第75話 遺言は呪縛になり
―エルザ視点―
どれくらい時間が経ったのだろう。
アルはまだ帰って来ていない。
冷たい地面が私の肌を冷やす度、言い様のない気持ちが広がっていく。
その度に私は暴れまわり、その気持ちを振り払う。
『……あなたもその目で見たでしょう。アル君は死んだのよ。』
――ズキンッ…!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
頭の中の雑音を振り払うかのように、両手を乱雑に振って近くの物が吹き飛んでいく。
「はあ、はあ、はあ……。」
アルが死んだ……?
そんな、そんな事無いだろ。
ずっと一緒なんだ。
これからも一緒に居るって約束したんだ。
だから、そんな事………そんな…………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
…
アルは死んだんだ。
―――ジャキンッ……!
腰に掛けていた鞘から剣を抜く。
柄をしっかりと握りしめ、刃を首元に持っていく。
アルが居ない世界で生きるなんて耐えられない。
アルが死んだのなら、私もアルと一緒に死ぬ。
「………………。」
目を閉じる。
刃が私の肌を容易に傷をつける。
血が垂れる。
『エルザから離れろぉぉぉぉ!!!』
『クソガキども! 人なんかよりモンスターを斬れ! 俺が教えてやる!』
『剣を握る理由が必ず見つかる。その日が来たら、ワシに報告しに来い。』
『あなた強いそうね! 私のパーティーに入れてあげる!』
『あなたの剣は、汚くないわ。一緒に戦ってきた私が言うんだもん。信じれるでしょ?』
『愛してる。生きて』
これまでの私の半生が、走馬灯のように流れる。
苦しくても、生きるために剣を振り続けた私の人生。
それが、それまでの信念が、命を絶とうとする私の手を止める。
「………くっ!」
柄から手を離し、「ガランッ」と音を立てて愛剣が転がる。
私は、生きる為に剣を振ってきた。
「生きて欲しい」という母さん達の最後の願いだったから、何が何でも生きようと姉さんと約束をしてここまで来た。
辛い事も、苦しい事も、死に直面する事だってあった。
それでも、生きる為に剣を振った。
だから私は、自分の剣で終わらせる事は出来ない。
それをしてしまっては、今までの私を否定してしまう事になる。
私の人生の大半は剣を握り、剣を振ってきた。
それを否定してしまったら、私は私では無くなってしまう。
それに、私にはアルの遺言がある。
『生きて』という遺言が、最後の願いが、剣を握る私の手を止めた。
愛した人の最後の言葉。
その願いを、私は裏切ることが出来ない。
「……………………。」
愛する人が居なくなった世界なんて、居ても仕方がない。
死にたいと思っているのに、2重の呪縛が、私を死なせてくれない。
「くっ………ぁぁぁぁぁああああああ………!!!!」
行き場の無い感情が声になって漏れる。
死にたいのに死ねない。
アルの遺言と、生きる為に剣を振ってきた、自分を支えてくれた恩人たちを裏切る事が出来ない。
『生きる為に剣を振るって来ただぁ?』
背後から声がして、振り返ると男が立っていた。
その顔はこの村の者ではなく、一瞬誰だか分からなかった。
だが、その顔を見て、次第に会った事のある人物だと思い出す。
そこに居たのは、私達が初めて人を殺した時のレイプ魔だった。
「お前は……。」
『人をあんなに殺して、他人の人生をあんなに奪って、生きる為に剣を振るって来たなんて綺麗にまとめようとしやがって、お前はただの人殺しだろ!』
「ち、違う……! 私は……!」
『人の命を奪って、人生を終わらせて、お前は自分の都合で死ねるのか。良いよなぁ人殺し。』
気が付くと、私の周りには私が殺して来た人間が囲っていた。
そいつらは私の事を睨み付けており、部屋中に現れて私を囲み込んでいた。
『人殺し!』
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。』
『クソガキ!!』
『言っただろ? 因果応報なんだよ。』
『人を不幸にしたんだ。お前が不幸になるのも当然だよなぁ!!』
『お前が幸せになれる訳ねぇだろ人殺しぃ!!』
今まで殺して来た人間たちが、私へ向けて罵詈雑言を浴びせてくる。
耳を閉じても聞こえてくるその罵声に、私は逃げるように走り出し、壁にぶつかる。
逃げ場がないと判断した私は、近付いて罵声を浴びせる死人達に向かって叫ぶ。
「うるさい、うるさい、うるさい!! じゃあ、どうすれば良かったんだ!!!」
私達はただ生きて居たかっただけなのに、襲って来たのはお前たちの方じゃないか。
私は手を振って奴らを振り払おうとするが、その手は無情にも空を切って意味をなさない。
『ははははは!!!』
そんな叫ぶ私に、彼らは笑う。
『滑稽だなぁエルザぁ。……でも、「死ねない」は嘘なのは分かってるんだろ?』
「何の事だ!!」
『お前は死ねる。誰も裏切らない、良い方法をお前は分かってんだろ?』
コイツが何を言っているのか分からない。
『死ねぇ! 死ねぇ!!』
『俺が殺す! 俺が殺すんだ!』
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。』
『八つ裂きにしてやる!!!』
そんな中でも罵詈雑言は続く。
耳を塞いでも聞こえるその声を聞いていて、次第に奴の言っている事を理解し始める。
(ああ……そうか。そういう事か。)
こいつらが言いたい事が理解出来た。
こいつらは、私に死んで欲しいのだ。
アルの遺言。
生きる為に剣を教えてくれた恩人達や、自分への裏切り。
生きる為に剣を振り、生きる為に生き物を殺してきた。
沢山の屍の上に立ち、沢山の罪を犯してきた。
だから、そんな自分を肯定するためにも、生き続けなければ行けなかった。
だが、こいつらは死ねと言ってくる。
そして、その方法は彼らが自ずと教えてくれていた。
誰も裏切らずに死ぬ方法。それは何か……。
「そうか……。」
生きる為に剣を振ってきた。
だから、
死ぬまで剣を振り続ける。
自分で死ねないのなら、誰かに殺されれば良い。
答えが出た。
私は立ち上がり、暗い部屋で愛刀を握ぎる。
周囲の奴らは歓声を上げ、そんな中でも私に「殺してやる」と叫ぶ奴も居た。
大丈夫、安心して欲しい。
私はちゃんと、殺されるから。
暗くなった部屋を、ユラユラと幽霊のように成った私は部屋を出る。
部屋を出て玄関に向かうと、リビングのテーブルの上にソフィアが寝ていた。
ソフィアは椅子に座った状態でテーブルに突っ伏しており、吐息を立てながら静かに眠る。気絶する様に寝ている彼女は、私が叫んでも起きないくらいに疲れているのだろう。
不規則に暴れる私を止めるのは大変だっただろう。
……でも、もう大丈夫だ。もう、止める必要も無くなる。
私はそのまま玄関の扉を開いて、夜の森へ向かった。




