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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−3 『乱獲事件編』
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第80話 閻魔vs氷結の魔女(1)

 ―ソフィア視点―


 「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


 妖刀『紅花』にリミッターは無い。

 あらん限りの魔力を注げば注ぐだけそれに答え、所有者を焼き殺すとしても止まらない。


 エレノアは、別にエルザに死んで貰いたい訳では無い。

 ただ、エルザ自身がリミッターを刻印しないで欲しいと言ったからそれに答えただけだ。最初はその提案を聞いたエレノアも渋ったが、「龍神に一矢報いたい。私達の痛みを少しでも与えてやりたい。」と言うエルザの言葉に押され、この剣が出来上がった。


 私達が住んでいた村を破壊した龍神。


 また出会えるかは分からない。

 「だが、もしも偶然であった時に、姉さんの分まで私が殴っておく」と言われてしまうと、エレノアは作らざるを得なかった。


 「何よ……これ……。」


 私のフィールドが、業火によって溶かされる。

 並みの炎なら一瞬で消えてしまう氷の世界で、その炎は轟々と燃えていた。

 炎の中心には、全てを燃やさんとする閻魔が立っている。


 「ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 閻魔が剣を振った瞬間、私の視界は真っ赤に染まる。

 反射的に氷の壁を作り、ジューッと溶ける音で、目の前には炎が広がったのだと理解する。


 ―――パリンッ!


 次の瞬間、薄い氷の膜でも割ったかの様な音と共に閻魔が入って来た。


 「―――っ!?」


 至近距離で確認したエルザの顔は、もう人の者では無い。

 怒りも、悲しみも、絶望も、もう何も考えられなくなった。

 全てを燃やすための亡霊がそこには居た。


 『私を殺せ!!! 殺してくれ!!!!!』


 あの時の言葉が脳を巡る。


 何故殺される必要があるのか。

 自分で自分を殺せない理由は…?


 それを考える暇を、目の前の亡霊は与えてはくれない。


 至近距離だと目の水分すら一瞬で蒸発し、熱波で目が火傷するのではないかと思える中、死ぬ気で目を開き、エルザの挙動を視界に入れる。


 振り下ろされた剣が、今度は左から右へ横薙ぎに振り払う挙動を確認する。

 それを確認した私は、エルザが振り切る前に全力で左に飛ぶ。


 ―――ボッ!


 横薙ぎに振った剣は、軌道上に炎が飛んで行き、凍り付いた木々を炎上させる。

 直感で剣の軌道に乗せずに回避したが、どうやら正解だったようだ。


 本気で対峙しないと殺られる。


 歴戦のハンターである私ですら冷や汗を流すほどの殺気と攻撃に、こちらも持っている杖に本気の魔力を流す。


 距離を離しながら魔法を発動する。

 エルザの炎すら包むように、エルザの周囲に円形状の吹雪が吹く。

 瞬く間にその吹雪は氷付き、分厚い氷の壁となってエルザを密封した。

 それを確認した私は、その円形の壁の上に巨大な氷の塊を作り出す。

 巨大な氷塊は、大型モンスターを包めるレベルの大きさをしていて、1人の人間に対して攻撃するには過剰すぎる大きさをしていた。


 ―――キュンッ!!!


 そんな巨大な氷塊が、自由落下ではあり得ない急加速で一気に落下をする。

 今さっき作り出した氷の壁をいとも容易く突き破り、円形だった壁は粉々に砕け散る。

 氷塊が地面に着こうかという瞬間、巨大な氷塊から赤い線が複数個浮かび上がる。

 その赤い線は地面から空へ向かって進み、キキンッ!という音と共に打ち上がる。


 赤い線からは炎が吹き上がり、その直後に氷塊はバラバラに砕け散った。


 「………。」


 (これを当ててしまうのはヤバいかも知れない。)なんて私の不安を一蹴し、中心にしたエルザは剣を構える。


 普段のような正面で構える構え方ではなく、弓を引くように剣先をこちらに向け、狙い定めるように剣を構えていた。


 突きが来る。


 そう思った瞬間、エルザは私の予想通りに突きをする。

 しかし、予想と違うのはエルザがその場を一切動いていない事だ。

 私の予想では、そのまま距離を詰めて突きをするのかと思っていたのだが、エルザはその場で剣を前に突き出す。


 ―――ボンッ!!


 突きの直線上には炎が飛んで行き、横薙ぎに払った時とは違って火炎放射が一点に集中していた。

 一点に集中した事により、火力と飛距離が数倍になる。

 私は何とか左に回避してやり過ごせたが、もしも先ほどのように氷の壁で防いだりしていたら、恐らく壁は溶かされ、この身は焼き焦がされていただろう。


 熱で地面は焦げ、水蒸気がジューッという音を立てて吹き上がっていた。


 次の行動をしようとエルザへ視線を動かす。


 「―――ッ!?」


 ……が、エルザは既に私の目の前で剣を上段に構えていた。


 突きで炎を飛ばす事で視界が開け、私がそのまま留まれば燃やしていたし、回避すればその回避先を遠目から見て、この様に距離を詰めれば良い。

 今までのようにただ突っ込んでくるだけではなく、誘導して追い込んでくる。

 理性が飛んでいるのに、なんでこういう事は出来るんだという愚痴を言いたい。


 ベストなタイミングで、エルザは剣を振り下ろす。


 私は体を無理やり捻じりながら、水猿流の技の真似で氷を出してエルザの剣の軌道を変える。

 凍った盾に灼熱の剣が重なり、バチンッという音を立てる。

 剣の熱で溶かされながらも、何とかギリギリでエルザの上段を避ける。


 「ぐは―――ッ!?」


 しかし、視界の外で何かが私の腹部に衝突する。

 メキッ…という嫌な音を鳴らして吹き飛んでいく最中、エルザとの距離が離れた事で、何があったのかを視界に収める事が出来る。


 視界に写ったのは、エルザが左足を上げている様子だった。

 その光景を見て、ようやくこの腹部の痛みが蹴られた痛みなのだと理解する。


 受け身も取れずにゴロゴロと地面を転がり、体を起こそうとする。

 だが、腹を蹴られた事で酸素が一気に吐き出され、酸欠状態で一瞬クラっと揺れる。

 それでもそれは一瞬の事で、顔を上げてエルザを視界に入れようとする。

 ……エルザは再び剣を弓のように構えていた。


 ―――ボッ!


 距離が離れたら私の番。

 ……にも関わらず、エルザは剣士でありながらその距離を物にしていた。

 すべての距離を物にしているエルザは、やはり最高峰のハンターだ。

 パワー、スピード、判断能力。

 全てにおいて、この私を超えている。


 『エルザを止める。』


 その為には、このエルザを超えなければいけない。

 全力のエルザを止めるには、全力で―――。


 全てを凍らせる。


 エルザ諸共、一旦すべてを凍らせる。

 全力で殺しに来ているエルザに対して、エルザの命を気にして戦える程、今の私はエルザよりも強くない。


 そう判断し、今出来る最高峰の氷魔法を発動する。


 迫り来る業火すら凍らせるつもりで、フィールド内の気温を一気に下げ、今までやった事がないレベルの魔力を込めた氷の波を作り出す。

 その波は全てを凍らせんとエルザへ向かっていき、業火に衝突する。


 ―――カッ!


 白い光が視界を覆う。


 そして、光に遅れて爆音が鼓膜を刺激する。


 衝撃波で私の体は後方に吹っ飛ばされ、背中には凍った木が何度も衝突する。


 ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!


 もみくしゃになりながら、私は地面を転がる。

 受け身など出来るはずもなく、その衝撃波の力学に体を任せる事しか出来なかった。


 魔法使いとは言えAランクに到達したハンターだ。

 武気を纏った体は、吹っ飛ばされても立ち上がるくらいの強度は持っている。

 ……はずだった。


 衝撃が霧散して、ようやく私の体は停止する事に成功する。

 そしてそこから立ち上がろうとするが、体が持ち上がらない。


 下を見ると左足が折れていた。

 そして全身も傷だらけで、右脚には木の枝が刺さっている。

 並のハンターより武気があると言っても、やはり私は魔法使いだ。

 今まで経験した事の無いレベルの今回の爆発に、私の体は耐える事が出来なかった。


 「くそっ……!」


 右脚にある木の枝を引き抜き、治癒魔法を掛けて何とか足元の形だけ元に戻す。

 しかし、ただでさえ疲弊していた体は今の治療でますます疲弊るので、それ意外の箇所はやらない。

 その事により全身に痛みがあるが、これが最善なのだから仕方が無い。

 それでも何とか立ち上がり、私達が居たであろう場所からモクモクと立ち上がっている砂煙へと歩みを進める。


――――――――――


 爆心地に着くと、そこには大きなクレーターがあった。


 人が何人ほど入れるんだろうか。

 パッと見ても分からない程の大きさのクレーターが目の前に広がっていて、周囲は所々燃えていた。

 クレーターの中に入り、エルザが居ないか探すが、周囲にエルザは見当たらなかった。


 もしや……と嫌な想像をしてしまうが、私が吹っ飛んで行った方とは逆の方角から草が揺れる音がする。


 「………エルザ。」


 不安を他所にエルザは健在だった。


 しかし、エルザは炎を纏えておらず、今度は全身から水蒸気が出ていた。

 その体は全身が火傷の状態で、特に剣を握る右腕は見ていられない状態。

 無数の傷からは血がダラダラと流れている。


 最高峰のハンターである、エルザの武気すら溶かすその火力。

 いや、そんな火力すら耐えて見せるエルザが異常なのだろう。

 剣の才能どころの話ではない。

 生物として、人間として、私とはレベルが違う。


 エルザはボロボロで、立っているのもやっとの状態ではある。

 しかし、私のように治癒魔法を使わず、立ってここまで来て、私を見て殺気を放つ姿は怪物のそれだ。


 エルザは私の存在を確認し、剣を構える。


 それを見て私も杖を構えて臨戦態勢の姿勢を取る。

 エルザは走り出して剣を振り下ろす―――かに思えた。


 予想とは違い、エルザは走り出そうとした瞬間、足に力が入らなかったのだろう。

 膝が折れてクレーターの上からゴロゴロと転がって私と同じ位置まで落ちてくる。

 エルザは再び立ち上がろうとするが、膝が笑っていて生まれたての子鹿のような状態だった。

 エルザはそんな足にドスンッと一発喝を入れ、立ち上がる。

 しかし、体は限界を迎えており、膝同様、剣を持つ手も震えてしまっていた。


 もう戦える体じゃない。


 それでも剣を構えるエルザを見て、対面して、私は寒気がした。

 それは殺気に怖気づいた訳でも、勇敢さに心が奪われた訳でも無い。


 エルザが死ぬ。


 その現実が、もうそこまで来ている事を察して寒気がした。


 エルザを殺すのは誰か。


 答えは明白だろう。


 「はっ、はっ、はっ……。」


 呼吸が荒くなる。

 エルザを殺してしまうかも知れない。

 私の行動の選択次第で、取り返しの付かない事になりかねない。

 最悪の事態が脳裏をよぎり、体が硬直する。


 「……ぁあ―――!」


 エルザは、そんな私を見て容赦無く剣を振り下ろす。

 体は限界で痙攣しているにも関わらず、どうしてそんなスピードを出せるんだ。


 「――エルザ、もう止めて! これ以上はもう――」


 それでもエルザは止まらない。

 虚ろな目で、ただ目の前の生き物に剣を振るう。


 『私を殺せ!!! 殺してくれ!!!!!』


 重すぎるその言葉が、私に覆いかぶさる。

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