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フリーター、狩人になる。  作者: 大久保 伸哉
第1章−3 『乱獲事件編』
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第70話 人を守れるハンターに(3)

 ―アルベルト視点―


 木々の折れる音が森に響く。

 巨体が泳ぐように、滑るように森を移動する。

 その先には、巨体の影に比べて小さい影が必死に逃げ回っていた。


 「はあ…はあ…はあ…―――くっ…!」


 左足を奪われてからどれくらい時間が経ったのだろうか。

 すごい長い時間が経った様な気もするし、そこまで時間が経っていない様な気もする。


 ガノテルデのスピードが何故速くなったのか。

 しばらく対峙していてその理由が分かった。


 雨によりガノテルデの粘液は水分を含み、潤滑油の様に滑りやすく変化をしたのだ。敵の行動を阻害するネバネバとした粘液から、踏んだら滑って転がってしまう様な粘液に切り替わり、滑るようにしてこちらに突っ込んでくる。


 そのスピードと威力は凄まじく、周囲の木々は簡単にへし折れてしまう。


 そんな攻撃を、B級ハンターである僕が、片足を奪われた状態で今だに生存できている事が奇跡だ。

 だが、そんな奇跡の時間も、もうすぐ終わる。

 踏み込み、急停止をし、また踏み込んで移動するという行動を片足で何度もすることで、僕の右脚は痙攣をし始めていた。


 片足を奪われた時点で、逃げるにはどうしたら良いかという段階は過ぎている。


 逃げれないのであれば、どうするか。

 戦うしかない。


 そう判断した僕は、攻撃を避けながらガノテルデを観察していた。

 スピードはどれくらいなのか。

 体力はどれくらい残っているのか。

 どこを攻撃するのが最短なのか。


 スピードはある程度適応できた。

 スタミナ切れは期待できないだろう。

 攻撃する場所は、首だ。


 理由は急所だからという事もあるが、僕が攻撃した中で一番傷が深いであろう場所だからだ。ガノテルデの首には僕が付けた傷が開いていて、止血にもなっていた粘液が切り替わり、そこから血が止まること無く流れ続けていた。

 ガノテルデが元気に襲いかかって来ているのを見るに、致命的な傷ではないのだろう。しかし、他の箇所より流れる血の量が多いのと、その傷をもっと深く切れれば話は変わってくると予想する。


 それが出来れば、生きて帰れるかも知れない。

 生きて、帰って、それで……正直、生きて帰ることが出来るのか、分からない。


 左脚の止血なんてしている暇がないから、傷口からは今だに血が流れ続けている。

 そんな状態で村に着けるのか、そんな体力が残っているのか、そもそも道中でモンスターに襲われないと言い切れない。


 不安が僕の心を蝕む。


 『アル。』


 エルザの声が聞こえた気がした。

 しかし、周囲に人の気配はない。

 僕が勝手に作った幻聴なのだろう。

 エルザに会いたいという気持ちが、居ないはずのエルザを求めて、勝手に作った幻聴。

 でも、残念がる事はない。

 むしろ、僕にとって一本の線になる。


 そうだ、僕の帰りを待っている人がいる。


 不安はある。

 だけど、僕は必ず―――


 (―――生きて、帰るんだ!!!)


 「はあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 疲労で痙攣している右脚を、根性で踏み込んで前に出る。

 そんな僕の咆哮を聞いたガノテルデは動きを止め、冷静に観察して口を開く。

 

 「ボッ…!」


 僕の突進に合わせるように、ガノテルデは口から粘液を出して突進を遮ってくる。

 この攻撃はこの戦闘で数回見ていたので、ちゃんと警戒はしている。


 「……―――ぁぁあああ!!!」


 疲労で筋繊維が限界だと伝えてくる中、それでも気合で無理やり急停止し、右に飛ぶ。そこから再び急停止して、ガノテルデへ向かって今度こそ突進をする。

 土砂降りの雨が僕の眼球へぶつかって来るが、そんなのはお構いなしに地面を駆ける。


 ―――ドスッ!


 ガノテルデの首の傷口へ、真っ直ぐに剣を突き刺す。

 振り抜いたほうが良いと思ったが、片足の状態で振り抜いてもそこまで深く斬れると思えなかった事と、横に振り抜いて力を逃がすより、突進をして加速が加わった力をそのまま使ったほうが効果的だと判断して、剣を前に構えて突き刺した。


 ガノテルデの皮膚を切り裂いていた傷口は、僕の渾身の一撃をやすやすと受け入れ、根本まで一気に突き刺さる。


 「ガァッ…! ガァッ…!」


 ガノテルデもヤバい感覚があったのか、焦ったような短い悲鳴を上げる。

 剣を引く抜こうとするが、根本まで刺した事で、柄の部分にまで滑る粘液が付着し、ちゃんと握っていたはずの手が滑り出す。

 突き刺した箇所からは、粘液でも止められない量の血がドクドクと流れ始めていた。


 恐らく、動脈を斬った。


 この剣を抜いてしまえば、この傷口から勢い良く血が噴出するだろう。

 そう思い、急いで剣を抜こうとするが、それを止めるようにガノテルデは暴れ出す。


 「ガァ、ガァ……!」


 巨体を揺らし、僕を振り払おうとする。

 僕はこのチャンスを逃さぬよう、必死に剣の柄を握ろうとしたが、いくら力強く握っても、粘液のせいでいとも簡単に引き剥がされてしまう。


 ―――バチャッ!


 全身に付着した粘液のおかげで痛みはない。

 しかし、その粘液のせいで体が重い。

 水分を含んだ粘液は、疲労しきって重くなった体をより重たくして離れない。


 剣はどうなったとガノテルデを見ると、剣はそのままガノテルデの右の首に突き刺さったままだった。


 (クソッ…! まだ続くのか……!)


 もう終わりにしたい。

 最後の一撃のつもりだっただけあって、絶望感が凄まじい。


 しかし、そんな僕の気持ちとは正反対に、ガノテルデはやる気満々の怒りの目でこちらを睨む。


 ―――シャッ!


 視界全体を覆うような、大きなものが接近したと察知した瞬間、僕は盾を構えつつ、右に体を傾けて避けようとする。

 盾に何かがぶつかったと同時に、その力を受け流すことが出来なかった僕の体は、馬に引かれたような感じで弾け飛ぶように飛ばされ、近くの木に激突する。


 「ガハッ……―――!」


 今度は粘液が衝撃を吸収するレベルを超えていたのだろう。

 なんの受け身も取れていない僕の体は、衝撃を吸収すること無く、全てのダメージを体で受け止めて激突した。


 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ………!」


 体がヤバいという警告なのだろうか。

 呼吸が一気に速くなり、パニックを起こしたかのように荒くなる。


 前を見る。


 視界には、黒い影が広がっていた。


 「あぁっ………!!!!」


 再び、反射的に右に飛ぼうとする。

 しかし、今度は間に合わない。


 左腕を引っ張られる感覚に襲われ、背中からは何かとぶつかる感覚が何回かする。

 何回も壁に打ち付けられた様な衝撃だが、ぶつかる度に「バキッ!」という音が聞こえるから、地面では無く周りの木に衝突したのだと思う。


 それから、宙に浮く感覚になる。


 左腕を起点に持ち上げられ、何度も木に衝突した僕の体は、だらん…と力無く重力に沿ってぶら下がる事しか出来なかった。


 左足の時はバッサリと持っていかれたのに、今回は左腕を千切るような事はせず、咥えているのだからたちが悪い。


 何故そんな事をするのか。


 そんな事をふと考えた時、ガノテルデの首元に僕が突き刺した剣が視界に入る。

 ドクドクとせき止め切れずに溢れ出る血を見て「もしかしたら、顎に力を入れる筋肉を傷つけたから噛み切れなかったのかも知れないな。」なんて呑気なことを考える。

 頭をぶつけてボーッとする中、持つべき視点はそこじゃないと一拍置いて気が付く。


 (いや、違う…! そこじゃない…! 剣が目の前にある…!!)


 もう終わりだと思っていた中で、偶然か必然か、チャンスはまだ残っていた。


 「グゥッ、グゥッ。」


 剣に手を伸ばそうとするが、ガノテルデは僕を丸呑みにしようと口をパクパクと開け始める。一瞬宙に浮く感覚になった後、肘まで飲み込まれていたものが肩まで飲み込まれる。


 それに危機感を持った僕は、残った右脚で剣の柄に巻き付き、僕の方へグイッと引っ張る。


 「ガァッ!?」


 傷口が広がり、痛覚を感じたのだろう。

 ガノテルデの口の力が抜け、再び肘くらいまで戻すことが出来た。


 これなら、右手で剣を握る事が出来る。


 僕はこれが最後だと自分を奮い立たせ、疲労とダメージで限界な体を根性で動かす。

 伸ばした手は、ついに剣のつばを掴む。


 「刃があって危ない。」なんて流暢な事を言っている場合ではない。

 「滑って引き抜けませんでした。」なんて間抜けな事になったら死んでも死にきれない。

 僕は指が斬り落とされるかも知れない危ない箇所を握りながら、覚悟を決める。


 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 最後の力を振り絞って剣を引き抜く。

 肉の摩擦で止まってしまう可能性を考慮して全力で引き抜いたのだが、力を使うのはほんの一瞬で良かった様で、少し引き抜いたくらいから押し出される様に剣が抜けた。


 ―――ブシャァァァァァァァ!!!


 僕と同じ様に走り回ったガノテルデの体は心拍数が上がり、動脈を通じて瞬時に血液を運んでいた事だろう。

 その血管に穴が開けばどうなるのか。

 せき止めていたものが無くなったガノテルデの首の傷は、噴水のように勢い良く血が吹き出す。


 ガノテルデはそれでも足掻こうとするが、出血の量が尋常ではなく、すぐに力無く倒れ込んだ。


 僕はその前に口から脱出して、なんの受け身も取れずに尻から落下した。


 「―――ぃだっ!」


 左手に持っていた盾はぺしゃんこで、腕も複雑骨折なんてレベルではない。

 背中を見ることは出来ないが、全面がヒリヒリするような痛みを伝えてくるので、恐らくボロボロなのだろう。


 ひどい状態だが―――


 「勝った。」


 雨が激しくなる中、森に打ち付ける雨音が歓声のように聞こえていた。

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