第77話 赤い悪魔
―ソフィア視点―
「………………………………。」
森に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
「なん、ですか……これ……。」
「ソフィア……これは……。」
着いて来た2人のハンターたちも困惑の声を上げる。
森を少し入った当たりで、所々に血溜まりが出来ている。
その血溜まりに近づいて確認してみると、シャドウウルフや小型のモンスター達がそれぞれの箇所でズタズタに切り裂かれていた。飛び散った血が木の幹や周囲の草に散らばっていて、緑が広がっているはずの森が赤くなっている。
切り傷を見ると、確かにモンスターでは出来ない、刃物で斬られたような切り傷が付けられていた。
そんな光景が、一本の道のように奥まで続いている。
嫌な予感がする。
この感覚は、強い個体と対峙した時のような感覚に近い。
一瞬の油断が命取りになるような、命の危険を察知した時に感じる感覚だ。
「……2人はこの先、来ない方が良いと思う。」
「何言ってんだ……! もしかしたらエルザが怪我してるかも知れないだろ。その時、1人で担いで来るのか……?」
「そうですよ……! それに、こんな異様な場所を1人で行くなんて危険です………!」
「………………………………。」
確かに、この先で何があるか分からない。
連れて行くか、行かないかの選択を天秤に乗せる。
少し考えた後、やはり本当にヤバくなるまでは彼らに着いて来て貰った方が良いと判断し、連れて行く事を選択する。
「分かった。でも、私が逃げろって言ったら逃げて。私が殿をするから。」
「分かった……!」
「はい……!」
2人は息を飲み込みながら、真剣な顔で頷く。
彼らもそれなりに経験を積んでいるハンターだから、そこら辺の事は理解してくれているだろう。
不安を抱えて、森を進む。
――――――――――
至る所にモンスターの死骸があり、辺りに血が撒き散らされた森を走る。
もう何時間歩いたのか分からない。
空に雲が掛かっているから正確な時間が分からないが、もう昼頃に差し掛かっている可能性がある。
周囲の光景は、今だに酷いものだった。
いや、むしろ酷くなっていると言って良いだろう。
大中小関わらず死体が転がっていて、狩りや乱獲なんてレベルを当に超えている。
目の前に広がる光景。
………これは殺戮だ。
12神獣の中で唯一忌み嫌われている龍神は、生物を尽く殺戮すると言う。龍神が襲った森や村は、数時間の内に全てを破壊され、雷で周囲を燃やし、生物を殺し尽くすと記録に書かれている。
目の前の光景は、それに近い。
まだ半日も経っていないだろうに、そのたった数時間でどれだけのモンスターが殺されたのだろう。想像しただけで鳥肌が立ち、頭が痛くなる。
龍神は、その周囲の生態系を破壊する。
それに近い事が、今、目の前で広がっていた………。
――――――――――
血生臭い匂いに後ろの2人は咳き込む中、私は周囲を見て、この異様な光景の原因に近付いて行っている事を確信する。
この距離からでも分かる殺気に、緊張感が跳ね上がる。
周囲の木々は折れ、大型モンスターと戦闘した時の光景が広がっていた。
ここまで来る間にも、大型と戦ったであろう戦闘の跡は残っていたが、目の前の死体は新鮮さが増し、流れる血は生暖かい。
という事は、そこまで時間が経っていないという事だ。
――ズンッ………!
奥の方から、さっきからずっと物音がしていた。
そんな中で一番の物音と共に、ここまで地面が揺れる位の振動が私達の体を揺らす。
「近いな………。」
「ええ、注意して……!」
「はいッ……!」
緊張が一気に跳ね上がり、慎重に歩を進める。
戦闘の影響で木々が倒れた道は、その戦闘の激しさを物語っている。
そんな道を慎重に進んだ先、音がした場所に到着する。
「―――なっ!」
ザシュ、ザシュ、ザシュ……。
ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ……。
ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ……。
到着したと同時に、水を含んだ何かを斬り刻む音が周囲に広がる。
目の前には大型モンスターが横になって倒れており、地面には大量の血が流れ、土を濡らしていた。
そして、それよりも気になるのがモンスターの上に存在する。
大型モンスターの死骸の上に『何か』が居た。
全身が赤黒い血に覆われ、握っている剣だけが血を反射して銀色の光を放つ。
大型モンスターは死んでいるにも関わらず、執拗に剣を振り下ろして血を撒き散らしていた。
その『何か』は、私達に背後を見せている。
しかし、その覇気は歴戦の猛者であるソフィアでさえ背筋を凍らせる。
周囲に撒き散らす殺気は、その殺気だけで生き物を殺せるのではないかという迫力を放ち、喉元に剣を置かれているかの様な錯覚になる。
私に向けられた訳では無いのに、その殺気を感じ取った私は動けなかった。
「ヒッ……。」
「ぁ、悪魔……!」
私の後ろにいた2人の呟きと共に、後ろからドサッと尻餅を着いた音がする。
目の前の『何か』に目を逸らす余裕が無い私は、武気で背後の様子を察知する。
カサカサと周囲の草が揺れる音から考えるに、2人は恐怖で震えているのだろう。
だが、仕方が無い事だ。
誰しも、この殺気に耐えられる訳が無い。
―――ギュルッ!
『何か』は、物音がしたこちらに振り向く。
いや、『何か』では無い。
そこに居たのは、エルザだった。
いつも着けていた髪留めは解け、ボサボサの赤い髪は返り血でより赤黒く変色していた。エルザの体は所々に傷があるが、自身の血なのか返り血なのか判断が出来ないくらい血を被っている。
今まで見た事が無いエルザの姿に、背後からは分からなかったが、顔を見たら流石に分かる。そして、そんなボロボロの姿で佇んでいる姿を見て、この惨状を作り出したのがエルザなのだと理解する。
何故、こんな事をしたのか。
復讐という理由かもしれないが、まだエルザの言葉を聞いていないので正確には判断できない。
なので、何でこんな事をしてしまったのかを聞かなくては……。
「………エルザ、どうしt―――」
エルザの考えを聞こうと話しかけようとした瞬間、エルザの姿が消える。
いや、違う。
辛うじて目で追えるその初速で、私達の方へ距離を詰めたのだ。
私は咄嗟に、後ろにいた2人の前に氷の柱を作る。
何とか目で追えたエルザの軌道が、後ろの2人を狙っていた様に見えたから。
―――ガギンッ!
エルザが剣を振り下ろす。
剣の軌道は私を通り過ぎ、予想通りに後ろの2人に振り下ろされる。
しかし、その攻撃は私の魔法で何とか防がれる。
「があああああああああああああ!!!!!!!!!」
防がれた事に腹を立てたのか、目の前の2人に威嚇をしたのか分からないが、エルザは物凄い形相で声を荒げる。
真横でそれを聞いた私は、エルザの表情を真っ先に見る。
何が起こっているのか、エルザの顔を見れば分かるのではと思っての行動だった。
その顔は泣いているようで、怒っているようで、それでいて、やるせなさを感じている様に見えた。
そして何より、今のエルザは理性が飛んでしまっていた。
「逃げて!!!」
至近距離で再び氷の柱を作り出すと同時に、2人に向けて声を張り上げる。
手が届く距離にいたはずのエルザは瞬時に反応し、私の最速の発動をバックステップで回避をする。
「なっ、なっ、なんですか……あれ……!」
若い方のハンターは、その場から立てずに震える声でそう言う。
「良いから行くぞ……! 死にてぇのか……!!!」
それに対し、中年ハンターのデニスは若いハンターの腕を持ち上げて無理やり立ち上がらせる。
私レベルには無いデニスも、何が起こったのか分からないだろう。
しかし、流石は長く戦闘を経験して来ただけあって、判断能力と危機察知能力は高い。
「良いんだな……!」
「ええ!!」
「エルザを頼んだ……!!」
理性が飛んでしまっているとは言え、今まさに殺されそうになったにも関わらず、デニスはエルザの安否を心配していた。
振り返る余裕の無い私は、拳を上げてそれに答える。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――……………。」
そんなデニスの気持ちも分からず、エルザは憎たらしい者を見るように私達を睨んでいた。
2人が背を向けて走り出したと同時に、エルザも走り出した。
エルザの進行方向は、やはり背中を見せた彼らの方へ向かう。
―――キィンッ!
しかし、またもやエルザの斬撃は途中で止められる。
さっきは咄嗟の事で反応が遅れたが、今度は違う。
瞬時に氷の盾を作り出し、エルザの進行方向を遮るようにサイドステップで移動する。
血に濡れたエルザと、正面から睨み合う。
「あああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
開戦の合図が鳴る。




