き上がる事は無かった。
「はっはっは!!! 見たか、これが最強の盾だぁ!!!!」
盾を空に高々と上げ、盛大にそう叫んだ。




