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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−3 『乱獲事件編』
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第85話 母の悩み3

 ―ソフィア視点―


 ―――コトンッ。


 エルザの前に紅茶を注いだティーカップを置く。


 「はい、ど〜ぞ」

 「ああ。」


 バティルの誕生日会から数日が経ち、普段の日常に戻った私達は机を囲む。


 「この間の誕生日会、喜んでたみたいで良かったわね。」

 「ああ。」


 いつも通りの端的な返事だが、誕生日会のバティルの喜んだ顔を思い出したのだろう、エルザの顔は微笑んでいた。


 「ああ、それと、その……色々と準備を手伝ってくれてありがとう。」


 エルザからのストレートな感謝に私は一瞬思考が停止し、キョトンとした顔になる。それからエルザの感謝の言葉を脳が処理し、その素直な感謝の言葉を受け止める。


 「ふふ。別に良いのよ。……ケーキを食べた時なんかすごく喜んでたわね!」

 「ははっ、ああ。」


 ケーキのレシピを手に入れるのには、それなりに面倒な事はあった。

 だが、それを度外視してでも盛大に祝わせて欲しかった。

 エルザにとって、バティルは特別な存在なのだろうが、私にとってもバティルは特別な存在なのだから。


 廃人の状態から回復したエルザだったが、それでもエルザの心の傷は癒える事は無かった。


 バティルと出会うまでのエルザは、ただ生きているだけの存在だった。

 話もする、食べもする、仕事も難なくこなす。

 ちゃんと全てを理解し、ちゃんと反応を返してくれる。

 ……でも、エルザの心はどこか遠くへ行っている様な状態だった。


 今でも覚えている、バティルと出会う数日前。


 いつも通り朝からエルザの家に向かい、エルザの状態を確認する日課をしに行った時の事。

 いつも通りのノックをし、いつも通り魔法で鍵を勝手に作って勝手に家に入り、いつも通り扉を強く開けて軋む音が玄関を響かせる。

 そしてそれに、いつも通りエルザがツッコミを入れるのだ。


 しかし、その日はツッコミが入らなかった。


 「どうしたのか」と顔を除くと、椅子に座ったエルザはティーカップを片手に窓を見ていた。その顔はとても寂しげで、心ここに非ずとは正にこの事だろうと言えるくらいの放心状態だった。

 窓から差し込む光に吸い込まれてしまいそうな、再びどこか遠くに行ってしまいそうな、そんな顔で窓を見ていた。


 それを見た私は、胸を締め付けられる気持ちでいっぱいだった。


 エルザにとって、本当にこれで良かったのだろうか。

 エルザからしたら、生き地獄なのではないか。

 私のエゴで生かしてしまっているのではないか。

 様々な事が頭を過った。


 でも、

 それでも、

 エルザには生きて欲しかった。

 エルザには生きて幸せになって欲しかった。


 だから、今のエルザがこんなにも笑顔が増えた事が嬉しい。

 生きる活力があるのが嬉しい。


 そして、そうしてくれたバティルには感謝している。

 彼が息子になってくれたから、愛してくれたから、今のエルザが笑顔になれたのだ。


 「それにしても、もう1年か〜。なんか速く感じるわね〜。」

 「そうだな。だが、速いと感じると同時に、色々あったとも感じるんだよな。」

 「分かる! なんなんでしょうね、これ!」

 「バティル達がBランクに上がったのも、もう2ヶ月前だろ? まだ私的には数週間前の感覚なんだが……。」

 「そうそう。大型モンスターが久しぶりに村の近くに来たって騒いだのなんて4ヶ月前よ! 時間の経過って恐ろしッ!」


 エルザは「そうだな」と賛同するように短く笑い、紅茶で喉を潤す。


 「バティルもドンドン成長してるし、そろそろ服も買い替えた方が良いのかもね。」

 「確かに、色んな物が少し小さくなってるからな。靴とか装備なんかも変える必要があるか。」

 「何だったら、私が用意しようか?」

 「いや、もうバティルもBランクだからな。こういうのは自分の範囲でやらせた方が良いだろう。」

 「そう。……ま、確かにそうね。」


 バティルは見るからに子供だが、Bランクのハンターである。

 Bランクと言うのは、平均的な人間の強さよりも強いのがほとんどだ。

 これは大人の平均の強さの中での話である。

 という事は、バティルの肉体的は成人男性の平均より強いという事になる。

 この間の甘いケーキに喜んでいる少年は、肉体的に大人の世界でもやっていけるだけの物が既に備わっていて、ハンターと言う職業の中でも、金銭的に大人の支払いを受け取っている。

 だからエルザは、1人でやりくりする世界をもう教えようとしているのだろう。


 「………………。」


 そんな事を考えていると、エルザは何だか複雑そうな顔になる。


 「何よ、どうしたの?」


 さっきの会話でそんな顔になる要素なんてあっただろうか。

 エルザは一見強そうに見えて、大切な物などの事になると、か弱い一面を見せる。

 その不安をいち早く察知し、なるべく相談を聞いてあげるのが吉という事を知っている私はエルザに聞く。


 「いや……何と言うか……バティルは今年で13歳だろ?」

 「そうなるわね。」

 「あと2年で成人になるから、大人になったら独り立ちするのかなって考えると、少し寂しくてな。」

 「…………。」


 確かにそうなる可能性はある。

 だが、別にそうなると確定している訳でもない。


 「別にそうなるって確定している訳じゃないじゃない。もしかしたらこのままこの村に留まる可能性だってあるわよ。」

 「まあ、そうなんだが……それはそれで何と言うか、不安というか。」

 「どういう事?」

 「私は強制的にだが外の世界を知る事になった。そこで色々と苦しい思いもして来たが、そのおかげで色々な事も学んだ。だから、バティルにも外に出て色々経験して欲しいっていう気持ちもあるんだよな……。」


 これまでもエルザの教育方針について話をした事は何度もある。

 そして、この話は確かに何度か聞いている話で、今まで保留にしてきた話だった。

 しかし、成人に近付くバティルに対して、そろそろ決断する時なのかも知れないとエルザは考えているのだろう。


 「まあ、あと2年間はあるんだからさ、まだ保留で良いんじゃない?

 そんで、バティルがどっか行っちゃう前に、一杯愛情を注いで起きなさい。」


 なんの解決にもなっていないが、私はそう言ってエルザを元気づける。


 「ああ、そうだな。」


 エルザもそこは分かっているだろうが、何も言わずに受け答えをする。


 幸せそうに笑うエルザを見て、私も笑う。

 あの壮絶な経験をして来たからこそ、この一瞬一瞬が幸せだった。

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡



 「そろそろ、姉さんに会いに行こうか。」

 「それで、お姉さんは何処にいらっしゃるんですか?」

 「『イクアドス』だ。」


 「―――私の息子のバティルだ。」

 「そうか、お前か。」


 「坊っちゃん―――ッ!!」

 「――先生!」

 「―――げぇ!?」

 「クソ兄貴!!」


 「私達には「一人前のハンター」の条件がある。」

 「1人で大型モンスターを討伐する。」


 舞台は代わり、バティル達は『イクアドス』へ!

 アレックスの兄弟と会い、力を示すためにする事は、まさかの1人で大型モンスターの討伐!?

 葛藤するアレックスは大丈夫なのか!?



 次回『 Aランク昇格編 』  ―――――乞うご期待!!



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