第82話 罪人
―ソフィア視点―
エルザを倒した直後、完全に脱力し切った状態から来る転がり方だったので一瞬ヒヤッとしたが、近付いて確認すると、ちゃんと脈もあるし呼吸もしていた。
すかさず応急処置でエルザに治療魔法を掛け、最低限の命を繋げる事に成功する。
殺してしまったかと冷や汗をかいたが、何とかなった。
腕に刺さっていた剣を抜き、自分の体もある程度治療してから村に帰った。
――――――――――
エルザが暴れて3日が経った。
何とかエルザの一命は取り止め、命を繋いだ状態だが、今だにエルザは目を覚ましていない。全身を包帯で巻かれたエルザをひたすら看病する日々が続いている。
「……………。」
目の前で眠っているエルザの呼吸を確認し、もしもの事が無いようにすぐ横の椅子に座る。
私の治療魔法の技術はそこらの人とはレベルが違う。
しかし、それでも限度というものはある。
今のエルザに出来ることは全てやった。
これ以上の治癒魔法をするのであれば、エルザが目を覚ましてからだろう。
その後に何かを口に入れないと不味い状態だ。
早く目を覚まして欲しい。
早く栄養を取ってほしい。
そう願う事以外、何も出来ない状態だった。
文献によると、守り神である神獣達は腕が無くなろうが頭が無くなろうがすぐに再生し、そして自分以外の存在も瞬時に再生する事が出来たらしい。
文献にはそれ以上の事は書いて無く、何故そんな事が可能だったのかや、どうすればそんな治癒が出来るのかなどは書いていなかった。
当時その本を読んだ時は、その文献を書いた奴はポンコツだと内心愚痴ったものだが、恐らくその本を書いた人物もその状況を見た訳ではないのだろうから、仕様が無いのだと勝手に納得していた。
治癒魔法の謎は多い。
古代の治癒魔法と現代の治癒魔法には違いがある。
古代の治療魔法は時代と共に無くなってしまった魔法なのだが、私の考えでは、実は現代の治癒魔法より良かったのではないかと思っている。
古代の治癒魔法は、現代に比べて治癒時間が長く、痛みに苦しむ時間が長かったが、現代に比べて人体に与えるダメージは低かったとされている。
怪我で憔悴する事はあれど、現代の様に治癒魔法で憔悴し切ることは無く、人体に優しい魔法だったと本に残されていた。
当時の時代の変化により、速く回復される現代の治癒魔法が重宝され、古代の治癒魔法は引き継がれる事はなかったそうだ。
もしその魔法が現代にも引き継がれていれば、この状態でも少しづつ回復させる事が出来たのかも知れないのに……。
「…………………。」
そんな事をぐるぐると考えていると、この家に近付いてくる気配がする。
その気配はピリピリしている感じで、面倒事の予感を醸し出していた。
――――――――――
玄関の扉をノックされ、素直に扉を開ける。
「こんにちは、こちらはエルザ・オルドレッド様のご自宅でしょうか?」
扉を開けた先には3人の見知らぬ人物と、その後方には村長が疲れた様な、申し訳無さそうな顔で立っていた。
「そうよ。どちら様?」
と、聞いてみるが服装からしてなんとなく察する事が出来る。
真っ先に挨拶して来た目の前の人物は、ハンター協会の御偉いさんが来ている服を着ているので、恐らくハンター協会の人物だろう。
後ろにいる2人は、白と青の鎧を装備しているので都心の警備兵だ。
警備兵は、大昔にあった種族間の争いで出来た役職で、警備や戦争の兵士として活躍していたそうだが、今の時代は街の外の戦いは全てハンターに切り替わっているので、街の中で警備や罪人を捕まえる事を主に活動している。
話を目の前の御えらいさんに戻す。
着ている服は使用人が着ているようなスラッとしている服装で、ハンター協会のギルドハンター達の正装である。
一見軽装で戦えなさそうな雰囲気を醸し出しているが、実際はそこら辺のハンターよりも断然強い。こいつらはハンター協会の裏方役であり、未開の地の調査や、Sランクハンターへクエストを要請する前に、こいつらが下見をしに行くなどの危険な仕事を担っている。………そしてそれ以外の仕事として『犯罪を犯したハンターを捕らえる』という仕事もしている。
「申し遅れました。私、ハンター協会のギルドハンターをしています。ルイスと申します。」
目の前の凛々しい顔の青年は、少し微笑みながらそう答える。
「私はソフィア・ハーノイスです。」
礼儀正しく接するルイスに対して、私は端的に答える。
「エルザ様はいらっしゃいますか?」
「ええ、今は眠っているわ。エルザに話があるなら私が変わりに聞くわよ。」
「それは出来ません。我々はエルザ様に話をしに来たのではなく、用があって来たのですから。……エルザ様のお顔を確認しても宜しいでしょうか?」
そう言われ、後ろで疲れた顔をしていた村長の顔を確認する。
村長は申し訳無さそうに「指示に従ってくれ」とでも言いたげな目で私を見る。
「……分かったわ。でも、くれぐれも今のエルザに乱暴な事はしないように。もしやったら氷漬けにするわよ。」
「………承知しました。」
――――――――――
ルイス達をエルザが寝ている寝室へと入れる。
「あなた達の用はなんとなく分かってるわ。」
「そうですか。でしたら話が早い。」
「エルザを連れて行きたいんでしょうけど、エルザはこの状態だから少し待って。」
「……ふむ。」
ルイスは包帯で巻かれたエルザを少し離れた位置から観察する。
さっきの私の言葉が効いているのだろう。
「それにエルザは悪くない。愛する人をモンスターに殺されて、復讐に駆られてしまった可哀想な子よ。悪さをするためにあんな事をした訳じゃない。」
エルザが乱獲をした理由はそうじゃない。
彼女は『死にたいから』モンスターを狩っていたのだ。
だが、それでは周りを説得できないと踏んで、同情できそうな理由の方で話を展開していく。―――が、
「やった事は事実であり、やった事が全てです。どんな心情だったかは関係ありません。我々は感情では動かない。」
ルイスはきっぱりとそう言う。
目の前の男に、泣き落としは出来なさそうだ。
「ルールはルールです。ルールを破ったのであれば罰がある。そういうルールですから、それに従って貰います。」
「………。」
エルザの苦しみを理解していないコイツを、ぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいになるが、なんとかその感情の濁流を塞き止める。……が、行動には移さなかっただけで殺気となって周囲に威嚇してしまったらしく、後ろに居た警備兵たちはカチカチと小刻みに震えていた。
しかし、村長とルイスの体は震えることは無く、ルイスに至っては涼しい顔で受け流している。………いちいちムカつく奴だ。
「……少し、エルザ様の容態を近くで見ても宜しいですか?」
ルイスは静かに警戒心を高めつつ、私に聞いてくる。
この家に来た時に感じたピリピリとした緊張は鳴りを潜め、落ち着いた様子に切り替わる。
恐らく、私に威嚇しても交渉が上手く行かないと踏んだのだろう。
ルイスは確かに強いだろうが、私ほどでは無い。
そして何より、私がハーノイス家というのも関係してくるだろう。
「ええ、どうぞ。」
「ありがとうございます。―――失礼。」
ルイスはエルザに巻かれた包帯を少しずらし、現状のエルザを確認する。
「……なるほど、これは確かに動かさない方が良さそうですね。」
「納得して頂けたみたいで良かったわ。」
「そうですね。……私共もこちらに来たばかりですので、今回の件の調査をしつつ、エルザ様の回復を待つ事にいたします。」
「……その間に逃げるかも知れないわよ。」
私の言葉にルイスは振り返る。
「そうでしょうか。私は逃げないと思いますが。」
「その心は?」
「あなたはハーノイス家ですから。」
『名家に傷が付く』と言いたのだろう。
ただ、私はそんな物に執着は無い。
もしエルザの身に何かあれば、そんな物はかなぐり捨ててでもエルザを守る。
それが、エルザを愛した者たちに対する私なりの答えだから。
「……それに、減刑する方法は他にいくらでもありますよ。」
「………感情では動かない。なら、感情以外なら動くって言いたいんでしょ。」
「………………。」
ルイスはそれ以上答えない。
しかし「そうです。」とでも言うように、こちらに向かってニッコリと笑顔を向けてくる。
賄賂……では無いな。
恐らく、この男は取引を持ち込んでいる。
ハーノイス家の話を先にしたのは、そっちの方で借りを作りたかったからか。
「この話は後日でいいかしら。エルザがまだ安定してないから、もう少し見ていたいの。」
「ええ、勿論です。―――では後日。」
そう言って何事もなく彼らは帰って行った。
家を出ていく際、村長は何か言いたげにしていたが「大丈夫だ」とアイコンタクトでその場をやり過ごす。
正直、これもこの3日間で予想はしていた事だ。
色々と面倒な事を要求してくるだろうが、話が分かる奴が来て、むしろ少しホッとしている自分もいる。もしかしたら、無理やりあの状態のエルザを牢屋に入れる不届き者が派遣される可能性もあったのだ。
なので、まあまあな結果と言えるだろう。
――――――――――
夜になり、月明かりがエルザの寝室を照らす。
エルザの容態は落ち着いていてるが、目を覚まさない以上、油断ならない状態は続いている。
「まだまだ事後処理が続きそうだわ。……あなたがやった事なんだから、速く目を覚ましなさいよ。」
「………………。」
吐息を立てて寝ているエルザに愚痴を吐く。
何も反応しないと思ったのだが、エルザはか細い声でポツリと寝言を返す。
「………私を……殺してくれ………。」
「……………。」
エルザの瞼には1滴の涙が流れ、包帯へと吸い込まれて行く。
「……馬鹿言ってんじゃないわよ。あなたは生きるの……生きて……幸せになるの……。」
月明かりが照らす空模様にも関わらず、その部屋には雨音が聞こえていた。




