第78話 赤鬼vs氷結の魔女(1)
―ソフィア視点―
この戦いの勝利条件はエルザを殺す事じゃない。
理性が効かないエルザを捕獲し、生きて村に帰る事だ。
そう判断し、目の前で睨み付けてくるエルザを包むイメージで、エルザの右足側から地面から氷の柱を出す。
しかし、それよりも速くエルザは左に移動し、跳ね返ってくるようにスムーズなステップでこちらに飛んで来る。
「くっ……!」
下段から振り上げるエルザの剣を、私は仰け反る様に後ろに避ける。
それに対してエルザはすぐに振り上げた剣を振り下ろし、今度は私の顔面へ目掛けてエルザの剣が迫りくる。
―――フォンッ!
私の耳のすぐ横を、エルザの剣が風切り音を立てて通り過ぎる。
このまま近距離戦をしてはいけないと判断し、距離を離そうとバックステップをするが、それを予測していたかの様な反応速度で、エルザは私に纏わり付いて来る。
「このっ――!」
再びエルザは「私ののターンだ」と言わんばかりに剣を振ろうとするが、それに合わせるように私も魔法を発動する。
タイミングはバッチリ。
エルザが攻撃の軌道に入った所で、エルザの横に氷の柱を作り出し、カウンターを合わせる。
剣士の場合、攻撃に入った瞬間はどうやっても避ける事は出来ない。
これが魔法使いと剣士の違いだ。
剣士は攻撃する時と、回避する時で切り替えなくてはいけない。
攻撃に行った時の瞬間は、体はその遠心力に逆らう事は出来ず、その攻撃が終わった後に回避に行く。
しかし、魔法使いの場合は回避しながら攻撃できる。
勿論、攻撃をするのに予備動作はあるし、時間差は生じるが、剣士とは違って体は回避に専念する事が出来るのだ。
目の前のエルザがまさにそれで、振り抜いた遠心力に逆らう事は出来ない状態なので、回避しようにも回避できず、私の攻撃が視界に写っているにも関わらず、ただそれを受け入れる事しか出来ない。
―――ゴンッ!
エルザは私の作り出した氷の柱に吹っ飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。
私はそんな地面を転がるエルザとは逆方向に移動し、予定通り距離を離す。
エルザが体を起こす頃には、私も準備が整う。
私の周りには2つの水の塊がフワフワと浮いていて、私を守るように追従している。
エルザは既に満身創痍の状態だ。
だからこれ以上、体を痛めつけるのは良くない。
そう判断し、なるべくエルザの体へダメージが少ないであろう水の魔法で、エルザを止めようとこの魔法を出した。
「ガアアッ!!!」
エルザが走り出すのを見て、追従する水の塊からこぶし大の塊を連射する。
ダメージを少なくするとは言ったが、本気のエルザに水鉄砲のような威力の攻撃は無意味だ。なので、風切り音が聞こえる速度の弾を連射して弾幕を張る。
弾幕がエルザに着弾しようかという所で、エルザは避けながら前に出る。
弾幕の外に逃げるのではなく「こちらの方が最短だ」と言わんばかりに、私の弾幕を全て避け、一直線でこちらに接近してくる。
私は距離を離しながら別の魔法を発動する。
追いかけるエルザは、さっきまで私が居た場所を踏む。
すると、エルザの足元から太い木の根が飛び出し、エルザの足へ絡まっていく。
エルザはそれにも反応して避けようとするが、それをすると今度は私の弾幕がエルザに当たるという構図を作り出す。
どうやってもその場に留まざるを得ない状態だ。
エルザはその同時攻撃に対応できず、その場で足を止めてしまう。
それにより地面の木の根もガッシリとエルザの足を掴み、エルザは弾幕をその身で受け止める。
人に殴られる位の威力を持った水の弾は、躊躇なくエルザの体を強打し、ボボボボボッと鈍い音を森に響かせた。
(これで気絶してくれたら万々歳―――)
氷の柱や、氷の弾よりは傷付きにくい水の弾だが、急所に当たれば倒れる位の威力はある。なるべく痛い思いをさせたくないから、これくらいで終わりにして欲しいと思うが―――
「―――ぁああ!!!」
エルザは鬱陶しそうにがむしゃらに剣を振るい、足元にある木の根を斬る。
(―――ま、そうよね。)
これくらいで終わるなら、エルザはとっくに死んでいる。
これで終わらないからエルザなのだ。
エルザの隣で、エルザの後ろで、エルザを見て来た私は分かってる。
水に濡れて、衣服が重くなった事など気にせず、エルザは前に出る。
私は弾幕を止めて、次の一手の為に集中する。
宙に浮いていた2つの水の塊を私の足元に移動し、急接近するエルザを見据える。
エルザが攻撃の姿勢、剣を振り下ろしたタイミングで、下に置いていた水の塊から一気に水を噴射する。
勢い良く噴射した事で、エルザの体は少し宙に浮くが、それが何だとばかりに私に向けて剣を振り下ろす。
鍛え抜かれたエルザによる斬撃は、並大抵の剣士が敵う物ではなく、ましてや魔法使いが止められるものではない。
狂って尚、正確無慈悲なその斬撃は、私の首へ一点に吸い込まれる。
―――パキンッ……!
しかし、振り下ろされたエルザの剣は、私に届く事は無かった。
水に覆われたエルザを視界で確認した私は、水の塊を一気に凍らせたのだ。
凍った水は一瞬で伝播し、噴射していた箇所も、エルザに当たっていた箇所も、尽くを凍らせ。
その速度も、密度も、並大抵の魔法使いが出来るものでは無い。
そして達人の域に達したエルザの剣を止めるなど、達人の域に達した魔法使いしか出来ない芸当だろう。
「ぐっ……!」
もう少しで私の首に到達するという既の所で剣は止まり、エルザは悔しそうな声を上げる。
「エルザ、聞こえる……?」
エルザの険しい表情も、首元に突き出された剣も無視して、私はエルザに声を掛ける。
「こんな事止めましょう…!
アル君を殺されて憎いのは痛いほど分かる…!
殺してやりたいくらい憎いのは分かる…!
でも、こんな事しても意味が無いわよ…!
こんな事をして、アル君が喜ぶなんて思えない。
こんな事をして……あなたが報われるとは……思えない…!
だから、もう止めて、家に帰りましょう……!
一旦落ち着いて、話をしましょう……!
お願い、エルザ……! 戻って来て……!」
懇願するようにそう言う。
エルザのこの痛々しい姿が、アル君に対する愛情の表れのように感じ、涙が出る。
愛が憎しみに変わり、修羅となったエルザを誰が責められるだろうか。
「……――ろせ。」
「―――えっ?」
氷の覆われたエルザは初めてまともな言葉を言ったようだが、その声はか細く、私の耳では聞き取る事が出来なかった。
「……――殺せ!! 私を殺せ!!! 殺してくれ!!!!!」
エルザは動けない体をそれでも動かそうと力を入れる。
だが、いくら暴れようとも私の氷を砕く事は容易ではない。
そんな悶えるエルザに対して、私の頭は困惑が支配していた。
「……な、にを…?」
何を言っているのか。
ようやく話せたと思いきや、私が予想していた返答とは違っていた事で、困惑が頭を支配する。エルザは復讐でモンスターを殺しているのではないのか……?
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
困惑で動けない私とは違い、エルザは声を張り上げて暴れようとする。
しかし、いくら暴れようとも私の氷を砕く事は出来ない。
瞬間的に凍らせたとは言え、こんなボロボロの状態の、それも疲弊し切ったエルザが破壊できるとは思えない。
「エルザ、どういう事…! 復讐の為にやってるんじゃないの…!?」
叫ぶエルザに歩み寄る。
ちゃんと話し合おう。
そう思い、暴れるエルザに近付く。
「何があなたをそうさせるの―――」
―――バリンッ!
私が話し掛けている途中に雑音が混じる。
出来る筈がないと思って油断していた私に、エルザはその鍛え抜かれた馬鹿力で氷を破壊する。
話をしようと歩み寄った私の顔面に、エルザは渾身の蹴りを入れる。
「―――ゴッ…!」
力を入れ、貯めに貯めたエネルギーが一気に開放された事で、ソニックブームでも起きるんじゃないかと思える程のスピードで蹴り上げられた。
私も武気を纏っているとは言え、油断した瞬間を当てられたので、私の体は揉みくちゃになりながら地面を転がった。
「ああッ! ああッ! ぁあああ!!!」
エルザは自身を拘束していた氷の塊を執拗に破壊し、こちらに振り向く。
「……そう。もっと硬くしないと止まらないのね……。」
吹っ飛ばされた私も立ち上がり、蹴られた顎を擦りながらエルザを見る。
ソフィアの周辺が白い霧に覆われる。
さっきの泣きそうな顔とは違い、起き上がったその顔には青筋が立っていた。
歩み寄ったにも関わらず、足蹴にされてムカついたのか。
それとも、止めているにも関わらず、暴れ続けるエルザに苛ついたのかは本人しかわからない。
ソフィアの吐く息には熱が籠もっていた。。
「……じゃあ、本気で止めて上げる。」
森が、白銀の世界に変わる。




