第84話 希望の芽
―ソフィア視点―
バティルがこの村に来て1年が経過した。
この1年でバティル達はハンターとしてメキメキと成長し、2ヶ月ほど前、見事Bランクハンターになる事となった。
私の見立て通り、バティルの強さは他とはレベルが違う。
バティルは戦闘を経験すればするほど強くなり、成長とともに身に纏う武気も強まっている。本来、武気はそこまで変動する事は無いのだが、バティル曰く「馴染んでいく感覚があると同時に、底が分からない感覚がある。」との事だった。
武気は魔力の様に水晶で確認はできない事から、その人物がどれ程の武気をもっているのかを知るには、本人に武気を出して貰うしか無い。
ある程度、成長とともに強くなったり鍛えて強くなる事はあるが、「底が分からない感覚」と言うのは聞いた事が無い。
バティルが嘘を言っている様子も無いし、この目でバティルの武気が強まっているのを確認しているので、彼の特異な体質なのだろうと思う。……やはり覚者か?
それに、レイナやアレックスの成長も目を見張る物がある。
アレックスはこの1年で内面も外見も成長し、見るからに成長期に入っているのが分かる。バティル達より1歳年上という事もあり、一足先に第2成長期に入ったのだろう。
技術的な成長もちゃんとしていて、攻撃を受け流すキレも良くなり、剣を振る威力も以前とはぜんぜん違う。
タンクとしての役割も、実戦を経験していく中で蓄積していき「視野が広くなっている」とエルザの太鼓判が押されていた。
レイナは、私の弟子という事で色眼鏡があるかも知れないが、この1年で一番伸びたのではないかと思う。
元々、初めから良かった魔法の命中精度は更に向上し、今では戦闘中に目を瞑ってでも標的に当てられるのではないかと思えるくらいの正確さをしている。
移動しながらの攻撃は勿論、今では使いたい魔法を事前に準備する『追従魔法』も習得し、咄嗟の援護をする時や回避をしながらの攻撃をする時など、ちゃんと実戦で扱えているらしい。
たった1年でそこまで魔力コントロール出来るのであれば、あと数年もすれば、私の奥義である『フィールド』のコントロールも出来てしまうかも知れない。
――――――――――
「よし、これで準備完了だ……!」
そんな事を考えていると、目の前のテーブルの中心に大きな肉が置かれる。
その肉は焼き立てのいい匂いを周囲に巻き、私達の鼻腔を刺激する。
思考は現在に戻り、目の前の景色に意識を向ける。
エルザの家のテーブルを囲むのは、私を含めて5人。
私、レイナ、アレックス、エルザ、そして、その中心にバティルがいる。
今日はバティルの誕生日。
テーブルにはバティルの好きな料理が並んでおり、肉は勿論、フルーツや甘いジュースが置かれ、バティルの目の前にはシチューが置かれている。
エルザが念入りに準備していたという事もあり、並べられた料理は間違いなくエルザ史上一番の美味しさに仕上がっているだろう。
そんな料理達を目の前にし、バティルも「まだかまだか」とソワソワしている。
バティルの為の時間、バティルの為の会という事もあってか、いつも落ち着いているバティルも、今回ばかりは嬉しさが体から漏れ出していた。
大人びている所が多いバティルだが、こういう姿を見るとやはり子供なんだなと再確認される。
「よぉし! それじゃあ皆、コップを手に取りなさい!」
全員が席に座った事を確認し、私はタイミング良く立ち上がってそう言う。
今度は全員がコップを手にした事を確認し、
「バティル! 誕生日おめでとうーーーー!!!!!」
『誕生日おめでとうーー!!!』
長い口上は必要ない。
知ってる仲、信頼している仲の私達は、おめでとうと短く伝えるだけで良い。
「ありがとうございます!!!」
コップを掲げ、宴が始まる。
「じゃあ、お肉を切り分けますね。」
「俺のはデカくしてくれ!」
「バティル君が優先だよ。」
「じゃあその後!」
「アレックス〜、野菜もちゃんと食べなさ〜い! はいこれっ!」
「えぇ〜、野菜〜? って何かパセリが多いッ!?」
私は味変ように置かれていたであろうパセリ達を集め、アレックスの皿にドサリと置く。山のように積み上げられた野菜の上に、続けてレイナが切り分けた肉を躊躇なく野菜の上に乗せる。
アレックスの皿は、なんか店でヘルシーメニューとして出てきそうな感じの盛り付けになってしまっていた。
「ちょいちょいちょ〜い! なんか俺だけヘルシー過ぎるだろー!」
アレックスもそう思ったらしく、 肉の下の野菜の絨毯を見てツッコんでいる。
「野菜で巻いて食べれば良いのよ! ほらこうやって……ん〜、美味しい〜!」
手本を見せるように野菜で巻いた後、アレックスに見せるように目の前に出してから口に放り込む。
一回目の咀嚼でシャキッと音を立てて野菜を噛んだかと思いきや、その勢いで中の肉から肉汁がブワッと溢れ、何も付けていない野菜に、肉汁というソースが加えられた事で旨味が数段跳ね上がる。
肉を上手く焼けさえすれば、こうして野菜を巻き込んで美味しく出来るのだ。
「んんっ! 確かに美味しい! アレックスもこの食べ方した方が良いぞ!」
肉は肉として食べたい様子のアレックスは、私の食べ方に「えぇ〜…」という様な顔をしていたが、バティルはすぐに実践し、この食べ方の良さに気が付いたようだ。
「肉は肉!」というアレックスの方が子供らしいのだが、この良さを理解するバティルはやはり少し大人びているなと感じる。
「美味しいか?」
「はい! 美味しいです!」
「そうか。シチューはどうだ?」
「ズズッ……、うん! やっぱり母さんのシチューはこれですね! すごく美味しいです!」
「そうか、一応、味付けを変えようかと思ったが、そのままにして正解だったな。」
「はい! 僕にとってこれが『お袋の味』なので、これが良いです!」
「――っ! そうか! おかわりはまだまだあるからな!」
親子の仲睦まじい風景がそこにはあった。
バティルはエルザの手料理を美味しそうに食べ、それを満面の笑みで見守るエルザ。その光景は正に親子であり、子供を見守る母親の目をしていた。
2年前、今日と同じ場所、暗いこの部屋で廃人となってご飯もろくに食べれない状態のエルザに、私が何とかご飯を食べさせたのがフラッシュバックする。
生きる事に絶望し、死にたいと思っても死ねない状態で、廃人となったエルザに対し、静かに食べさせていたあの時とは全く違う。
部屋中に明かりが灯され、エルザと私以外の人たちがテーブルを囲んでいる。
『生きて幸せになる』。
その為にエルザを無理やり生かした私でも、あの時はどうすれば良いか分からなかった。「本当にこれで良かったのか……」と悩む日々が続いていた。
しかし、目の前の光景を見て、エルザの笑みを見て、正解だったのだと確信を持つ事が出来た。
「うおぉぉぉ! すげぇぇぇぇ!!!」
「美味しそう〜!」
「これ、母さんが作ったんですか!?」
「ああ。」
食事がある程度進み、メインとなるケーキをエルザが持ってくる。
金持ちが食べている『ケーキ』と言う物を私は知っているので、そのレシピを事前に仕入れ、素材を集めてエルザに教えたのだ。
私のお金をふんだんに使い、庶民では手に入れられない素材をかき集めて完成させた。
そんな珍しいデザートに子供達は興奮し、それを運ぶエルザは緊張の面持ちでケーキをテーブルに運ぶ。ケーキはバティルの前に置かれ、エルザは慎重にケーキの置かれた皿から手を離す。
子供達は物珍しいケーキに釘付けになり、バティルの近くに寄って興奮している。
それを見てエルザは笑い、「私も食べた事は無いが、ちゃんとソフィアに味見して貰っているから美味しいと思う。」と付け加えていた。
キラキラした光景だった。
これ以上無い、幸せな光景が広がっていた。
こういうのが見たかったのだと思った瞬間、私の目には涙が溜まっていた。
アル君のお墓に行けてはいないので、完全に克服したとは言えない。
それでも、あの時に比べたら物凄く回復している。
きっと全てを清算し、前を向ける日が必ず来る。
そう、希望を持てる光景だった。
「ソフィアさん……どうしたんですか?」
はしゃいでいる男子達から、レイナが私の方へ振り向いて心配の声を掛けてくれる。
「大丈夫、何でも無いわよ……!」
瞼から落ちそうになった涙を手で拭い、席を立ち上がる。
「一番大きいのは私が貰うわよ!」
希望の輪に、私も参加する。
バティルの誕生を祝い、バティルが居てくれる事に感謝し、バティルを盛大にお祝いをした。




