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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−3 『乱獲事件編』
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第74話 葬式

 ―ソフィア視点―


 昨日、アル君が死んだ。


 昨日の内に死体は村に運び込まれ、今日、火葬される予定になっている。

 あまりに急な展開で脳が追いついていないが、村長は悲しい顔はすれど、すぐに葬式の準備をしてくれた。

 心労を気遣ってくれた村長は、「私達が進めるから、君達は休んで。」と言ってくれ、その言葉に甘えて帰路に着いた。

 エルザは「アルと離れたくない」と言って聞かなかったが、村長は「想い人であればある程、死体とずっといると、引っ張られてしまう」という自身の経験から来る考えがあるそうで、「明日の葬儀でまた会えるから」と言ってエルザを自宅に返した。


 エルザの事も心配だったが、エルザが強い人なのは分かっているし、エルザから「一人にしてくれ。」と言われたので、私も素直に私の家に帰った。


 目が覚めて、顔を拭いて、普段の支度をしてても、まだ信じられない。


 ついこの間まで、結婚記念日について相談や惚気話のろけばなしを聞いて、2人とも幸せそうにしていたのだ。

 それが突然、本当に突然その幸せが終わってしまった。


 「………………………。」


 空を見る。

 昨日のような雨は降っていないが、太陽を遮る雲が掛かっている。


 重い足取りで村長の家に向かう。


――――――――――


 村長の家に行ってまず驚いたのは、村長の家で遺体の最後の面会をしていた。

 多くの村の人達は顔を出して、アル君との最後の別れを告げていた。


 村長に親族ではないのに何故そこまでするのか聞いてみると、


 「アルベルト君には本当に助けられたし、今朝、エルザ君の所に行ったんだけど……その……葬儀が出来る状態ではなさそうだったんだ。」


 詳しく聞いてみると、どうやら1日が経ったエルザは落ち着くどころか錯乱していて「アルは死んでいない」と言っているらしい。

 それを見た村長は説得を試みたが、一向に話を聞き入れては貰えず、エルザには悪いが村長が葬式の準備をすると判断したらしい。


 「でも、もうすぐ火葬するから、ソフィア君が呼んで来てくれないかい……?」

 「……わかりました。」


――――――――――


 エルザの家の扉は鍵が掛かっていなかった。

 扉を開くと、別の家に上がってしまったのかと思えるくらい変わっており、部屋を出る前に置いていたティーカップや、結婚記念日の為に準備していた食材、テーブルや椅子が引っくり返っていた。


 空に雲が掛かっている事で、ますます暗くなったその部屋はより不気味に映る。


 そしてそれに拍車を掛けるように、2階の方からすすり泣く声が聞こえてくる。

 暗い階段を登り、泣き声のする部屋へと向かう。


 「エルザ………。」


 そこには、地面にへたり込んで泣いているエルザが居た。


 「ソフィア………。」


 私の声に反応して、背を向けていた顔はこちらを向く。


 髪は掻き毟ったのか、長い髪がボサボサで、所々血が流れている。

 目は充血し、涙が枯れたのか涙の跡が頬に残っていた。


 「アルが……帰って来ないんだ………。」

 「……………………。」


 その姿は、村長が言っていた通りだった。


 「……あなたもその目で見たでしょう。アル君は死んだのよ。もうすぐ火葬するらしいから、あなたも別れの挨拶をしないと―――――」

 「―――アルは死んでない!!!!!!!!」


 諭すように言う私に、エルザは耳が痛くなる位の怒声を上げる。


 「あれは人違いだ! アルじゃない!!!!」


 そんな訳が無い。

 あれはアル君だ。


 「………昨日、死んでいてのはアル君よ。そうじゃないって思いたいあなたの気持ちもわかる。でも、事実は変えられないわ。」


 なるべく落ち着かせるように、静かにそう言う。

 エルザは動揺でこの様な姿になってしまっているが、彼女は冷静に判断できる人間だ。

 何年も一緒に居たからこそ、エルザは冷静に現実を見て、行動が出来ると思っていた。


 「………黙れ。」


 しかし、私の予想に反して、エルザは殺気を込めて私を睨みつける。

 その目は信じられないくらい冷たく、その殺気は信じられないくらい鋭い。

 並の人間なら、その殺気を向けられただけで気絶するのではないかという重圧を一点に向けられる。


 「……いいえ、黙らないわ。葬儀に行かなかったら、きっとあなたは後悔する。」

 「黙れ……。」

 「アル君は死んだ。あなたもその手で、アル君の手を握った、その手で、感じたはずよ。」

 「――ッ! 黙れ……!」


 エルザは頭を抑え、睨む目は鋭くなる。

 しかし、私は止まらない。


 「悲しむ事は間違ってない…! でも、前を向いて、別れをちゃんとしないと、アル君だって報われない…!」

 「黙れ…。黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


 ―――ビュ、ドン…!


 風切り音が耳を通過したかと思えば、すぐさま背後で何かが衝突する音がする。


 何が起こったのか。

 エルザは叫ぶと同時に剥ぎ取りナイフを手に取り、私でも見えない速度でそのナイフを投げたのだ。武気で背後を察知するが、どうやら投げられたナイフは持ち手の所まで刺さっているようだった。

 エルザは昨日から装備を外さずに居たようなので、完全武装のエルザは危険極まりない。


 「……………。」

 「ハァ、ハァ、ハァ…………。」


 これは、村長が折れるのも納得の状態だった。

 これ以上刺激してしまえば、傷害事件になりかねない。


 「………あなたは、それで良いのね。」

 「………………………………………。」


 沈黙は肯定とみなす。


 「そう、わかったわ………。」


 まさか、エルザがここまで壊れるとは思っていなかった。

 だが、昨日今日で切り替えれる物でもないのだろう。

 アル君の恋人では無い私でも、心に空いた穴は大きい。

 今だに、もしかしたらアル君がひょっこり現れて、あそこで死んでいたのは別の人で、人違いだったとなるのではないかと考えてしまう。

 

 私でもそうなのだ。

 結婚までして、愛していたアル君を亡くしたエルザの心傷は想像に堅くない。


 私は、無言でエルザの家を立ち去った。


――――――――――


 人が焼けている。


 ついこの間まで、他愛もない話をした人が、目の前で焼かれている。


 火の火力が高く、普段なら目の水分が乾燥して直視し続けられない物だが、私の目は乾燥し切ることはなく、この場に居ないエルザの分まで目に焼き付けていた。


 無事に火葬は終了し、アル君の家族の墓へ一緒に埋葬する。


 多くの村人が涙を流して墓に入るのを見守っていた。

 『その人の価値は死んだ時に分かる。』という言葉を何処かで読んだ事がある。

 今回がまさにそれで、これだけの人が集まるのを見て、アル君がいかに皆に好かれていたのかが分かる。


 彼は困っている人の為に手を差し伸べる人だった。


 人の為のハンターだと言ってクエストをやったり、農家でもないのにお年寄りの農業を手伝ったり、街に居た時は迷子の子供を家族に会えるまで探したり、いじめを見かけたら勝てない相手にも飛び込んでいったり、モンスターに襲われているのを見たらそこでも飛び込んだり…………。


 あなたは素晴らしい人だ。


 英雄が称えられるこの世界では、あなたは歴史に残りはしないだろう。

 だが、皆の涙が、あなたが特別な人だったという証拠になる。

 あなたが死んだ事で、あなたの価値が目で分かる。

 沢山の人が、あなたに助けられ、あなたが好きだった。

 私もその内の1人だ。


 でも、あなたは酷い人だ。


 「どうして、エルザを置いて行っちゃうのよ………。」


 葬儀が終わり、私1人だけが残り、アル君の墓の前で呟く。


 「エルザを任せるって、エルザを幸せにするって言ったじゃない………。」


 ボロボロになったエルザを思い出す。

 幸せが大きかった分、その反動で失意の底に落ちているエルザを思い出す。


 「こんなの………契約違反よ………!」


 泣いても泣いても、涙が枯れることはない。

 もうこの涙が、何度目かも分からない。


 「……………。」


 涙を出して、出し切って、前を向く。


 「必ず、エルザをここに連れてくるから、待っててね。」

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