第76話 あなたの元へ
―ソフィア視点―
アル君の葬儀が終わって1日が経過した。
葬儀の帰りにエルザの様子を確認しようと家に向かったが、数時間で傷が癒える訳もなく、仕方がないので食べ物だけでも食べさせようと料理を作ってエルザの前に置いて、夜になるまで傍に居てあげてから家に帰った。
時折、エルザはあの時の光景がフラッシュバックしたのだろう、頭を抱えて暴れる事が何度かあった。
その都度止めに入るが、本気のエルザを止める事が出来るわけもなく、私はエルザに突き飛ばされながらもエルザを止めていた。
私自身も軽く怪我をしたが、嫌な気持ちは少しもなかった。
愛する人が死んだのだ。
悲しさで狂ってしまう事は、それだけ愛していた事の証明だ。
そんなエルザを見て、今は支えて上げなくてはいけないと思っている。
恐らく2週間、いや、1週間もすれば、エルザも少しは落ち着くだろう。
エルザは強い人間だ。
今は無理かもしれないが、きっとこの悲しみを乗り越えられる。
そして、アル君のお墓の前でお別れを言おう。
だからそれまで支えなくては、パーティーメンバーとして、相棒として、親友として。
――――――――――
朝から曇った空の下、エルザの家のテーブルの上で目が覚める。
エルザがリビングで暴れ回ったであろう荒れたリビングだったが、昨日少しだけ掃除をしたリビングを見渡す。
昨日は色々と大変で、お悔やみの挨拶をしに来る人の挨拶を変わりにしたり、エルザが装備を付けたまま寝室に居たので、脱がして体を拭いてあげたりと大変だった。
恐らく今日も挨拶をしに来てくれる人がいるだろうから、今日もエルザに変わって挨拶しようと思う。
それにエルザの為に料理も作らねばいけないだろう。
昨日はあまり口に入れてくれなかったから、相当お腹が空いていると思う。
なので、今日は口に流しやすい料理を作ってやらなければ。
「エルザ、大丈b―――っ!?」
2階に上がり、エルザが居るであろう寝室の部屋の扉を開ける。
すると、昨日綺麗にしておいた部屋は再び物が散乱している状態だった。
ただ、それは予想通りだから問題ない。
問題は、そこに居ると思っていたエルザが居ない事だ。
それに、隅に置いておいたはずの装備が無くなっている。
加えて、暴れた時に傷付いてしまったのか、傷が開いてしまったのかは分からないが、床には再び血痕が残っていた。
「エルザーーー!!」
家中に聞こえる声で呼んでみるが返事はない。
一つ一つ扉を開け、エルザが居ないか確認するがどこにも見当たらなかった。
嫌な予感がする。
『想い人であればある程、死体とずっといると引っ張られる』
村長の言っていた言葉を思い出す。
エルザは強い人だし、生きる為に剣を振ってきたという思いも知っているから、流石にそうはならないだろうと思っていた。
勿論、心配だからエルザを見守っては居たが、これまでエルザをずっと見て来たからこそ、後追いをするとは思えなかった。
「嘘でしょ、エルザ……。」
エルザがどこに行ったかを考える。
村長が言っていたように、エルザがアル君を追って自殺をするなら、この家でも出来ることだろう。わざわざ外で自殺をするのは……どうだろう。もしエルザなら、アル君が亡くなった場所で死のうとするのだろうか。………分からない。
アル君の墓参りに行ったとか………?
いや、家に装備が無かった事を考えると、狩りに出掛けたという線もある。
(………………………。)
昨日のエルザを見て、アル君の死を受け入れたには速い気がする。
であれば、自殺か狩りに出掛けたかだろう。
(速く確認出来るのは狩りの方ね……。)
そう思い、集会所に急ぐ。
――――――――――
「あ、はい。エルザさんなら深夜にクエストに出掛けられましたよ。」
急いで受付嬢に聞いてみた所、どうやら良い方向で当たりのようだ。
「ふ〜……そう、良かった。で、エルザはなんのクエストを受注したの?」
「はい。エルザさんはシャドウウルフの討伐依頼を受注してましたね。」
シャドウウルフの討伐か。
「まだ帰って来てないんだけど、クリアはしてないの………?」
「それが、そうなんですよね……。エルザさんにはそこまで難しくないクエストだったんですが、まだお帰りになられてません……。」
おかしい。
受付嬢の言うように、エルザなら簡単にクリア出来るクエストのはずだ。
エルザであれば、日の出が差し込む前に帰って来れるレベルのクエストにも関わらず、何故か帰って来ていない。
「あと、受注する時も、その、結構思い悩んでいる様子だったんですけど……エルザさんなら大丈夫かなって思って引き止めなかったんです。」
受付の子は目を伏せながらそう言う。
「そんな状態の人間を狩りに行かせるな。」と言いたくなるが、それだけエルザが信頼されていると見るべきか。
嫌な考えが頭をぐるぐると巡る。
エルザを追うために、一旦家に帰って装備を取りに行こうと扉に方に進むのだが、それよりも先に勢い良く扉が開く。
――――バンッ!
張り詰めた緊張が脳を支配していた中での急な音に、私の肩は跳ね上がる。
何があったかと正面を見ると、ハンターが「ゼーハー……」と息を荒げて玄関の前に立っていた。
「大変だ! 森中にモンスターの死骸が大量に転がってる!!」
ドアノブの凭れながらハンターはそう叫ぶ。
その顔は冗談を言っている様な顔ではなく、目を見開いて信じられないものを見たと真剣に語りかける目をしていた。
「もしかして、大型が近くに来たのか……?」
「ついこの間はガノテルデだろ……荒れてるな……。」
「エルザもまだ本調子じゃないだろ。どうするよ。」
それに対し、深夜のクエストから帰って来て疲れを取っていた者や、これからクエストに向かおうとしていたハンター達が各々に口を開く。
「違う違う! そんなレベルじゃない!! そんなレベルじゃない量のモンスターがズタズタに斬られてんだよ!!!」
息を切らしたハンターは、顔面蒼白でそう言う。
「どういう事……!?」
「ああ、ソフィアさん……!」
ただならぬ雰囲気を感じ取り、私はそのハンターに話を聞く。
エルザの事も気になるが、私の直感はその話もエルザに関係している話だと言っている。
「ラントウルスを狩ろうと森に入ったら、そこら中にモンスターの死骸が転がってて……それで、その死骸の切り口が、明らかに綺麗すぎるんだ……! モンスターの仕業じゃねぇ……!!」
「それって…………。」
「でも……あんな大量に殺すなんて、人間業じゃねぇよ……! 大型モンスターの死骸も転がってたんだ……! 一体だけじゃねぇ、何体も転がってて、地面が真っ赤に染まってた……! あんなの……怖くてあれ以上入れねぇよ……!」
ガタガタと震えるハンターの話を聞いて、それが出来るであろう人物の顔が思い浮かぶ。エルザは姉であるエレノアからの贈り物の剣をとにかく褒めていた。
その剣はモンスターの鱗をいとも簡単に捌いて見せ、熱を纏えば大型だって簡単に斬ることが出来ると自慢げに語っていた。
「もしかして……。」
私が思い浮かぶと同時に、受付嬢も同じ人物を思い浮かべたのだろう。
彼女は私とは違って声に出してしまう。
「……エルザさん?」
「エルザは家から出れてないんじゃないのか?」
「いえ、エルザさんは昨日の深夜にクエストを受注されて、それで―――………」
「……―――エルザはまだ帰って来てない。それに、そんな事が出来る人間が居るとすれば、私かエルザくらいでしょうね……。」
それを聞いた周囲はハッとなり、私に視線が集まる。
「……………………。」
状況的に、それの考えが可能性としては高いだろう。
考えたくはない。
「もしかして……復讐……とか……?」
とあるハンターがそう呟く。
確かに、この状況から考えてその可能性は大いに有り得る。
アル君はモンスターに殺された。
そして、大量のモンスターの死骸が転がっているのが本当であれば、結び付ける先はその結論に行き着くだろう。
「あの馬鹿……!」
私は扉の方から振り返り、受付の方へ逆戻りする。
「特殊クエストの発行をお願い! 私はエルザを探しに行く!」
受付にハンターカードを渡し、受注の手続きは任せると言って集会所を出ようとする。
「俺も行くぜ!」
「お、俺も……!」
そこで2人のハンターが席を立つ。
私一人で良いと一瞬思ったが、エルザの捜索なので人数があった方が良いだろうという結論になる。
「じゃあ、私は装備を取りに一旦戻るから、2人は先に森に行って待ってて!」
2人の頷きを確認して、私は急いで家に戻った。




