第71話 人を守れるハンターに(4)
―アルベルト視点―
激しく振る雨は、僕の体に付着したガノテルデの粘液を洗い落としてくれるように打ち付ける。実際、粘液は重力に沿って下に落ちていき、僕の体から離れてガノテルデの血の海に混ざっていく。
元々限界だった体は戦闘の緊張から開放された事でますます重くなり、一歩も動けない。立ち上がる事も出来ない。
仕方ないので、這いつくばって雨の当たらない木下に移動する。
その間も痛覚は仕事をしている所為で、傷跡に草が擦れる度に耐え難い痛みが全身を襲う。
そんな状況だが、何とか雨を避ける木の下に移動する事が出来た。
木を背にして、無くなった左足を確認する。
血がダラダラと流れていて、速く止血をしなければいけない状態だ。
エルザからプレゼントで貰った、頑丈で防水機能に優れているポーチがまだ腰に着いている事を確認し、紐を取り出して足に巻こうとする。
戦闘中に止血をする時間がなかったので、流石に放置しすぎた。
これ以上、出血し続けるのは不味い。
何故なら僕は、家に帰らないといけないのだから。
「―――っ? …………………あぁ、そうか。」
止血を試みようとして………現実を直視する。
出血を止めるために、傷口を縄でキツく閉めなくてはいけない。
血管を圧迫し、少しでも血が出ないようにしなくてはいけない。
生きるために、真っ先に僕がやらないといけない事だ。
しかし、僕の手は、僕の体は、そんな力を残してはいなかった。
「…………これは……もう、駄目かな。」
生きる為の、デットラインを超えていた。
――――――――――
ザァァァァァァァァ……………――――――
この音は雨音か、耳鳴りか。
もう立ち上がる事が出来ない僕は、目を閉じて静かな時間を過ごしていた。
(そう言えば、あの商人は助かったかな。)
そもそもこの戦いは、商人を逃がす為の戦いだった。
その目的を達成できたのか、確認できないのがもどかしい。
ここまで頑張ったのだから、せめて生き延びて欲しいものだ。
いや、生き延びたという事にしよう。
その方が、気持ち的に安心できる。
「…………………………。」
こんな状況なのに、心はとても落ち着いていた。
血の気が引いていくのが分かる。
少しづつ、死に近付いていっているのが体で理解できる。
しかし、狼狽えたり発狂しないのは何故だろう。
「……人の為の、ハンター……。」
そうだ。
僕は、人を守った。
昔、ボロボロになって帰って来た村の人を見た時に決めた『人の為のハンターになる』という思いを最後まで持ち続けて、最後まで実行出来た。
もっと昔に決めていた『竜殺しの英雄の様になる』という夢は叶えることは出来なかったが、大人になるに連れてその夢の無謀さに気が付いていたので、それに関しては悔しくはない。
僕は、最後まで、あの時の覚悟を持って生きる事が出来た。
だから僕は自分の事を誇りに思うし、目の前の死に対して狼狽えることもない。
後悔は無い。
後悔は………………
「………エルザ。」
エルザの顔が思い浮かぶ。
最後にエルザと話した言葉も覚えている。
いつも言ってる言葉にも関わらず、少し顔を赤くして「愛してる」と言っているのがとても可愛かった。
戦う姿はキリッとしていて格好良くて、でも、女の子に切り替わると可愛くて。
そのギャップが、彼女の魅力だった。
頑張り屋さんで、寂しがり屋で、戦いの事になると厳しくて。
そんな人間臭い所が好きだった。
そんな彼女とも、もう会えない。
それは僕にとって、とても悲しい事だ。
もっと、エルザと話したい。
もっと、エルザと稽古がしたい。
もっと、エルザと散歩がしたい。
もっと、エルザと食事がしたい。
もっと、エルザのシチューが食べたい。
もっと、エルザと手を繋ぎたい。
もっと、…………………………
もっと、………………………
もっと、……………………
もっと、…………………
もっと、………………
「もっと…………君と一緒に居たかったなぁ。」
あの場で、飛び込んだ事に後悔はない。
でも、今後一生エルザと一緒に居られなくなるというのは、やはり悲しい。
エルザは怒るだろうか。
自分勝手に行動して、結婚記念日に最悪なプレゼントをしたと激怒するかも知れない。
エルザは泣いてしまうだろうか。
凛々しくて、感情を見せないエルザに対して、感情があまり分からないと村の人で言う人がいるが、実際はそんな事は無いのを僕は知っている。
彼女に涙は似合わないが、僕がそうしてしまうかも知れない。
エルザは放心してしまうだろうか。
彼女は強い人間だが、現実が受け止めきれず、情報を遮断して、妄想の中に籠ってしまうかも知れない。
それか、エルザは『僕を追って来てしまう』可能性もある。
エルザのこれからの事を思うと、ネガティブな事しか出て来ない。
僕の所為で、彼女が苦しむと思うと胸が苦しくなる。
目が覚めた時、愛する人が隣りにいる幸せ。
一緒に稽古をして、汗を流すのは気持ちよかった。
一緒に食事をして、未来の話をするのが好きだった。
一緒にクエストに出て、薬草の匂いに顔をしかめている君の顔が好きだった。
一緒に散歩に出かけて、手を繋いだ時の、君の熱が伝わってくる感覚が好きだった。
家に帰ってきた時、「おかえり」って言ってくれるのが幸せだった。
エルザには沢山のものを貰った。
そんな彼女との最後に、不幸を置いて分かれたくない。
僕はここで終わる。
でも、エルザにはこれからがある。
エルザのこれからのために、何かを残したい。
悲しみで終わらせたくない。
(………そうだ。)
ほとんど感覚が無くなってきた右腕を動かし、ポーチの中身を確認する。
紐を取り出す時、一瞬視界に写っていたのを思い出したのだ。
(…………ああ、やっぱり。)
ポーチの中には、メモ帳と携帯用のペンが入っていた。
携帯用のペンは、持ち手の部分は歪んでしまっていたが、インクが入ったキャップの部分とペン先は運良く無事だった。
僕は、感覚が無くなってきた右手でメモ帳を開き、ペンを握る。
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……………………………
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………………………
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…………………
………………
……………
…………
………
……
…
―――パタンッ。
考えて、考えて、考えて。
伝えるべき事を書いて、メモ帳を閉じる。
そして、メモ帳を右手でしっかりと握り、胸元へ持って行く。
ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……。
心臓の音が、聞こえる。
ザァァァ………――――
雨の音が、聞こえる。
顔を上げる。
僕の人生最後の景色は、真っ黒な雨雲だ。
雨の日はあまり好きじゃない。
光が遮られて全体的に暗いし、その所為で気分も落ち込んでしまうから。
でも、人生最後の瞬間に、気分が落ち込んで終わりたくなんかない。
だからこそ、僕は言う―――
「エルザ…今までありがとう…僕は……幸せだ。
あぁ……本当に……良い人生だった。」
瞼が落ちる。
まだ生きたい。
君の顔を見たい。
でも、出来ないから。
最後まで、これからの君を想う。




