第83話 少年との出会い
―エルザ視点―
アルが死んで1年が経った。
初めの頃よりは大分増しになったが、今だに喪失感は抜け切れていない。
朝、目が覚めても横にアルが居ない。
稽古をしていても、横に剣を振る音はしない。
ご飯を作っても、美味しいと言ってくれる人はいない。
家を出ても、「いってらっしゃい」と言う声がしない。
家に帰ってきても、「おかえり」と返ってくる事は無い。
永遠に続くと思っていたあの時間は、もう帰ってくる事は……無い。
そう思うと、全てがどうでも良く感じてくる。
ソフィアに「生きろ」とお願いされたから生きている。
「モンスターを狩って欲しい」と言われるから狩りに行く。
そこに感情は無い。
抜け殻になった私は、ただ生きていた。
そんな私に少しでも感情を出させようと、ソフィアは色々と悪戯をして面倒な事をするようになった。
普通そうな料理が、実は食べたら咽るくらいの激辛だったり、玄関を開けたら水を被せて来たり、初めの頃の廃人状態の時は、普段着ない様な奇抜な服を着せて暮らさせたりしていた。
そのお陰もあってなのかは判断できないし、したくないのだが、普通に話せるくらいに回復したし、突然発狂する事も無くなった。
以前の生活に戻りつつあるが、それでもまだ清算し切れていない事はある。
アルの死を理解はしている。
アルがこの家に帰って来ない事も知っている。
だが、それでも、アルの部屋とアルの墓には顔を出せずにいた。
それをしてしまうと、自身の何かが壊れてしまう気がして、ずっと踏み出せずにいたのだった。
『私情を取るか、愛する人との約束を取るか。そろそろ決めなさい。』
この言葉は私が話せるくらいに回復した時、ソフィアが言った言葉だ。
また自殺をするかも知れない私に、ソフィアは「お前はどうするんだ」と突き付けた。
『お前が選択しろ』と。
そして私は、後者を選んだ。
アルが居ない事を自覚し、アルの遺言を聞く事にした。
理解は出来る。
でも、受け止める事は出来ない。
そんな日々が続いていた。
――――――――――
「………………………………。」
所々雲が掛かった夜空の下、月明かりを頼りに森を進む。
南東の方角からシャドウウルフの群れが大勢なだれ込んでいるらしく「少し遠いが村の近くの森に入る前に、ある程度討伐して欲しい。」という依頼があったので、そのクエスト受注し、無事にクエストを完了して村に帰る所だった。
「大勢のシャドウウルフ」と集会所で前もって聞かされていたのだが、私が思っている以上に大量だった。
そして、そのシャドウウルフのボスも、それだけの量の子分を引き連れているだけあって相当な強さがあった。
だが、それでもA−くらいの強さだったように思える。
元々シャドウウルフは、Cランクが適正のモンスターなので凄い事は凄いのだが、それでも私の命の危機になる事はなかった。
……命の危機にはならなかったが、その代わりに全身がシャドウウルフの返り血で真っ赤になった。歩く度に靴からは「ドチャッ…ドチャッ…」と沼地を歩いている様な音がして、服からは血生臭い匂いを放っている。
ハンターをしているのでそういうのには慣れているが、今回は経験上でも酷い部類になるだろう。
(速く体を拭きたい……)
なんて思っていると、
「ワオォォォォォォォン!!」
シャドウウルフの遠吠えが聞こえてくる。
恐らく獲物でも見つけたのだろう。
遠吠えをした所でここら辺のボスは私が狩ったので、そこにボスが向かって来る事はない。
それにしても、戦闘した場所から結構離れているのにまだシャドウウルフが居る事に少々驚く。………いや、もしかしたら違うグループの可能性もあるか。
「だ、誰か、誰か助けてくれーーーー!」
「―――っ!」
呑気に考えていると、シャドウウルフが狙った獲物は人間だった様で、甲高い叫び声が聞こえてくる。
急いで声のした場所に向かうと、川岸の砂利の上で全裸の少年がシャドウウルフに襲われていた。
司令塔役のシャドウウルフは、こちらに背を向けていて立っていたのですぐさま斬り倒し、全裸の少年に噛み付いていた2匹も瞬時に斬る。
「―――っ!?」
襲われていた少年の顔を見て、心臓が跳ね上がる。
「ア、アル……!?」
見ると、まるでアルが子供になったかと思えるくらいに似た少年が倒れていた。
「な、なんで……?」
「どうしてここに?」という疑問が脳を駆け巡るが、それよりも少年の傷の具合が良くない。
私は治癒魔法を扱えないのでどうしようかと一瞬思ったが、私の首に掛けている魔石があった事を思い出し、少年の一番深い傷である首元に近づけて緑色の魔石を砕く。
砕けた魔石は緑色の煙を放ち、周囲の生物を無差別に治癒する。
この状況下では、シャドウウルフは死んでいるので治癒されない。
加えて、私も怪我をしていないので治癒の効果はない。
なので必然的に目の前の少年が治癒される事になる。
首から大量に流れ出ていた血は止まるが、それでも太い血管を塞げた位のようで、裂かれた皮膚からは血が流れている。
ただ、生死が分かれる状態からは抜け出せただろう。
「どこの子だ、なんでこんな所にいる。」
アルな訳が無い。
そう判断し、話せるくらいには回復したであろう少年に声を掛ける。
しかし、声を掛けてから選択をミスった事に気が付く。
私の疑問の方が先行してしまい、自分勝手に質問を投げ掛けてしまった。
「ほ・・・他の、お、おお、かみは?」
少し掠れた声で少年は周囲の危険性の有無を聞いてくる。
大声で叫んでいたからパニックになっているかと思いきや、今の私より冷静に状況を判断している。
「殺した。」
普段通り端的に答えたが、またもや選択をミスった事に後から気が付く。
子供相手に「殺した」は良くないな。
こんな深夜の森の中で狼に襲われ、怪我もしていて怖かっただろうに。
目の前の少年は冷静に判断できているみたいだが、体は正直で、全身が恐怖で震えている。
「ああ、こうじゃないな―――――」
こういう時に、どうすれば良いかはソフィアが言っていた。
確か、ニコッと笑顔で「もう大丈夫だ」と言えば子供は安心すると。
「――――狼はいない、もう大丈夫だ。」
これまでの人生で作り笑いをやった事が無いので、ちゃんと出来ているか分からない。……が、笑顔の仕方くらいは分かっているので、無理やり表情筋を動かして笑顔を作る。
ここ1年くらい笑った事が無いからか、私の表情筋は固く、作った笑顔に違和感があって少々不安なのだが、まあ多分大丈夫だろう。
そんな私の言葉を聞いた少年は目を見開く。
助かったと理解したのか、生きているという安堵か。
少年は目を開いて、私の顔をまじまじと見る。
その少年の顔は、やはりアルにとても似ていた。
感動的な再会をしたかのように、互いが視線を混じ合わせる。
もう二度と会えないのだと思っていた想い人が、目の前にいる。
灰色だった世界に色が広がり、止まっていた時間が動き出す。
―――やっと会えた。
そう思った瞬間、少年は泡を吹いて気絶した。




